第30話 水面下の闇



 車を飛ばして1時間。私は再び、あの石像の前へやってきた。星海がまだ生きている期待を寄せて、手紙を片手に車から降りた。


私「はぁ‥、はぁ‥。」




 手紙を握りしめ、石像へ向かう。今日は、黒萩の手紙も置かれていなかった。

 

 そして、自分の手紙を石像の裏に置こうとした時のことである。


 〜♪


 仕事用のスマートフォンが鳴り始めた。

 未登録の番号である。もしかすると取引先からの電話かと思い、すぐに出た。



私「はい。お世話になっております。」


 すると、電話口から聞き覚えのない、妙に明るい男性の声が聞こえた。


 

 「こんにちはーーー!」



 電話口でこんなに大声を張り上げて、一体どこの取引先だと思った。しかも、相手は狂ったおもちゃのように、ひたすら挨拶を連呼している。




 「こんにちはーーーー!こんにちはーーーー!!」


 明らかに様子がおかしかった。イタズラ電話の可能性も考えたが、念のために名前を伺うことにした。



私「どうも。あの、どちら様でしょうか。」





「こんにち‥。あ、はーーい。どうも。ありがとうございますー。わたくしはですねー。


 「山本 姫犬」と申しますーーー。こんにちはーーー。ありがとうございますー。」




 私は、一瞬、時が止まったような感覚を得た。

 「山本 姫犬」?




 なぜ、「妖怪衆」の頭目が、私の電話番号を知っているのだろうか。また、変や夢でも見ているのか‥。


 



私「はっ!!」


 私は、以前、ここにきた時、自分の名前と電話番号入りの名刺を紛失したことに気づいた。さては、その名刺をこのあたりに落としてしまい、それを「妖怪衆」が拾い上げたということか‥。

 しかも、私の顔まで知っているようだ。もしかして、初めて私がここを訪れた時、彼らはどこかから見ていたのか。


私「こ、こんにちは‥。」



姫犬「はい、こんにちはーーー。


 ‥えっとですねーー。振り返らないでくださーーい。」



私「は、はい?」



姫犬「絶対に、振り返らないでくださーーい。動かないでくださーーい。」



 私は言われた通り歩道で固まった。動くなとはどういうことだろう。


 まさか、近くに奴が来ているのか。

 そう直感した私は背後を確認しようと、スマートフォンをやや耳から離し、暗転した画面に反射する背後の景色を見た。つまり、スマートフォンの画面を鏡のように使い、振り返ることなく後ろを確認したのだ。

 

 すると、私の後方には道路と、その先にあるトンネルを映し出される。


 が、よく見るとトンネルの前に、誰か立っている。帽子を深く被っているので、よくその顔はわからない。

 さらに彼はTシャツを着用し、一番上のボタンまでしっかり留めている。そして、その人影はスマートフォンを耳に当てる格好をしていた。


 まさか、あれが「山本 姫犬」。「妖怪衆」のリーダーか。ここ最近で「妖怪衆」がかなり危険な集団であることがわかってきたため、私はすぐそばにそのリーダーらしき男がいることに戦慄した。


 しかも、それはゆっくりと私に向かって歩いてくる。


 急に逃げ出せば逆上して襲いかかってくるかもしれない。よって、私は彼がこちらへ向かってくるのを、ただ見守るしか無かった。



 すると、電話口からまたあの明るい声が聞こえる。



姫犬「右手。ありますよねーー。右の、手です。


 その右手を、後ろに差し出してくださーーーい。前を向いたまま、えっと、差し出してくださーーーい。」



 ジャリジャリという足音が近づいてくる。


 私は言われた通り、右手を後ろに差し出した。

 


 



姫犬「手のひらを上に向けてくださーーい。その後は動かないでくださーーい。」



 電話口の声と同じものが、すぐ私の後ろからも聞こえる。もう、数m後ろまで近づいてきているようだ。

 


 

 カシャリ。



 すると私の手のひらに、何かカサカサしたものが乗った。とても軽い、風で吹き飛びそうな何かを彼から手渡された。私は振り返らず、それを握りしめる。

 

 何か確かめようにも、彼に動くなと言われているため、しばらくそのまま固まっていた。


 すると後ろからは、獣のように荒い息遣いが聞こえる。‥怒っているのかと思うぐらいだ。すると、鼻息が私の首に当たった。


 ゼーーー、ゼーーー。


 さっきの明るい声はパタリとやみ、電話口からも、同じような息遣いだけが聞こえる。



私「あ、あの‥。」


 返事はない。私の真後ろに立った瞬間、彼の明るい態度は急変し、全くの無言となってしまった。


 


 私は、再び耳から少しスマートフォンを離し、横目で反射した後ろの景色を確認した。


 すると、後ろには、帽子のつばが私の後頭部に触れるぐらい近い位置に、「姫犬」と思われる男だ立っているのが確認できた。彼の目は帽子に隠れて見えない。しかし、口元ははっきりと見え、それは少しも笑っていなかった。


 本当にこの男が、さっきの陽気な声を発していたのかと疑うぐらい、暗い雰囲気を出している。


姫犬「‥‥‥‥‥。」


 私はだんだん怖くなって、呼吸が乱れてきた。



私「す、すいません‥。どうか、お許しください‥。」



 私は意味もわからず、とにかく小さな声で謝った。その間も、ずっと彼は私の後ろに無言で立ち尽くしている。




 そして、しばらく経った後、彼は黙ったまま、私の後ろからゆっくり離れていった。今度は足音が小さくなる。



 ツーーーー。ツーーーーー。



 同時に、電話も切られた。



 私は何か解放された気分になり、そこから放心状態になった。

 そして、それから10分ぐらい、私はミラーに映る、一人棒立ちする自分の姿を見つめていた。

 まだ、手には「姫犬」から渡されたものが握られている。



私「一体、何なんだ‥。」


 振り返ると、トンネルの前にはもう誰もいなかった。「姫犬」は、どこかにいってしまったようだ。




 彼がいなくなったことを確認すると、私は恐る恐る、握られた手を開放し、それを確かめる。



 それは、私が「妖怪衆」に宛てた手紙だった。しかもビリビリに破られている。よ見ると、私の書いた文字の上に「これは嘘。嘘。嘘‥」という書き殴った文字が、びっしりと上書きされていた。



私「うわっ!!」


 私は、絶叫して、バラバラになった手紙をアスファルトにばら撒いた。腰が砕けて、地面にへたり込む。



 「妖怪衆」は、星海を手紙を、それが黒萩が送ったものではないと気づいたようだ。そして、その送り主が私であることも‥。


 ということはさっき、私は「姫犬」に殺されてもおかしくは無かったのだ。今思い返すと、彼は明らかに怒っていた。

 

 すると、‥なぜ私は助かったのか、分からない。


 そういえば、今日は新しいスタイリング剤を使い、髪型がいつもと微妙に違うことを思い出した。あの日はワックスをつけておらず、全体としてもっさりしていたが、今日は髪に束感がある。

 まさか、「姫犬」は昨日と髪質が異なる私の後ろ姿を見て、別人かもしれないと思って見逃したのだろうか。


 


 私はすぐに車に乗り込み、一目散に石像の元を離れた。結局星海を助けるように頼んだ手紙は、まだ私の左手に握られている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る