第27話 水面下の闇 



 すると、黒萩がテーブルの全員に呼びかけた。



黒萩「それでは皆様、揃ったみたいなので「妖怪衆」からの返答を公開したいと思います。」




 彼は防水ジッパーに入った封筒から、あの指印がベタベタと押された「妖怪衆」からの手紙を取り出した。彼はそれを広げ、老眼鏡を装着すると、ゆっくりと読み上げる。




黒萩「結論から申し上げると、今回「タイヤ公園」で女子が襲われた事件は、「妖怪衆」の仕業に間違いありません。とのことです。」



 ザワザワ‥ザワザワ‥。 


 今回事件が「妖怪衆」の仕業である。それは、多くの人にとって予想通りの結果だった。毛利や大内など、彼らを危険視する者が多く所属する公安としては、彼らの悪行を示す確たる証拠を得たような喜びの声にも聞こえた。



黒萩「落ち着いてください。まず、申し上げたいのは、その動機です。


 今回、行動を実行したのは、「妖怪衆」の一人、「北見きたみ 飛車猫ひしゃねこ」という若いメンバーだそうです。」



 「北見 飛車猫ひしゃねこ」‥。とんでもない名前である。だが、リーダーである「山本 姫犬」の名前と照らし合わせると、「妖怪衆」のメンバーの名前は、独特のルールに基づいていることがなんとなく分かる。




黒萩「この飛車猫という男は、「妖怪衆」で唯一、人間の女子と交際に発展した人物です。そして、その相手こそが「タイヤ公園」の女子、つまり、今回の被害者ということになります。



 そして、肝心な動機ですが、端的にいうと、「性交渉の失敗」と言いましょうか‥。とにかく、飛車猫の愛情がいき過ぎて、彼女を怖がらせてしまったことが原因だと思われます。」



 それを聞いた毛利は、悔しそうに俯いた。彼女は基本的に何事にも寛容的だが、自分が応援する「タイヤ公園」の女子らが危険に晒されるのは我慢できないのだろう。いつもとは違った暗い顔をしている。



黒萩「そもそも、彼らの文化の一つに、愛した女性に噛み付くというものがあるようです。我々でいうキスのようなものかもしれません。

 飛車猫は、その慣習に従って彼女の耳たぶに噛みついたところ、力余って流血させてしまい、驚いた彼女に逃げられてしまいました。


 それを見た飛車猫はヒステリーを起こし、彼女を追いかけて川の近くで捕らえました。その後、彼女の頭を水中に無理や押し込み、溺れさせるような形の暴行をとったと手紙に書かれています。」



 私は、あまりの狂気に固まった。黒萩は淡々と喋っているが、こうした「妖怪衆」の行動を見慣れているのだろうか。

 もちろん、彼以外の人は、私を含めてほとんどがその過激さ、そして野蛮さに対する苦笑いを浮かべている。


 特に、毛利には耐えられなかったようだ。突然彼女は立ち上がり、口を尖らせて黒萩に詰め寄る。



毛利「もうだめだ!聞いてられないよ!!


 「妖怪衆」は危険集団。全員捕えるべきだ!!これはもう立派な暴行だよ!!」



黒萩「毛利様、落ち着いてください。


 確かに、彼女に暴行を加えたのは許されない行為です。しかし、飛車猫は社会的なルールを何一つ知ることができない、特殊な環境下で育ったということは考慮すべきかと思います。」




毛利「これ以上、私の愛する「タイヤ公園」の子達を傷つけるのを黙って見てろ、と

でもいうの?!」



黒萩「野蛮な「妖怪衆」の文化は、私たちの文化と擦り合わせながら改善してゆくのがベストだと思います。当然、初めから完璧にうまくなどいきません。歩み寄る過程で多少の衝突や犠牲は避けられないでしょう。


 しかも、手紙には彼らも今回の件で反省したということが書かれています。私としては、彼らの今後の行動を見守るということを提案しますが‥。」



毛利「なんで、「タイヤ公園」の子達がその犠牲にならないといけないの?!そもそも、犠牲が出ることを容認するなんて、あんまりだよ!!」



 黒萩と毛利は最前列で白熱した戦いをしている。


 毛利は耳につけている大量のピアスをジャラジャラと鳴らし、多分40kgにも満たないような小柄でガリガリの体をピョンピョン跳ねさせ、熱弁した。あんなに激しく動いているのに、体が軽すぎるせいで全く部屋に振動が伝わってこない。


 黒萩も、穏やかに彼女をなだめようと必死だ。天井まで届きそうな長身を小柄な毛利の高さに合わせるため、背骨をシャクトリムシのようにくねらせている。が、その態勢が老体には辛いらしく、ずっとプルプルと震えている。



 その二人の独特なビジュアルから、まるで体の小さな妖怪と大きな妖怪が言い合っているようだ。



 すると、大内が立ち上がり、その仲裁に入った。


大内「はいはい、そこまでです!」


 息切れするまで感情的になった二人は、彼の声を聞いて落ち着きを取り戻す。




毛利「ふん!‥タバコ吸ってくるよ!」

 

 毛利はそう言うと、喫煙室に走っていった。

 嵐が去った静けさの中、黒萩は続ける。



黒萩「ええ‥。この件について、手紙の内容は以上となります。」


 彼が言い終わると、調査員たちは「うーん‥。」と悩み始めた。「妖怪衆」の野蛮な行為を「文化」として許容すべきか、それとも、悪質な攻撃行為として考えるべきか、あちこちで議論がされ始めた。



 すると、黒萩は私に気づいて近づいてきた。



黒萩「やや‥、あなた様は‥。またお会いできましたな。」



私「ああ、どうも。


 あの‥俺も正直、「妖怪衆」と人間が一緒になるのは無理なんじゃないかって思います‥。あいつらは、危険すぎますよ。」



黒萩「そうですか‥。確かに彼らは危険でしょうね。しかし、私は、人間との融和を目指す彼らのリーダー「山本 姫犬」を応援したい気がしましてね‥。」



 「山本 姫犬」。またしても彼の名前を聞いた。私はまだ見ぬその姿が気になり、黒萩なら知っているだろうと、質問を投げかけた。

 


私「ええと、黒萩さんって、「姫犬」と出会ったことはあるんですか?もし出会ったことがあるなら、その見た目とか教えて欲しいんですけど‥。」



黒萩「いいえ。実は、その姿を見たこともありません。それどころか、私は「妖怪衆」のメンバー誰一人として、直接お会いしたことはないんですよ。」


 意外な答えが返ってきたことに私は驚いた。人間と「妖怪衆」の繋ぎ役である黒萩が、まさかそのメンバーの誰とも出会ったことがないなんて。



私「え?だったら、どうやって黒萩さんは、この仕事を始めることができたんですか?」



黒萩「実は、「亜広川市」の市長、大崎氏がこの仕事を紹介してくれたんです。彼は、「山本 姫犬」とも直接会ったことがあり、さらに仲が良いとかで‥。最初の彼らとのやりとりも、手紙からスタートしました。だから私は、ずっと手紙でしか彼らを知らないのですよ。


 もし、「妖怪衆」なんて全部嘘っぱちで、全て大崎市長が手紙の返信を書いていたとしても、私はそこまで驚かないでしょうね。


 でも、調べてみると、この地域のあちこちに彼らの存在を示す証拠の片鱗がたくさんある‥。以前お話しした「迦軻羅」の絵もその一つです。そして今回の事件も‥。全て大崎氏のドッキリならあまりに大掛かりですからね。


 きっとあの山のどこかに、彼らはいるんでしょう‥。」



 そう言って彼は、再びさっきの封筒を取り出した。



私「ど、どうしたんですか‥?」



黒萩「実は、今回の手紙はいつもと違う感じがしましてね。その違和感は、特に公安の方にお伝えするほどのことではないと思うのですが、なんとなく、あなた様には話しておこうかと思いまして‥。」




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