第26話 水面下の闇
私は市街地のメイン通りから一つ外れた細い通りにある、団体客専門の居酒屋へ入った。毛利によれば、ここで「妖怪衆」からの返信について話すらしい。
店員「どうぞ、こちらへ。」
すると、通された部屋には思ったよりたくさんの人がいた。
毛利と同じ調査員が10人程度。さらに、私服姿の私のような参考人らしき一般人が3人。そして黒萩というような構成だ。
毛利「二人分空いている席がもうないね‥。離れて座ろう。」
私は初対面の人と喋るのが苦手だったため、できれば毛利か黒萩の隣に座りたかった。でも、最後に到着した私たちに、席を選ぶ権利はない。
仕方ないので、一番下座の席に腰掛けた。すると、隣の公安調査員が話しかけてきた。彼は大内という名前で、私とそこまで年も離れていない、新米の調査員である。
彼は、キノコのような髪型をしており、優秀で流行にも敏感な感じの顔つきをしていた。
大内「あっ、初めまして。僕は大内と言います。お忙しい中、調査にご協力いただありがとうございます。」
私がここへ来ることはすでに周知されていたようで、名前を名乗るとすぐに飲み物を選ぶよう促された。
私「ああ、どうも。すいません、あの、皆さんは毛利と同じ行政組織の方々ですよね?」
大内「はい。僕らは全員、「妖怪衆」の問題解決にあたっているメンバーです。ここに集まっているのも一部で、関わっている人は全員で50人ぐらいですかね。」
私「あれ?」
大内「どうかされましたか?」
私「いえ‥。僕はこれまで「妖怪衆」の調査を複数回受けているんですが、いつも対応するのが毛利一人だけだったので、まさかこんなにも多くの人が関わっていたのかと驚きましたよ。」
大内「ああ。確かに、今、警察に同行して調査をするのは毛利だけですね。
他のメンバーは、他の業務で忙しくって‥。」
店員「生ビールです!」
ガランと音を立て、私の前にジョッキが置かれる。会話が中断され、数秒の間が訪れた。そして、店員の背中が見えなくなった後、私は話を再開させた。
私「その、他の業務とは‥?」
すると、調査員はホチキスで留められた三枚の資料をカバンから取り出し、私に見せてきた。
私もそれに目を通す。
それは、何やら草やキノコのリストだった。私は彼の髪型をもう一度見たが、多分関係ないと思い、再び資料に目を写した。
白い花を頭上に蓄えた背の高い外来種の草や、脳味噌のようなぐにゃぐにゃの見た目をしたキノコなど、全部で42種類が写真と共に列挙されている。
私「何ですか、これ‥?」
大内「これは全て、「亜広川」に生えている野生の毒草、または毒キノコです。僕らが必死にやっていた業務は、この植物らを刈り取ることです。
もう数ヶ月に渡り、山奥に立ち入って、これらを可能な限り採集していました。毛利以外の調査員全員で。」
私「ど、毒キノコ採集?
なぜ、そんなことを‥。それが「妖怪衆」と何か関係があるのですか?」
大内「実は、この毒草などは「妖怪衆」が加工して武器として使うことで知られているんです。
奴らは、これまで、人間と戦闘をする場合に、山中に自生する毒を用いてきました。それらは人の命を奪うまで強力ではありませんが、危険なのは間違いないです。
特に、このリストにある真っ赤な指のような見た目をしたキノコの毒は強力で、もし目に入れば失明する危険もあります。他にも、幻覚作用や嘔吐、下痢を発症させるものもありますね。
奴らはこの毒成分を粉状や、水分を加えたペースト状にして空気中にばら撒き、それで怯んだ相手に襲いかかったり、悶えているうちに逃げたりするのだそうです。
最近、「妖怪衆」と人間の関係が良好化する流れがあるようですが、かつてのように彼らが再び凶暴化する可能性もある。
だから、今のうちに、彼らの住処の周辺に生えている毒草や毒キノコをどんどん伐採しているんです。」
私「えっ、「妖怪衆」と人間がそんな大きな戦闘をしたことがあるんですか?」
大内「いや、すいません。まだそれは調査中で‥。
お恥ずかしながら、実は、私たち公安調査局は、この「妖怪衆」についてほとんど分かっていないんです。
彼らが「迦軻羅」という怪物の末裔を自称しているかなり古い歴史を持つ集団であることや、地元住民に「妖怪衆」と言われ恐れられていたこと、さらに子孫を残すために女子を
なので、この毒を武器に使うなどという情報は、はっきり言って地元住民の噂を鵜呑みにしただけなんですよ。
まぁ、それでも、万が一の可能性があるじゃないですか。だからどんどんキノコを採取しました。」
私は再度、彼の髪型を見る。
私「ええ‥。こんな危険な集団を、これまで行政はノーマークだったんですか?」
大内「それが、どうやら「亜広川市」は知っていたとか‥。まだよく分かっていないんですけど。」
私の脳内に、大崎市長の顔が思い浮かぶ。先述の通り彼は「妖怪衆」の人間の女性を交わらせることで、少子化対策をしようとしている。
毛利には伝えたが、それを彼に言うべきか一瞬迷ってしまった。そのうちに、彼は話を続ける。
大内「私たちはノーマークでしたね。だって、
せめて、「妖怪衆」という名前をどうにかしてくださいよ。誰だってこんな名前を聞いたら、現実離れしたモンスターを想像するに決まっているじゃないですか。まともに取り合うと思いますか?
しかも、土着の住民らは、彼らについて話すことを極端に嫌がっているわけですからね。情報がまったく出てこないんですよ。
少し前の時代だと、行方不明者が出ても、住民は『妖怪に連れ去られた』と納得していたみたいなんです。」
私「なるほど。確かに、情報がなければどうしようもないですよね‥。
あ、もしかして、「タイヤ公園」に女子が集まったことがきっかけで、この地域に伝わる「妖怪衆」の情報を得たんですか。」
大内「ええ。公園に女子が集まったことに注目が集まると、この辺りを根城にしている人攫い集団がいるから彼女らが危険だという情報が我々公安組織の耳に入って来たんです。
それで調べてみたら、市や地域住民から野放しにされている「妖怪衆」という、なんともデリケートな問題があることを発見したんですよね。
そして私たちが介入を始めることで、より状況がややこしくなってしまい、今、「妖怪衆」はかなり殺気立っているとか‥。」
私「そ、そうだったんですか。
えっと、ちなみに「妖怪衆」の住処ってわかっているんですか?」
大内「いいえ。正直、大体この当たりだろうという目星はついていますが、そこは登山道も整備されておらず、近づくのは極めて危険であるため、まだ立ち入ることはできていません。」
彼は今度は紙の地図を取り出し、私の前に広げた。
大内「この地図を見てください。
ここに三つの山が見えますか?‥はい、そうです。
それぞれ「
住民らの話を元にすれば、とにかくこの山のどこかに、奴らの住処があると考えられます。
また、この三つの山は一本の登山道で繋がっているんです。ですから、その登山道から離れすぎない範囲で、我々は毒草、毒キノコを採集していました。
すると、本当に数が多くて大変なんですよ。見てください、僕の両手を。特製の軍手をしていても毒成分がわずかに染み込んで、薬を服用しなければ痒くて痒くて‥。
本当に、この三つの山は毒の宝庫ですよ。ジメジメとした倒木の周りを見れば、まるでフェスの観客のように大量の毒キノコが地面を覆っているんですから。
でも、結構な数は刈り取ったんで、かなり無力化できてる筈ですよ。」
彼がいう三つの山は、「タイヤ公園」の北東に位置するようだ。しかし、あの山奥にある公園からでも、歩いて移動すれば数時間はかかる場所にある。
しかも、私が以前、市長の大崎と「妖怪衆」を目撃したのは、これらの山から結構離れているエリアだ。
本当に彼らの根城はここにあるのだろうか‥。
私「あの、本当に奴らは、このあたりに住んでいるんですかね?」
大内「まぁ、確実な場所は分かりませんけど、このあたりに彼らの居城があると思います。」
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