第23話 異物への手紙
私の車は、対向車のいない静かな道路を時速40knでトロトロと走った。
頭の中を、星海の顔が巡る。彼が「妖怪衆」を侮辱しているという内容の手紙は、間違いなく彼らの手に渡った。それはもう、ほぼ確実なのだ。
が、さっきまで彼の死を願っていた私だが、今は真逆の結果を祈っている。何も、彼の命を危険に晒すのは、やりすぎではないか‥。
自分の行動を何度も後悔し、気がつけばアクセルペダルを踏む力を弱めていた。
すると、前方に人影をみつけた。
私「毛利‥!」
川のところまで戻ってきた私は、堂々と車道を歩く毛利を見つけた。
彼女を見るなり、憂鬱さや不安が僅かに和らぐ。私は、心を支配していた罪悪感を抑え込むため、とにかく彼女に話しかけることにした。
徐行して彼女に近づき、窓ガラスを開ける。
私「お前、歩いて帰るつもりか?ここから市街地までどれぐらいかかると思っているんだよ?」
毛利はハッとした表情で振り返り、無知な子供のような表情で言った。
毛利「もう少し歩けば、バス停があるんだよ。それで帰る。」
私はためいきをつく。
私「この辺りのバス停なんて、どれぐらい待たされるか分からないぞ。送ってやるから、乗れよ。」
毛利「おお、感謝するよ‥。」
彼女は修道女が祈りを捧げるような独特のポーズをすると、助手席に置いてあった私のカバンを膝に乗せ、ちょこんと座った。
毛利「いや、現場に行くときは警察に連れてきてもらったんだけど、帰りに送ってくれる人がいなくて‥。私が動画を見ている間に、皆んなさっさと帰ってしまったんだ。あはは。」
まるで他人事のように話す。が、彼女の明るい声に、私は次第に正気を取り戻していった。
毛利「そういえば、さっき私と別れた後、どこかに行ってたの?」
その質問には正直に答えられたない。例の石像に近づいたと言えば、必ずその理由を求められるだろう。
私「え‥。いや、別に‥。ちょっと眺めの良い場所へ‥。」
毛利「まぁ、この辺りにはそれぐらいしか無いからねぇ。しかし、私と動画の視聴中にさ、思い立って良い景色を見にゆくなんて、本当に変わっているねぇ。」
私はぎこちない笑顔を作った。
すると、私はポケットに入れていた名刺入れがないことに気づいた。
私「あれ?なぁ、毛利。そこに俺の名刺入れ無かった?」
毛利「いや。私が座るときに、席にあったのはこのカバンだけだったよ。」
というとこは、私はどこかで名刺入れを落っことしてしまったのだろうか。
まさか、さっき石像に手紙を置いたとき、近くに落としてしまったのではないか。すると、私の電話番号や名前が、「妖怪衆」の手に渡ったということである。私は額に汗をかいた。
毛利「ねぇ‥。」
私「な、何だよ。」
私は焦りから、少しピリピリした反応をした。が、能天気な毛利は気にせずにしゃべる。
毛利「黒萩さんから「妖怪衆」に宛てた手紙の返信は、大体二日ぐらいで来るんだけどねぇ。それを君にも見て欲しいんだ。またメッセージを送るからさ、ぜひきてよ。」
毛利は、なぜか私を「妖怪衆」の調査に深入りさせようとする。私は気が進まなかったが、断る理由もなかったために、一応の承諾をした。
私「あ、ああ。分かったよ‥。
あの、それとさ、毛利‥。「妖怪衆」って、そんなに危険な存在なのか。なんか、人間と融和するみたいな話もあるし、実際のところ、結構温和な性格をしているんじゃないかな。」
いつの間にか、私は願望を口にしていた。「妖怪衆」は私が考えるほど危険な存在でなは無く、私の手紙を見たとしても、星海を襲うことなどないと。そんな希望を抱いたのである。
毛利「まぁね。彼らの中には、そういうタイプもいるかもね。
でも、凶暴なのは間違いないよ。特に、彼らを侮辱するみたいなことをすれば、必ず報復を加えてくる。
外界の人間を見下しているというか、あまりよく思っていないから、そんな人々に少しでも見下されることが我慢できないんだ。メンヘラチックに、いつも人間に小馬鹿にされないかを気にしてばかりいる。
あいつらは、「妖怪」って名前のくせに、異常にデリケートな心を持っているんだ。穏やかになったかと思えば、少しでも気に触ることがあれば豹変し、人殺しまでする。
それも、私たちと文化が違いすぎて、一体何が癇に障ったのかわからないのが恐ろしいところなんだ。
確実な証拠がないだけで、これまで何人も犠牲になっているよ。
「妖怪衆」のことを密かに調べていたある民俗学者がいて、その人は昭和の時代に亡くなっちゃったんだけど‥。「妖怪衆」によって命を奪われたと言われている。それも確定する証拠はないけどね。でも、状況的にほぼ確実と言っていい。
彼の日記帳から、亡くなる前日に、「妖怪衆」との信頼関係がうまくいかなくなったことが分かっているんだ。
私も、この調査に関わるにあたって、その日記帳を見たんだ。
そこには、このような記述があったよ。
『「妖怪衆」の一人から、私の研究が彼らを侮辱するものだと言われた。よって、信頼関係は破綻した。』
彼が亡くなったのは、その記述の翌日のことだよ。
きっと、その民俗学者は「妖怪衆」との関係を修復しようと、「亜広川市」の山中へ向かったのだと思う。そこで‥。」
私はどんどん恐怖に追い詰められ言った。口数が少なくなってゆく。私の希望は砕かれ、星海の命がより危険な状況にあることを認識する結果となってしまったのだ。
私「星海‥。」
毛利「ん、何か言った?」
私は無言で首を横に振った。
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