第21話 異物への手紙


毛利「ん。何か言った?」


 密着するほど近くにいた毛利は、私の小さな独り言を感知した。彼女は視線を画面から外し、私の方を見た。

 しかし、私は何も答えることができなかった。星海に対する殺意を奥歯で噛み締めるような感じで、力のこもった口を開くことができなかった。


私「‥。」



毛利「大丈夫?具合が悪そうだけど。」



 私は無言のまま立ち上がり、河辺の石を蹴るようにしてツカツカと歩き始めた。


毛利「お、おーい‥。」



 またしても態度が急変した私を見て、毛利は不思議そうな顔を浮かべた。



私「もう調査は終わっただろ!?」


 ようやく喉を通過した言葉は、無意識に厳しいものとなっていた。毛利は能天気な感じで「はーい。またねー。」と返す。





 河川敷にいた警察は次々に撤退し、現場に残っているのは数人だけである。すでに、黒萩の姿も無かった。

 私は車に乗り込む。そして、助手席に置いてあった手紙に目をやった。



私「‥星海‥。俺はお前を許さない。許さない。」


 私は車のエンジンをかける。


 この時、手紙を「妖怪衆」に届け、彼を亡き者にしようとする作戦を決行する意思は揺るぎないものとなっていた。だから、これから、黒萩が「妖怪衆」と手紙のやりとりをする時に目印にしている石像を探すつもりだ。

 




 時刻は13時。


 車は河川敷を離れてどんどん山奥に入ってゆく。

 道はどんどん狭くなり、頭上を覆う木も増えてきて暗くなってきた。さっき調べた通り、石像はインターネットの地図にも位置が示されている。だから。見つけるのに時間はかからないいはずだ。


私「‥この辺のはずだが‥。」



 道は先ほどの場所よりも高度を少し増し、さっきの川の上流にあたる幅の狭い清流が木々の間から20mほど下に見える。その高所をアスファルトが山の斜面に沿って緩やかなカーブを描いていた。それは200m先の、ぽっかりと口を開けたトンネルへ続いている。

 


 地図によれば、このあたりに石像があるようだ。周囲を見渡す限り人の住んでいる気配は無く、車でなければまず誰も来れない場所だ。私が「妖怪衆」と遭遇した場所からもかなり離れているし、一体彼らはどうやってここまで手紙を回収しに来るのかという疑問が浮かぶ。



 すると、カーブの真ん中あたりに、何かがポツンと置かれていた。



私「これがそうか‥。」


 黒萩に見せてもらった写真を思い浮かべる。すると、それと全く姿が一致した石像が大きな杉の木の影に鎮座していた。


 その石像は思ったよりも小さかった。私は自分の身長ぐらいの大きな像をイメージしていたが、実際は60cmほどの大きさだった。


 改めて本物を見ると、かなり古いものだとわかる。掘り込みは長年の雨風にさらされた影響で薄くなっており、さらに像の表面は苔むして深緑に染められている。遠目からでは、ただの岩が転がっているだけのようにも見える。




 私は、血走った目を輝かせ、石像の後ろを覗きこむ。すると、そこには湿気を防ぐためにジッパーに封印された、茶封筒がぽつりと置かれていた。それは、黒萩が「妖怪衆」へ宛てた手紙である。私がここへ来る前に、彼も一足早くさっきの河川敷を離れ、ここへ手紙を置いたのだろう。

 

 これで、この像が「妖怪衆」とのやりとりに使われるう目印を果たしているものだと確信した。


 私は黒萩が置いたと思われるその手紙を拾い上げ、ジッパーを開封する。そして、星海を抹殺するよう仕向けた自分の手紙をその中へ入れた。


 こうすれば、私の手紙も、黒萩などの公式な使節によって送られてきたものだと「妖怪衆」から思われることだろう。手紙を見た彼らは、星海が自分たちを低俗で野蛮だと思っていると知り、怒り狂って彼の抹殺を企むことだろう。


 そして、星海は、瀧宮へ会うために「タイヤ公園」を頻繁に訪れるらしいから、その時に「妖怪衆」から襲われることになる。きっとそうなってくれるはずだ。私は彼の絶命を祈願して、石像に手を合わせた。




 そして、手紙を元の場所、つまり石像の後ろにそっと戻したのである。




私「はぁ‥はぁ‥。星海はこれで‥。」





 私はよろめき、スマートフォンを取り出して、また星海のSNSアカウントを見た。そして、彼の過去の投稿を遡り、瀧宮と一緒に映っている写真を探す。それを一枚、一枚、自分の写真フォルダーに保存していった。


 私のデバイス内で、結婚式で流される幸せの軌跡みたいな思い出の写真集、それも他人のものが完成されてゆく。


 本当はこんなことをしたくは無いのだけど、体が反射的に彼への恨みを増長させる行動をとってしまうのだ。そんなことをしても苦しいだけなのに。



 さて、私が発見した二人のツーショットを古い順から並べると、それは一つの物語を編んでいるようだった。


 まず、最も古い写真では、夜景をバックに二人がカメラに視線をおくっている。しかし、猿のように興奮した表情の星海とは異なり、瀧宮の笑顔はない。彼女は無理やり彼に撮影を頼まれ、いやいや従っているような感じだった。


 しかし、12枚目の写真になると、彼女の様子に変化があった。それは、昼間の海をバックに撮った写真だったが、瀧宮の表情は少しだけ笑っており、彼と同じポーズをとっている。これまでとは違い、彼女が心を開いたことを示すような一枚だ。



 そして、30枚目の写真では、ついに瀧宮は満面な笑顔を浮かべていた。どこかのレストランを背景に、彼女は星海と楽しそうに並んでいる。しかも、彼女は彼の手首を握っていた。それは、もはや瀧宮の方から星海へ歩み寄っているようにも思えた。



 これらの写真が示すことは、初めは彼のことをそこまで好いていなかった瀧宮が、徐々に心を開いてゆき、最後にはその心が彼のものになってしまったという物語である。

 


私「そうか‥。そうだったんだ。へぇ‥。」



 私は笑うわけでも、怒るわけでもなく、ただ無表情でその写真群をじっと見た。





 

 あと、彼のSNSを漁っていると、世間から「ヤンチャ」と評される負の部分がくつもあって、それがまたすごく不愉快だった。個人的には特にいやだったものを以下に示したい。


 大した人生経験もないくせに、芸能活動をしている後輩を厳しく叱りつけ、その上で自分の尖った人生観を説教する様子が武勇伝のように語られている。そして、その一つ前の投稿では、自転車を盗もうとして警察に捕まったことが、これまたなぜか自慢話のように語られている。


 数々の野蛮な行為をおかしながら、この男は何を他人に説教できるのか。私には一切理解できなかった。しかも、そのように低俗な猿が、積極性だけで瀧宮に近づき、付き合っているのだ。



 そして、瀧宮も悪い。

 小川がいう通り、外部からグイグイくる勢いに弱く、それがこのようにアホな男であっても、結局はどんどん受け入れる方向へ進んでゆくのだ。どうせ、彼の悪い部分には蓋をして、いいところばかりを見つけようとしているのだろう。



私「星海を殺して、瀧宮を助けないと‥。」



 私はまた無表情な顔で、つぶやいた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る