第20話 異物への手紙
それを聞いて、瀧宮は
小川「待って。逃げるつもり?
最近、星海君はどうなの?ねぇ?」
瀧宮「別に‥。」
小川「教えてよ。私、しばらく公園を離れてアパート契約とか色々やってたから、今の二人の状況あんまり知らないんだよ。
なんか、昨日彼と出かけていたんでしょ?どこ行ったの?」
瀧宮「あとで教えるよ‥。」
視聴者を
小川「待って!逃がさないよ!配信でやらないと意味がないんだから!」
が、その腕を小川は
小川「ちょっとぐらい、いいでしょ?」
しかし、いつまでも口をつぐんで喋ろうとしない瀧宮を見て、小川は自ら二人の関係について喋り始めた。
小川「‥えっと、皆さん。ご存知かと思いますが、この瀧宮さんは星海 明日羽と交際をしています。まだ付き合ってから3ヶ月ぐらいですがね。
私もまさか、こんなに近くにいる人がそこそこの有名人と付き合うなんて夢にも思ってませんでした。
でも、一つ言っておきたいことがあります。それは、二人を結びつけたのは他でもない私だということです。
私が「タイヤ公園」で過ごす日々をSNSで投稿していたところ、突然、星海君の方から支援が来たんです。それで、彼の方からアプローチを‥うけんたんだよね?」
小川は瀧宮に確認する。瀧宮はまた席を立とうとした。
小川「おい、逃げるな。瀧ちゃん!瀧宮!!」
小川はかなり乱暴に瀧宮を引き戻し、画面の前に座らせた。
小川「あのさ。配信で私が二人の熱愛報道することについては、星海君にも許可とっているし。むしろ、彼も瀧ちゃんとのこともっと積極的に発信してほしいって言ってたよ?
星海君も、瀧ちゃんに対する
彼のその気持ちを、どうして汲んでくれないの?」
私は顔を
それが、とてつもなく不快だった。
彼がそう言った理由は、多くの人に自分の幸せを知ってもらいたいという自己顕示欲によるものかもしれない。
だが、彼がヤンチャだというイメージもあってか、私にはそれが、もっとより不潔な理由によるものだと想像された。
つまり、彼は瀧宮を自分に
「これは自分の女だ。」と声高に叫び、周囲から彼女を遠ざけようとする。その寂しい独占欲みたいなものが垣間見えて、それが私としては不快でたまらなかったのである。
ふと思い出したが、以前、動物園に行った時、性格の悪い猿が自分の糞をお気に入りの玩具にこびりつけてマーキングし、他の猿が使えないようにしていた。
今の彼の行動は、そんな極めて野蛮で、陰湿な行為をする猿そのものだと思った。
しかし、この配信では、どうせ今から瀧宮と星海の深い関係を示す幸せエピソードが次々に語られるのだろう。そんなものを聞いて私の心が耐えられるわけがない。しかしながら、だからといって配信を見るのをやめるということが、どうしてもできなかった。
なんとか話題を切り替えてくれないか‥。追い詰められた私は、心の中で小川に叫ぶ。
すると、瀧宮は意外な反応を見せた。
瀧宮「で、でも‥。いくら向こうが発信してくれと言ったって、私は正直、あまり話したくないよ‥。」
小川「な、なんで?もっと知ってもらおうよ。二人の熱々な関係を!みんなそれを聞きたがっているんだけど。」
瀧宮「だってさ‥。」
小川「何?恥ずかしいの?」
瀧宮「配信とかで多くの人たちに私たちの関係を知ってもらったら‥、仮に別れることになった時、すごく面倒じゃない?
それが心配で‥。」
小川「えっ‥。ま、またぁ。照れちゃって‥。」
瀧宮の発言で空気が少し凍りついた。嬉しいことに、二人の関係はそこまでよくないのだろうか。そんなことを匂わせるような言葉である。
私「もしかして‥。」
私は一筋の希望を見出した。
二人の関係が良好でないかもしれない。もしかすると、別れてくれるかも‥。
実際、彼について瀧宮が話したがらないのは、小川の言う通り、ただの照れ隠しなのかも知れないし、数々のメディアに露出している星海に何か不利なことを言ってしまうのを避けるためかも知れない。今考えると、こっちの方が正しい気がするが‥。
だけど、私は、それを見て少しだけ心が穏やかになった。
たとえ
思わず頬が緩み、にちゃりとした湿気を含んだ笑顔を作る。
ところで、この配信は星海も見ていることだろう。全くいい気味だ。
彼女の心を自分に縛り付けるための画策が裏目に出たのだから。これを機に、亀裂はどんどん深く、深く成長することを強く希望する。
だが、小川はなおも話題を切り替えようとはしなかった。彼女は、なぜか無理にでも二人の関係が良好であることを積極的にアピールする。一体どんな心情なのかはわからないが、かなり必死にフォローをしていた。
小川「そんな照れ隠ししなくたって良いじゃん。ほら、これ昨日染めたんでしょう?髪。」
瀧宮の髪は黒色だが、アクセントのように一部だけピンク色に染められている。その束を小川は触った。
小川「やっぱりそうだ。この色、星海君と同じでしょ?」
瀧宮「だって、それは、あっちが同じ色にしようって言うから。」
小川「でも、揃えたんでしょう?相思相愛じゃん!」
瀧宮「しつこいから、一部だけやったんだよ。本当は髪色を全部、明日羽君と同じにするように迫られたんだけど、嫌だったから一部だけ染めたの。」
小川「自分の彼氏のこと、「あっち」とか「向こう」とか呼ばないでよ!
‥ああ、私は心配だよ。
瀧ちゃんは押しに弱すぎるからさ。初めは『嫌だ、嫌だ。』って言いつつ、結局全部受け入れてゆくんだから。
星海君と付き合った時もそうだったでしょ?最初は『怖いから嫌。』って振ったのに、何回もアタックされて最終的には付き合っている。
自分の意思ってもんが無いの?
私だったらね‥。」
私「‥。」
さっきまで少しの平穏を得た私の心は、再び焦燥の地獄へと叩き落とされた。瀧宮が、星海と同じ色の髪色をしている。今度はそれが、気に障ったのだ。
事実としては、瀧宮と星海、二人が髪色を揃えたというだけのことかもしれない。
だが、私は、髪色に加えて、純粋な瀧宮の心までもが、不純極まりない星海の色に少しずつ染められてゆくような不快感というか、不安を覚えた。
私「やめろ‥やめてくれ‥。」
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