第19話 妖怪の長



 小川は瀧宮の忠告など一切気にせず、意気揚々いきようようと語り始めた。



小川「いいよ。大丈夫。


 ‥それじゃ、始めますね。


 あれは、公園で瀧ちゃんと生活し始めて一週間後ぐらい、私の財布の全財産が1000円になった時のことです。

 

 もちろん、お腹も減っていましたが何を買うこともできず、途方に暮れていました。私たちは遊具の頂上に二人並んで2時間ぐらい空を見つめて、なんとか空腹を紛らわそうとしていたんです。



 


 この時、私は状況を打開する何かいいアイデアを考えていました。でも、何も思いつかなかったので、一旦頭の中をクリアにしようと、近くの川で手を洗うことにしたのです。

 でも、やっぱり何も思いつかず。1時間ぐらいでトボトボと公園に帰って来ました。




 すると、公園にはさっきまでいなかった男性が一人いて、遊具の前で瀧ちゃんと話していたんです。


 年齢は私のパパぐらい。だから50歳かなぁ。瀧ちゃんによると、その人は、私が川へ向かった直後、突然茂みから現れたということです。


 だよね?」




瀧宮「うん‥。だから、すごい怪しかったよ。」



小川「こんは風に瀧ちゃんは怖がっていましたが、私は、わらにもすがる思いで会話に入り込み、男性に助けを求めました。怪しい人かどうかは、話してから判断しようと思ったんです。


 私たちが行く宛のない女で、公園を住居にしていること。もうお金がなくて、食べ物にも困っていることなど。涙ながらに語りました。


 

 すると、なんとその人はアルバイトを紹介してくれたんです。しかも、ありえないぐらい待遇がいいやつを。こんなの、今考えたら怪しいに決まってますよね。でも、私たちは空腹のあまり、彼の紹介した場所で働くことにしたんです。

 



 でも、その仕事内容はマトモなもので、公園から徒歩1時間ぐらいの田舎町にぽつりとある、おばあさんが一人で経営しているクリーニング屋さんでの業務でした。


 

 しかも、クリーニング屋さんだから私たちの服も綺麗にできるし、給料はその日に封筒で渡されたので、私たちはなんとか生活を続けることができたのです。それから、週に4日間。私と瀧ちゃんは働くことになったのです。



 さらに、その男性はたまに店に現れて、税金の払い方や、確定申告のやり方も教えてくれました。本当に、赤の他人である私たちの面倒をここまで見てくれて‥。世の中にはいい人もいるんだなって思いました。



 だから、あの謎の男性は、私たちの命の恩人なんです。もしかしたら、神様が遣わしてくれた人なのかもと思っています。


 どうですか、不思議な話ですよね?」



 小川の目から涙が溢れる。


 しかし、瀧宮は、男性に対する警戒心をまだ解いていないようだった。



 

瀧宮「私もすごく感謝してるけど、あの人、明らかに様子がおかしかったよ。しかも、多分偽名だし。」



小川「そんなこと言わないでよ。命の恩人にさ。


 だけど‥‥、すごく変わっている人なのは確かだったけど。


 でも、だから私、彼が普通の人間じゃなくて、神様につかわされた特別な人だと思ったの。」




 画面を見つめる私と毛利は顔を見合わせる。



毛利「変わっている人‥。」



私「変質者みたいな感じか?」



 疑問に思った視聴者は沢山いたようで、男がどんな人物だったかを尋ねるコメントが多く寄せられたようだ。小川はそれをみ取り、何か言いたげな瀧宮を横目に男の特徴を語った。



小川「いっぱいコメントが来てる。その男性の特徴を教えて欲しいって‥。


 うーん。あんまり、その人のことを悪く言いたくないんですけど‥。


 そうですね、例えば、ずっと会話の途中に『君たち未婚なの?』、『未婚だよね?』って言ってくるんです。


『今日は天気が良いね。ところで、君たちはまだ未婚だよね?』


『久しぶり、弁当持ってきたよ。まだ、未婚のままだよね?』


 っていう感じです。



 でも、彼は私たちに好意があり、それで口説いているとかではなくて、ずっと何かを確認しているようでした。当然、気味が悪かったけど、すごく優しくて良い人だったから、私は途中からあまり気にならなくなりましたね。

 



 それから、名前も変だったんです。それが‥「姫犬」っていう‥。多分、偽名だから、言ってもいいと思うんですけど‥。」



 私と毛利の顔は固まった。「姫犬」。それは「妖怪衆」の一人、「山本 姫犬」に違いない。





小川「本名なのかな‥。でも、さすがに違うと思う。


 あと‥ふふ‥‥。あと、ですね‥。」



 突然、小川は肩を小刻みに動かしながら、小さく笑い始めた。

 毛利は不安そうに画面越しに彼女を見つめる。



小川「あははっ!ごめんなさい。思い出し笑しで‥つい‥。」


 彼女は口を押さえてプルプル震える。それを見た瀧宮はあきれた顔だ。


瀧宮「びっくりした。脅かさないでよ‥。」



 私と毛利も、緊張がほぐれた感触を得たのち、ずるずると椅子にもたれ掛かる。



毛利「よ、よかった‥。「山本 姫犬」に何か呪い的なものをかけられたのかと思ったよ‥。」


私「ああ。今のは、ちょっと怖かったな‥。」



 結局、小川が何を思い出して笑っていたのかは明かされなかった。



 また、ここで話題は別のものに切り替わる。小川の始めた事業のことだ。




 そこで私は毛利にそっとつぶやいた。



私「まさか、「山本 姫犬」が公園の少女に接触していたとは‥。」




毛利「‥全く、気色悪い奴だよ。「山本 姫犬」。


 ‥実は昨日、君と別れたあと、「妖怪衆」について先輩から聞いた話があって。


 


 それが、この「山本 姫犬」という男‥。


 こいつはね‥。



 「妖怪衆」のリーダーらしいんだ。」






私「え、そうなのか?そもそも、「妖怪衆」って、リーダーとかいるの?」



毛利「うん。どうやら彼らは統率の取れたチームみたいで、集団の中からリーダーを一人選出し、それにみんな従うようになっているらしい。



 「姫犬」は集団の中では特に知能が高くて、「亜広川市」市長の大崎覗無おおさきのぞむとも仲が良いとも言われている。その地域の行政のトップと仲がいい妖怪なんて、前代未聞だよ。


 私は一度もその姿をみたことはないけど、小川ちゃんの話を聞く限りは、他の「妖怪衆」と同様、人間のような姿をしているみたいだね。」




私「そうだったのか‥。」



 私は腕を組んだ。


 黒萩のように「妖怪衆」のことを人間だと思う人もいれば、その奇怪な名前から、何か得体の知れない人外的な存在と思う人もいる。どうやら毛利は後者のようだった。


 



私「確かに、大崎と「姫犬」の仲が良いことは俺も知っているよ。そして、彼らが共同して、「妖怪衆」と「タイヤ公園」の女子らのカップルを作らせようとしていることもね。


 そうか、そのきっかけは、公園に小川と瀧宮が最初に住み着いたのを、「姫犬」が発見したことだったんだ。それで「姫犬」はアルバイトを紹介し、生活のかてを与えて彼女らが公園で暮らして行けるようにしたんだな。」




毛利「つまり、最初っから、瀧ちゃんや小川ちゃんを、「妖怪衆」の妻にしようと企んでいたわけだね。」




 すると、私たちが話している間に、小川は再び話題を変えた。




小川「それじゃ、次は、瀧ちゃんの彼氏について話そうか。」



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