第18話 妖怪の長


 私が覗き込んだ画面の中には、ショートヘアの明るい子が映っている。これが、毛利が応援している小川という女子なのだろう。

 ふんわりしたナチュラルメイクをしているが、くっきりとした目元はやや上に吊り上がっている。だから、気が強そうな感じが隠せていない感じがする。華奢きゃしゃな女性がタイプの私が苦手な感じな子である印象を受けた。



 そして、その画面にギリギリ収まるような端っこに、いつもの白いパーカーを着た瀧宮の姿があった。彼女はあまり喋らず、癖なのか小川の着ている服のすそをいじっている。その長いまつ毛の先が、ずっと画面外に向かってピクピク動いている。さっきから彼女はどこをみているのだろう。


 時折、スマートフォンに光が反射して、彼女を見つめる生気ない目の私が映し出された。



小川「皆さん、ご報告です。「タイヤ公園」に住む子たちは、どんどん社会復帰を果たし、ついに賃貸アパートを契約するにいたりました。


 これで、雨の日にブルーシートを遊具に被せて水を防ぐなんてこともなくなりそうです。本当にありがとうございます!!

 これまで本当に、何度も死にかけたし、本当に‥、みんなよく頑張ったと思います。


 ここで暮らした経験をもとに、私は将来、家出をしてしまった子に仕事を斡旋したり、安いお金で住居を提供したりなどの復帰支援をする会社をたちあげるつもりです。



 そして、思い返せば、今から1年ほど前に全てが始まったんですよね。


 今は全員で10人ぐらいの女子がこの公園にいるんですけど、最初は私と瀧ちゃんだけでした。あの時は、まさかこんなに大勢と暮らすことになるなんて夢にも思ってなかったでしょうね。



 これも全て、皆さんのおかげです。たくさん援助してくださった方、本当にありがとうございます。」



 そう言えば、毛利は、瀧宮が「タイヤ公園」へ最初に集まったメンバーだと言っていた。どうやら、その時、この小川という女子もいたのだろう。





小川「そこで、今日は、去年の1月。私と瀧ちゃんがここに住み始めた時の話をしようと思います!」



 遅い時間ということもあって、瀧宮は眠そうだ。あくびを我慢して顔が引きる。


小川「あっ、瀧ちゃん、今あくびしようとしたでしょ?」


 瀧宮は黙って激しく首を横に振る。




小川「‥ふーん。

 まぁ、とりあえず始めますね。


 そもそも、私は高校を卒業してから入社した会社を1ヶ月で退職し、そこからは働くこともなく、家でゴロゴロしてました。そんなだから、家族とは毎日喧嘩してばかりでした。そして、ある日、家出をするように、当時付き合っていた彼氏のところへ転がり込んだのです。




 そこからは、彼氏の家で同じように働かずグータラしていました。だけど、彼氏は特に文句は言わなかったし、私は最大限の偽りない愛を提供していました‥。なのに‥。


 なのに‥、あの日、事件が起きたんです。


 忘れもしない。寒い日で、彼と夜間ドライブをしていた途中、突然一本の電話がきたことを伝える音楽が車内に鳴り響いたんです。


 掛けてきたのは、私の知らない女性‥。




 ああ‥、熱くなってきた。」



 小川の黒目の中で、怒りの炎が燃え上がる。彼女はパーカーを脱ぎ出し、Tシャツ姿になると、手振りをしながら熱弁を始めた。


小川「あの男は、私とは別の女性と関係を持っていたんです!!


 彼が車を運転中にそれが発覚して、車内で取っ組み合いの大喧嘩が勃発。逆ギレした彼は『ニ度と顔を見せるな!』と怒鳴ったかと思うと、私を一人、真夜中の山中に置き去りにしたんです!


 ひどくないですか。無防備の女子を、獰猛どうもうな動物の温床である山に捨てるなんて、ほとんど殺したのと同じですよ!


 しかもその時、彼から脇腹にりを喰らったこともあり、車から降ろされた私は痛みでしばらく動けなかったんです。だから、大声で彼に悪態をつくことしかでしませんでした。


 ‥今、彼がどこかで幸せに暮らしているのであれば、そうですね‥。何かしら深い爪痕つめあとをその家庭にきざみ込んでやりたいです。それぐらい、やられたことへの憎しみは深いんです!」



 熱くなって喋り続ける小川へ、瀧宮は心配そうに言う。



瀧宮「あ、あの。小川ちゃん。もうトラブルに発展するようなことはやめよう。また怒られちゃう‥。」


小川「はぁ、はぁ‥。瀧ちゃん、私はねぇ、みんなに忠告してるんだよ。あんたみたいな弱っちい子だったら、あのまま死んでたかもしれないんだから。


 本当に、男には気をつけてください!みなさん。」



 小川は、そう言って紙コップに注がれた水を飲み干す。そして、脱ぎ捨てたパーカーを羽織りながら続けた。



小川「それで、全部がどうでも良くなって、死に場を探して夜中の山道を歩くこと1時間ぐらい。私は、当時まだ無人だった「タイヤ公園」にたどり着いたんです。


 そこで、一人で1日ぐらい過ごしました。正直、悔しさと悲しさのせいで寝れなかったです。



 そしたら、次の日の夕方ぐらい。同じくトラブルに遭って山中を彷徨さまよっていた瀧ちゃんが公園に姿を現したんです。遊具に腰掛けて、2時間ぐらいメソメソ泣いていたんです。


 私は最初、誰もいないこの公園にいきなり女の子が現れたものですから、幽霊かと思って、遊具に隠れて様子をみていました。だけど、よく考えると彼女からすれば、私も同じようなものですから、同じような境遇の子なのかなと思い、声をかけてみました。



 まぁ、結局、私ほど酷い目に遭ってなかったけど、帰る場所を失った子には変わりなかったので、すぐに打ち解けましたね。確か、瀧ちゃんも男に酷いことをされたんだよね?」



私「‥私の場合は、小川ちゃんより酷くないけど。」




小川「まぁそうよね。私のが一番やばいと思うんですけど‥。


 とにかく、そこから私たちは仲良くなって、二人で何日も喋り続けました。私の貯金は財布に入っていた小遣いの3万円だけだったので、それで二人分の食事を買ったり、銭湯やコインランドリーに行ったりしました。


 でも、3万円なんて、生活をするにはあまりにも少額。当然ながら、すぐになくなってしまいます。

 実際、たった一週間で残り千円ぐらいになって、その時は『もう死ぬしかないかもね。』って話を二人でするようになりました。


 ‥そしたら、そんな私たちに奇跡が起こったんです。


 きっとあれは、かわいそうな私たちに神様が恵んでくれた恩恵だと思うんです。その不思議な話を今からしますね!」




 小川は目を輝かせる。しかし、瀧宮は少し不安そうな顔をした。



瀧宮「で、でも‥。」


小川「あれは奇跡だよ。ね!?」



瀧宮「でも、あれはすごく怖かったよ。話すのは‥、やめたほうがいいんじゃない?」

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