第17話 妖怪の長


 やはり、黒萩の言うとおり、「妖怪衆」はただの人間なのだろうか。それとも、「妖怪」なのか。


 そもそも、どのような場合に、彼らが「妖怪」であると言えるのだろう。


 彼らが単に、古い伝統を固守し、山中に身を潜めて生き続け、文化的にも社会的にも大きな違いが生まれたというだけならば、それは人間に違いない。


 だが、それを例えば古い時代の人たちが「妖怪衆」と呼んで恐れ、それが現在まで受け継がれているのであれば、どこか差別的な感じがして嫌だなと思う。






黒萩「おや‥日が高くなってきましたな‥。」


 気がつけば時刻は午前5時である。山の輪郭や、川の向こう岸の様子がはっきりと見えるようになった。


 すると、いつの間にか毛利が私の隣にちょこんと座っていた。


毛利「やぁ、今日は調査に付き合ってもらうから、できれば仕事を休んでもらいたいんだ‥。


 かなり早い時間で申し訳ないけど、今から仕事の上司に電話して欲しいな。」


 私は昨日に引き続き、事件に巻き込まれたことになる。仕事を休めるのは嬉しいが、職場では変なうわさを流されないか不安である。



私「え‥。ああ。いいよ。今から上司に電話してみる。」



見ると、彼女の背後から警察官が何人か現れ、こちらにお辞儀をする。



警官「ご協力ありがとうございます。しかし、突然お休みをいただくのはご迷惑かとも思いますので、必要であれば私たちもお電話口でご挨拶をしますよ。


 少なくとも、ズル休みなどとは思われないようにはできるかと‥。」




 すると、黒萩も別の警察官に呼ばれた。彼は私の方を向き、ハットを頭の上に掲げて別れの挨拶を示した。



黒萩「私も、彼らに向けた手紙を作成しなければなりません。この話の続きは、ぜひまたどこかで‥。


 ああ、そうだ。これをついでにお渡ししましょう。」


 すると、黒萩はメールアドレスや電話番号の書かれた名刺を私に差し出した。彼が代表を務める法律事務所が書かれている。


私「どうも。」



 それを受け取り、黒萩の後ろ姿を見送ると、私はスマートフォンを取り出した。



 それから、そばにいた警官や毛利と一緒に、上司へ今日の仕事を休むよう説得を試みた。仕事はかなり溜まっており何か悪態をつかれるかと一瞬不安になったが、上司はあっさり了承した。



上司「おお、それは仕方ないな。分かった。お前の仕事はこっちでなんとかする。


 それにしても、2日連続で面倒ごとに巻き込まれるなんてな‥。まぁ、土日を挟むことになるから、とりあえずしっかり休め。


 あと、事件がどうなったかは、飲み会で聞かせてくれよ。」



私「ええ。もちろんです。


 全く、災難ですよ。これが終わったら、明日からまたしっかり頑張ります。」



 そう言って私は電話をきった。

 そして、毛利や警官の方を向いて、うなずく。



私「おかげさまで、今日は仕事を休むことになりました。時間はありますので、調査を始めてください。」






 それから、調査は停車されたパトカーの中で行われた。後部座席の真ん中に私、双方に40代ぐらいの警察官が座る。


警察官「えっと、まず‥。男の特徴は‥。」



私「通報の時も申し上げましたが、暗くてよく分かりませんでした。」



警察官「まぁ、どんな些細なことでも構いません。少しでも多く情報があると役に立ちますから‥。」



私「は、はい‥。」



 私は、中年の男特有の「圧力」みたいなものを感じながら、私は質問に粛々しゅくしゅくと答えた。


 ふと、窓の外に目をやると、黒萩は警察官立会のもと、敷設されたテントで「妖怪衆」に宛てた手紙を書いている。


 


警察官「‥それでは、ご協力ありがとうございました。」


私「は、はい。」



 

 20分ほどで解放された。とりあえず、私が犯人だと疑われることはなかったので安心した。帰宅も許され、これから「妖怪衆」に宛てた例の手紙を届けにゆく。



私「しかし、本当にこんなものを「妖怪衆」に届けてもいいのかなぁ。」



 瀧宮と付き合っている星海のことは許せない。しかし、相手は全く見ず知らずの男性である。もしかすると、SNSの情報で見るよりいい人なのかもしれない。


 仮に、私の手紙をみた「妖怪衆」らが怒り、彼を殺してしまった場合、私は後悔してしまうのではないかと思ったのだ。


 しかし、人間不信の瀧宮が唯一心を開いている男性がおり、それが私ではないという事実も耐え難かった。私の性格上、それを見守るなんてことはできない。彼女らの恋愛記事をみたり、愛し合う様子を妄想しては精神をどんどんすり減らせ、やがては崩壊してしまうことだろう。




 届けるべきか、やはり届けないでおくべきか‥。川の砂利を擦りながら、ゆっくりと車を目指した。



 すると、川の近くにしゃがみ込んで、毛利は動画視聴をしているのが目に入る。この毛利という女は、アイドルを熱心に応援しているようだが、その人を自分のものにしたいとか考えたことはあるのだろうか。


 何となく、彼女に話しかけた。



私「座ったらどうだ?」 


 私は警察が用意したと思われる、近くに転がっていたパイプ椅子を渡す。


毛利「おお!優しいんだね!ありがとう!」



 彼女は椅子の半分に腰掛け、残りの部分に私が座るよう促した。私は彼女に背中を合わせるような形で、椅子に座り込む。


私「‥何をみてるんだ?」


毛利「昨日見れなかったライブ配信のアーカイブだよ。」


私「どうせまた、アイドルのライブ配信とかだろ?」

 


毛利「今みてるのは、「タイヤ公園」の一人、小川ちゃんって子がネットカフェで配信しているやつ。

 前も言ったかもしれないけど、小川ちゃんは私の位置な番応援している子なんだ。」



 「タイヤ公園」と聞いて、私の胸の奥がまたチクリと痛んだ。そして、椅子を離れることができなくなってしまった。


毛利「しかもね。昨日の配信は、瀧ちゃんが出演してるんだ。あの子は人前に出るのがすごく苦手だから、超レアなんだよね!」



 



私「‥。俺にも見せて欲しい。」


 瀧ちゃん、つまり瀧宮という名前を聞いた時、気づけば私はそう返答していた。

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