第16話 妖怪の長


私「毛利、ごめん‥。」


毛利「う‥うん。どうしたの?」


私「ちょっと、小便を我慢してたんだ。」


 無理がある言い訳をしたが、毛利は安心したように笑った。


毛利「すごい変わった人だね‥。

 私はここの出身じゃないから、そのギャグを受け入れる雰囲気みたいなものがよくわからないけど。流行っているの?」


私「そ、そうなんだ。毛利が引いていたから、俺、すごい変な奴になってたよ。」


毛利「じゃあ、さっきのは、ただ尿意を我慢してただけなのに、オーバーなリアクションをとったというギャグなんだね?」


私「そう…。」


毛利「はは、面白い。」



 彼女の謎に広い許容範囲に救われた私は、黒萩を探す。手紙を「妖怪衆」に渡す目印になる石像の場所を彼に聞き出さないといけないからだ。



私「そんなことより、黒萩さんはいる?」


毛利「あ、さっき、調査の付き添いが終わったみたいだよ。」


 すると、川の方から、両手を深いポケットに突っ込んだ黒萩が、歩いてくるのが見えた。



私「黒萩さん!」


黒萩「はい。ああ、さっきはどうも。いかがなさいました?」


私「俺、実は「妖怪衆」に興味があるんです。本当に先程言ってたような、彼らとやりとりを手紙でする方法があるんですか?それを詳しく教えていただきたくて‥。」




黒萩「ああ‥。そんなことでしたか‥。


 ずいぶん変わったことがお好きなんですね‥。


 …いや、実はですね。私も彼らの話を誰かにするのが大好きでして。ささ、どうぞ、こちらへお座りください。調査でお疲れでしょうから、コーヒーをご準備いたします。」


 黒萩はご機嫌になって、川辺に設置されていたベンチに腰掛けるよう促した。そして、持参した水筒と紙コップを車から持ってきた。この様子だと、例の石像の位置も聞き出せそうだ。




私「それで、「妖怪衆」との手紙のやりとりは誰でも可能なんですか?」



黒萩「基本的には、彼らは私の手紙にしか返答することはありませんが、石像の前に手紙を置けば、誰のものであっても彼らは回収してゆきます。」


私「そうですか。」


 それなら十分だ。私は自分が出した手紙も、「妖怪衆」野本へ届けられることを確認し、冷酷な薄笑いを浮かべた。


私「あの、それじゃ、その石像って、どんな姿をしているんですかね?」



 黒萩はスマートフォンを取り出し、写真を見せる。

 石像の姿さえわかれば、一人でも場所を探しに行ける。その姿を目に焼き付けようと、私は画面に顔を近づけた。



私「なるほど。これが、その石像ですね‥。」


黒萩「ええ‥。」



 それは、一見すると地蔵のようだった。しかし、よく見ると、目が全部で五つある。しかも、長い髪の毛が足先まで生えており、口は目元まで裂けていた。


私「な、なんですかこれは‥。まるで、妖怪のイメージそのものですね‥。


 あの、この石像って、何を象ったものなんですか?普通の地蔵とかではないですよね?」


黒萩「はい。

 これはですね。おそらく「迦軻羅かがら」という、この地域独特の神というか、妖怪の姿ではないかと言われています。」



 「迦軻羅かがら」‥。私はその名前に聞き覚えがあった。確か、大崎が言っていた、この地に伝わる伝説の妖怪だったはずだ。



私「聞いたことあります。


 「妖怪衆」の原点というか、ルーツにあたる伝説の妖怪ですよね?」



黒萩「おお!ご存知でしたか!それなら話が早い!」


 黒萩は嬉しそうに微笑む。



私「…しかしなんというか、やっぱり妖怪らしい見た目ですね。こんな怪物の子孫なら、「妖怪衆」もきっと、怪物に違いありませんよ。」



黒萩「それがですね。実は、この石像は江戸時代に作られたもので、本来の「迦軻羅」の姿ではないんです。

 制作を担当した石工職人がその地に伝わっている伝説をもとにして、勝手にイメージしたものにすぎませんので。」


 江戸時代か…。何度もいうが、私は歴史が苦手だ。だが、大崎の言う「迦軻羅」が退治された鎌倉時代よりは、おそらく結構後の時代だと思う。




私「じゃあ、本当の「迦軻羅」は、どんな姿をしていたんですか?」


 黒萩は目を輝かせる。



黒萩「よくぞ聞いてくれました。実はですね、この「迦軻羅」を描いたとされる最も古い絵が、あるお寺に残っているんです。

 それをご覧に入れましょう。 

 この石像よりも200年以上古いものですよ。」


 黒萩は必死に写真ホルダーをあさり、怪物を描いた最古の絵を探す。


黒萩「あった!これです!」


 彼の様子を見て、なんだか私もワクワクしてきた。一体、怪物はどんな姿をしていたのだろう…。



 私はまた画面を見る。



 するとそこには、黒い墨のみで描かれた、一枚の絵が映っていた。 


 私は、絵を見るまでは、きっと恐ろしい怪物が用紙いっぱいに描かれているのだろうと思っていたのだが、実際のそれは想像とは全く異なるものであった。





 絵の中央には小高い丘がある。そして、なんと、どこにも怪物の姿は無かったのだ。


 しかし、奇妙なことに、その何も無い丘の上を遠くから人々が指差し、驚いた顔をしたり、泣き叫んだりしている姿が描かれている。




私「あの…この絵のどこに妖怪が描かれているんですか?」




黒萩「とても小さくて分かりづらいと思いますので、写真をズームしてみてください。


 小高い丘の上にある小さな木があるのが見えますよね?

 そこに隠れるように、小さく「迦軻羅」は描かれています。  

 

 この絵は、森に隠れるその怪物を指さして、人々が驚いている様子を描いているんです。」


 私は言われた通りの箇所に注目する。



 すると


 …あった。


 確かに、丘の上には木が数本描かれており、その裏側に、何かが隠れているのが確認できた。

 



 しかし、その姿はほとんど木と重なって見えず、その影からひょっこりとはみ出ただけがかろうじて確認できる。これが、「妖怪衆」のルーツ、「迦軻羅」の足とでもいうのだろうか。



 そして、その足にはすね毛が生えていて、五本の指がある。どうみても我々人間と同じ足だ。



私「あの、これって、どうみても人間の足じゃないですか‥。」



黒萩「ええ。そうなんですよ。


 私はこの絵をみて、「妖怪衆」と同じく、そのルーツである「迦軻羅」もまた、人間だったのではないかと思うんです。


 恐らく、昔、人里離れたこの辺りには犯罪者が住み着いており、彼らによって、人が失踪する事件が頻発していたのでしょう。

 

 私は、「迦軻羅」という名前の意味は分かりませんが、それは怪物などではなく、特定の人間の犯罪者を指していたと考えます。


 要するに、ここで悪事をはたらいていた人間が、のちの時代に面白くアレンジされ、今に伝わる怪物として伝えられたのだと思うんです。」



私「なるほど…。」


 私はもう一度、その絵を見た。


 確かに何度見ても、木々の間に見えるのは、人間の足である。

 

 しかし、黒萩の言うことが真実なのか、正直、私は疑ってしまった。


  


 だって、ただの人間ならば、人々は絵にあるような驚き方をするだろうか。人間を相手に、恐怖で泣き叫んだりするのはリアクションとしておかしくないか。


 違和感が残る絵を、私はさらによく見た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る