第15話 狂気に支配される



毛利「ふん。過激派であろうが何であろうが関係なく、「妖怪衆」は皆、「タイヤ公園」の女子たちから引き離すべきだよ。」




 どうやら毛利は、彼らのことを嫌っているようだ。



 が、私も、その意見には賛成だった。これ以上、家出少女に彼らが近づけば、瀧宮にも被害が及ぶと考えたからである。



私「俺も、その通りだと思うよ。毛利。


 ほら、この前、白パーカーの子を見たって話をしただろう?あの子も被害に遭うかもしれないと考えると、胸が苦しくなるな‥。」



 私は、あたかも瀧宮のことを久々に思い出したかのように言った。本当は、出会ってから今に至るまで、ずっと彼女のことしか考えていない。



毛利「ん?白パーカーの子‥。ああ、瀧ちゃんのことね。」


私「ああ、確か、瀧宮とか‥そんな名前だったっけ‥。今、なんとなく思い出した。」


 

 すると、毛利から衝撃的な返答が返ってきた。



毛利「瀧ちゃんなら大丈夫だよ!だって、あの子にはアスハがいるからね!それより、他の子が心配だなぁ‥。小川ちゃんとか…。」



 アスハ‥?私は彼女の言葉に表情が固まる。誰だ?アスハって‥。まさか、瀧宮はその人物と交際しているのか…。


 顔が青ざめるとともに、冷たい怒りが込み上げた。


私「アスハって‥誰だよ‥。」


 


 瀧宮は、かつて塾講師に無理やりの交際を迫られたことから、人間不信であるはずだ。それなのに誰かと付き合っているなんてありえない。きっと、その人物は、彼女の保護者か何かだろう。そうに違いない。




 だが、そんな希望も見事に打ち砕かれた。



毛利「ああ。アスハは瀧ちゃんの彼氏だよ。

 彼はアイドル的な感じで芸能活動している、結構有名人なんだ。まぁ、ちょっとヤンチャで、問題行動も多いんだけどね。


 ほら、見て、これが星海ほしみ 明日葉あすは。」


 彼女が見せてきた写真には、髪の色を白、ピンク、青の三色に染めた、顔立ちの良い若い男が映っていた。


 


毛利「一応、私も明日羽のグッズは持っているけど、そんな熱狂的なファンではないんだ。アイドル好きとして、仲間と話を合わせるために名前と顔を知ってるぐらい。



 この男は結構前から「タイヤ公園」に注目してて、色々支援してたんだ。その様子は、SNSで紹介されている。


 まぁ、性格的に慈善活動とは無縁の彼が、「タイヤ公園」を支援するなんて有り得ないから、メンバーの誰かを狙ってるんだろうって思ってたんだけど、まさか瀧ちゃんとはねぇ。


 かなり意外なところ攻めるなって思う…。あんな華奢で無口なタイプが好きなんだねぇ。もっと人気の子はいっぱいいるのに‥。」




私「いや…。違う。」


毛利「え?何が?」


 気がつけば、私を強い感情が支配していた。


私「違う!!」



 そして、その場の全員が振り向くほどの大声を上げる。



 突然豹変した私の態度に毛利はビクッとなり、様子を伺うように私の顔を覗きこんだ。


毛利「ど、どうしたの…?」


私「…。」


 気がつけば、私は足元に落ちていた拳サイズの石を拾い上げていた。 

 そして、それを勢いよく地面に投げつける。


 バキッ!


 叩きつけられた石の破片が私の足元にぶつかる。


 さらに、私はまた別の石を拾い上げ、同じように地面に叩きつける行動を繰り返した。


 バキッ!


 バキッ!!


 なぜ、このような行動をしたのかうまく説明できないが、とにかく、私は瀧宮が誰かと付き合っているという現実を受け入れることができなかった。それで、感情的になって、この石を何度も打ちつけるという奇妙なことをしたのだろう。 


 頭に血管が浮かび上がるほど、怒りを込めて一心不乱に石を叩きつける。顔のパーツがシワで歪み、怒りを表明しているのがジンジン伝わってくる。


 毛利は唖然とした顔で私の行動を見ていた。




毛利「大丈夫?」



 私はなおも石を握りしめる。



毛利「おーい!おーーいってば!」


 私はようやく我に返った。強く石を握りしめていた手のひらは、真っ赤に腫れ上がっている。


私「あ…、いや…。これは。」



 すると、現場を調査していた警察がこちらへ向かい、私に注意した。


警察「ちょっと、現場を荒らさないでください。」


私「…。すいません…。」




 しばらくの沈黙が訪れた。


私「ごめんなさい。トイレに…。」


 私は夢中で変な行動をしていたのを他人に見られてしまったことを恥じ、その場に居られなくなってしまった。

 逃げるように茂みへ歩いてゆく。



毛利「まだ帰ったらダメだからねー!」



 毛利は注意するが、私は返事をせず、そのまま路肩に駐車している車へ向かった。




 バタン。


 私は車のドアを閉め、静寂の中で自分の心を落ち着かせようとする。



私「星海…、明日葉…。」


 そして、車の天井に向かってそう呟くと、彼の名前をスマートフォンで検索した。

 すると、さっき毛利に見せられた、奇抜な髪色をした男のSNSアカウントが出てきた。


 これまでに彼がアップした写真を見ると、確かに瀧宮と二人並んで撮られたものをいくつか見つける事ができた。

 古い写真では笑顔を浮かべていなかった彼女も、最新の写真では少しだけ口角を上げて、嬉しそうにしている。



 私はそれを見て、奥歯で爪を噛んだ。


私「はぁ‥はぁ‥。」


 もう、私はこの星海という男を、許すことができなくなっていた。 


 確かに、瀧宮からすれば、私は何者でもない。ただ一度、公園で出会っただけの、記憶に残っているかも怪しい男だ。


 しかし、一目惚れしてしまった私にとって、彼女は全てであった。だから、星海という男は、私の全てを奪った者である。







私「そういえば…。黒萩さんがさっき、「妖怪衆」に手紙でやり取りができるって言ってたな…。


 俺も彼らに手紙を出し、『星海 明日羽』を襲撃するように依頼したら、実行してくれないかな…。」



 無意識に発したこの独り言は、今、私の心に浮かんだアイデアをそのまま言葉にしたものだった。



 私は早速それを実行しようと、カバンに入っていた適当な紙を取り出し、腿膝ももひざのうえで文字を書き始めた。


 「妖怪衆」に星海を襲わせる。

 彼を亡き者にするには、これしかない。



 そして、作成した手紙は以下のような内容だった。


 


「星海 明日葉という危険な人物を探しています。


 彼は、あなたがたを低俗な存在であると見下し、外部の人間と融和する政策を妨害しています。このままでは、私たちは、いつまでもあなたたちを我々の社会の一員として受け入れることができません。


 よって、彼を排除する我々の努力に、あなたさまも協力していただけないでしょうか。いえ、あなた様の力が必要でございます。


 「星海 明日葉」は、白、青、ピンク色と奇抜な髪色をしており、交際相手が「タイヤ公園」にいます。よって、彼は頻繁に公園を訪れているはずです。


 もし、奇抜な髪色の男を公園で見かけたら、それこそが、私たちの関係を破壊しようとする悪の根源、星海でございます。


 是非、あなた方の力で彼を亡き者とし、これからの我々の良好な関係を維持してゆきましょう。」



 これを「妖怪衆」へ提出すれば、奴らは怒り狂い、星海に強い恨みを抱くだろう。そして、彼を襲撃するに違いない。


 先ほど、川に投げ捨てられた女子の姿が思い浮かぶ。



 私は、ようやく落ち着いた心を取り戻し、車を出た。



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