第14話 狂気に支配される


私「それで、黒萩さんはどのような目的でここへ来たんですか?」



黒萩「はい。実は、私、「妖怪衆」のをやっておりまして‥。」




私「え?ど、どういうことですか‥?

 人間なのに、「妖怪」の味方ということです?」



黒萩「いや、そういうわけではありません。


 「妖怪衆」は、ご存知かもしれませんが、山深いところへ身を潜めて暮らしており、人前に姿を現すことはほとんどありません。


 なので、私は彼らの代わりに対人のやり取りを代行し、その結果を報告しているんですよ。


 特に、今回のような事件が起きた場合、それが「妖怪衆」の仕業かどうか調べるのは特に重要な仕事でございまして‥。今回はその調査に参りました。」






毛利「言っとくけど、黒萩さんは怪しい人じゃないよ。君の職場と似たような感じで、普段は法律事務所を経営してる。弁護士でもあるんだ。


 そして、「妖怪衆」は、基本的に人間を嫌っていて、黒萩さんとか一部の人だけを信用している。だから、彼らと人間の間に立ち、意思を伝えるのが彼の仕事なのさ。」




私「で、でも、黒萩さんはどうやって「妖怪衆」とやりとりしているんですか?も、もしかして、テレパシーとか、超常的な能力を使ってコンタクトするんですかね?」



黒萩「い、いえ、普通に手紙でやりとりします。」



私「は?」


 私は、思いの外、彼らとのやりとりが普通であることに驚いた。そういえば、彼らは「妖怪衆」という名前ではあるが、私たちが知っている「妖怪」のように何か非科学的な妖術が使えるわけではなかったことを思い出す。






 黒萩は、道路の方を指差した。



黒萩「今は暗くて見えませんが‥、ここから少し離れた場所に、ある古い石像がありましてね。手紙はそこへ置くようにしてます。


 私のハンコ付きの手紙をこうして封筒に包み、湿気を防ぐためにジッパーに入れ、石像の裏側に置いておきます。すると、誰も見ていないうちに彼らが回収して行くんです。


 また、彼らからの返信も、同じように石像の後ろに置かれます。今日も実は、別件で彼らに届けた手紙の返事が一枚手元にありまして‥。よかったら、見ますか?」



 私は、好奇心に操られるように首を縦に振った。



 すると、黒萩はカバンの中から、クリアファイルに保管されたボロボロの紙を一枚取り出した。あれが、「妖怪衆」が彼に宛てて書いた手紙であるようだ。

 


 一体、「妖怪衆」が書いた文字とはどんなものだろう‥。

 私は、彼らが特別な力を有していなくとも、何か我々一般的な人間とは異なる存在だと思っている。


 だから興味はどんどん湧いてきた。スマートフォンのライトで手紙を照らす。



私「うわ‥、気味悪いな。」


 正直、字が汚すぎて、なんと書いてあるか全く読めなかった。文字の大きさもバラバラで、一見するとただの模様に見える。



 そして、何より印象的だったのは、手紙の端に、絵の具を塗った指でつけたような、赤い印がベタベタと大量に押されていたことだ。

 彼らが自分たちの指に塗料を塗り、この手紙に押しつけたのだろう。しかも、こんな沢山。


 私は詳しく細部を確認しようと、顔を手紙に近づける。


 


 


黒萩「気持ち悪いと感じましたか‥。


 この大量の指印はですね‥、彼ら「妖怪衆」が私のハンコの真似をして、つけたものです。構成メンバー全員分の指印ではないかと思いますが‥。確か、彼らは全員で20人ぐらいだったと思います。


 とにかく、この指印が、彼らの正式な文章である証というわけです。」



私「‥なんか、ここまで物証があるなんて、正直驚きましたよ。「妖怪」は実在するんですね。しかも、文字も書けるし、指紋だってある‥。」




黒萩「これはあくまで私の考えですが、「妖怪衆」は、「妖怪」ではありません。


 彼らは、ただの人間です。少なくとも私はそう考えています。」




私「えっ‥。薄々感じてはいましたが、そうなんですか‥。」




黒萩「ええ。彼らは、山奥に暮らしているだけの、ただの人間では無いかと思うんです。集団に女性が生まれないとき、近くの村から女性をさらって妻とするなど、現代の我々からは理解し難い独自の文化を持っていますが、人間に間違いないと思います。


 しかし、彼らはもう数百年以上「妖怪」として恐れられてきたし、自分たちも一般的な人間とは違う、より優れた存在だと強く意識しております。」




毛利「知ってるかもしれないけど、「妖怪衆」ってのは、昔から外部の人間が彼らを呼ぶときの名前で、彼らは自分たちのことを何て呼んでいるのかは分からないんだ。


 だから、黒萩さんは彼らに宛てた手紙には、絶対に「妖怪衆」とは書かないんだよね。」



 黒萩は頷く。



黒萩「今回事件の犯人は、私も「妖怪衆」の仕業だと思います。


 ここ最近の手紙のやりとりで分かったのですが、彼らは、今内部でかなりピリついた状況らしくて、このような危険な行為を起こす可能性は極めて高いといえます。」



私「何か‥あったんですか?」




黒萩「今、「亜広川市」の市長、大崎氏が、「妖怪衆」と外部の人間を交際させることで、その存続を支援する政策を進めているのですが、これに反対するメンバーがいるのです。


 「妖怪衆」と一言でいっても、様々な考えを持つメンバーで構成されています。人間社会との融和を求める者。そして、それを反対する者‥。




 後者、つまり人間社会との融和を拒否する者たちは非常に危険です。

 彼らのことを、我々はあえてと呼んでいます。


 過激派は、これまでの「妖怪衆」の文化を大事にし、現代においても人攫ひとさらいなどの野蛮な行為を継続しようとする連中です。


 これまでに勃発した、「妖怪衆」の仕業とされる事件のほとんどは、その一部の危険で保守的な思想を持った過激派によって引き起こされているのです。



 そして、彼らが今回事件の犯人だとすると‥。

 「妖怪衆」が人間社会と馴染めないことをアピールし、人間社会と融和する政策を妨害するために、彼らと交際していた被害者女性を狙ったとも考えられます。」




私「そんな‥。」


毛利「や、やはり許せない‥。」



私「ということは、「妖怪衆」全員が人間社会を極端に嫌っているというわけではないんですね‥。」



黒萩「もちろん。まぁ、今回事件の真相も、「妖怪衆」に直接お聞きするとしましょう。」



 すると、警察が黒萩を呼んだ。



警察「黒萩さーーん。早速現場を見てください。」



黒萩「‥それでは失礼します。


 あと、‥特に毛利様。過激派連中は気が立っておりますので、十分にお気をつけください。」

 

 黒萩はそう言って私たちに背を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る