第12話 狂気に支配される


 深夜。私の車は「タイヤ公園」を目指して、夜道を駆ける。

 

 対向車はほとんどなく。静かなドライブだった。コンビニにすら人がいない。


 公園へ辿り着くための道はだいたい覚えていたため、私は記憶を頼りに目的地を目指すことにした。

 

 ふと、窓の外を見ると、私が昔通った小学校がある。それを視界にとらえた瞬間、過去のある出来事を思い出した。




 ‥私はこれまで何度も人に恋愛感情を抱いたことはある。しかし、瀧宮を好きになったこの感覚は、それらとは違った。

 「幸福」と感じるのではなく、焦燥感や恨みに近い特性を持っている。彼女を勝手に自分のものだと考えるようになり、それを誰かに奪われるのが怖いというイメージだ。



 だが、思い返せばこの感情を味わうのは初めてでは無かった。実は、小学2年生の初恋の相手にも、同じ感覚を得たのだった。


 その子の名前は覚えていないが、今回と状況は似ていた。何も話したことが無いにも関わらず、その外見を見ただけで好きになったのだ。授業中も、帰宅中も、そして家でゲームをしている時も、ずっとその子のことを考えていた。





 そして、ある時、私はその子が誰か別の男子と話しているのを見しまった。玄関で、楽しそうに彼女たちは話していた。


 それを見て、私は殺意に近い感情を得たのだ。


 その日、校庭にいた大きな毛虫をはしつまみ、いきなり彼女へ近づいてその肩に乗せた。彼女のことを考えすぎるあまり、感情が爆発して、やったのだ。


 その子は絶叫し、私から離れて尻餅をつく。そして、私は逃げようとする彼女の背中に、もう一度毛虫を乗せようとした。それを近くにいた女子が全力で阻止したのだ。


 幸い怪我人は出なかったけど、当然ながら皆が私を責めた。先生も、学校へ駆けつけた両親も、私を囲むようにしてしかりつけた。


 その時、私は、彼女のことで悩み苦しみ続けた方が可哀想なのに、そんな自分が責められる理不尽さに耐えられず、空に向かって発狂するように泣いた。




 そして、この話には続きがある。





 結局、彼女は両親の都合で転校することになった。


 それが分かった数日後、校庭の落ち葉を集め、焼き芋をクラス全員で焼いたのを覚えている。私は、その時も、彼女がどこかへ行ってしまうのが、耐えられなかったのだろう。感情が爆発して、小さな凶行に出た。



 私は芋を焼いている落ち葉にトングを突っ込み、その前端部分を熱した。そして、湯気が出ているそれを、彼女の首元へ押し当てたのだ。ジュウウという音と共に、首から煙が出たのを確認すると、彼女は激痛のあまり悶え苦しむのが見えた。




 私は力の強い男性教師に取り押さえられ、トングを引き剥がされた。周囲の女子たちは泣いている。私をいじめていた男子も、怖がって後退りした。


 ここでその日の記憶は途切れている。あのあと、救急車が呼ばれたんだと思う。本当にあの子には申し訳ないことをしたと、今でも反省している。



 が、私の内面には、自分では制御できない凶暴な人格が昔から住み着いていることが、お分かりいただけたのではないか。




 でも、不思議なことに、その一件の後は、その狂気が発症することは無くなった。

 あの事件を機に、悪い男子学生から注目を浴びるようになり、友達が急激に増えたのだ。そいつらは皆、私の隣で「こいつを怒らせるなよ!トングで首いかれるぞ!!」と他のクラスの男子を威圧していた。



 彼らとつるむのは楽しかった。そして、どんどん社交的になってゆくにつれ、私の中でそんな狂気的な感情は薄くなっていったのかもしれない。きっと、あの時はポジティブな友情の力が、私の内面にいる狂った人格を押さえつけていたのだ。


 しかし、社会人となった今、友人らは皆それぞれの道をゆき、私は孤独になっていた。もはや内面で暴れる狂気を繋ぐ鎖は、力を失っているのかもしれない。



私「瀧宮‥。寂しい‥。」



 昔話を思い返し、瀧宮への恋愛感情が制御できない心配がより一層増してきた。


 ハンドルを握る力が増してゆく。 







 しかし、いつまで経っても公園などは現れず、代わりに見た事ない大きな川にたどり着いた。川幅が10mを超えるほどの大型河川である。


私「道を間違えたかな‥。」


 この先はダム湖に続いており、流れはかなり緩やかである。

 どうやら、山道に入ってから、分岐を間違えたようだ。インターネットで地図を確認すると、「タイヤ公園」は、川の奥に見える小山の裏にあるようだ。




 私は引き返そうとする。



 しかし、私は川の近くに二人の人影を見た。川に何かを捨てている。

 それを見た時、私は思わず立ち止まった。こんな真夜中に、彼らは何をしているのだろう‥。 




 ドプン、という鈍い音と共に、大きな布の塊みたいなものが水の表面を漂い始めた。男たちが何かを川に放ったようだ。



 河原の石を踏みながら、私は背伸びして様子を伺う。


 すると、踏み台にしていた小さな石たちがバランスを崩し、ガラガラと音を立てた。

 


私「あっ!!」


 すると、それに反応したのか、川で作業していた二人は、川に浮かべた大きな塊を捨てて逃げてゆく。




 私は、その二人の姿が完全に見えなくなったところで、あの水に浮かぶ物体が何か探ろうと、近づいていった。よく見ると川は深くなかったため、それは水中の地面に接しており、半身を空気にさらしていた。



私「おいおい‥、もしかしてこれ‥。」


 慌ててスマートフォンを取り出し、警察に連絡した。一見すると布の塊に見えたそれは、人間の女性だった。パーカーを着ている。

 瀧宮ではないが、おそらく「タイヤ公園」に住んでいる子の一人だろう。彼女の体はぴくりとも動かない。また、体温が異常に低く、呼吸をしているようにも見えなかった。



私「多分‥死んでる‥。‥だよな。」 


 

 すると、警察に電話がつながった。



警察「はい。亜広川署です。事件ですか、事故ですか。」


私「えっと、おそらく事件です。‥人が川で倒れていました。そして今、河原に引き上げています。」





警察「はい、分かりました。場所はどこですか?」


私「えっと‥森の中‥。「タイヤ公園」の近く‥。ダムがあるところです‥。」





警察「一人ですか?」


私「ぼ、僕は一人です‥。でも、怪しい人じゃないです!!」


警察「いえ、そういうことではなくて‥。被害者は一人でしょうか?」


私「あ‥、はい。」



 私は焦って言葉をうまく操ることができない。ここまで動揺しているのは、暗い森の中で一人いた私が、目の前の女子を溺れさせた犯人だと疑われないか心配になったからだ。



 その後、15分ほどで、赤いランプが河川敷に集まってきた。その間、私は消防の言われた通りの方法で人工呼吸を女子に施した、が、彼女が目を開けることはない。


 

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