第9話 もう一つの社会問題



私「帰りました。」



 事務所に到着した時、すでに夕方だった。窓の日差しをさえぎるシェードの隙間から、オレンジ色の光が差し込んでいる。

 すると、メガネを夕陽色に輝かせた上司が近づいてきた。



上司「はいよ。お疲れ。大変だったなぁ。

 市長と知り合いだと、色々面倒なことがあるな。」



私「はぁ‥、まぁ‥そうですね。」



 私のデスクを見ると、今日処理するはずだった大量の書類が山積みになっている。



私「今日も終電に間に合わないだろうな‥。」


 瀧宮と会話ができなかったこともあり、私はこれからする仕事を前に大きなため息をついた。


 すると、上司は席に着こうとする私を引き留める。



上司「待ってくれ。その仕事は別にやらなくてもいい。ただ。今日は他にやって欲しいことがあるんだ。」



 私は振り返る。


私「え、この仕事、やらなくていいんですか?」



上司「ああ、大丈夫だ。そして、話は変わるんだが、割と大事おおごとに足を突っ込んじまったかもしれん。


 これからお前にやって欲しいことはな、公安の調査員?とにかく、どっかの調査員の取調べを受けて欲しいんだ。今、上の階の会議室でもうスタンバイしている。」



 公安といえば、警察のように事件の調査をしている機関というイメージがあるが、そんな人たちが私に何の用事だろうか。



私「どう言うことですか?」



上司「いや、別にお前が悪いことをしたとかでは無い。


 それがさぁ、お前に駐車場を調査させた「山本 姫犬」の案件を、さっき俺が警察署の知り合いに話てしまってな。なんとなく、世間話をするノリでね。


 『おかしな案件があって、しかも市長が関わっているらしいんすよ。』ってな。


 そしたら、その会話を偶然そこにいた公安調査員に聞かれてしまって。そいつが急にお前を調査したいと言ったんだよ‥。」





 私たち行政書士は、仕事で警察とやりとりすることが多くある。書類を提出するため警察署を訪れることも頻繁にあり、そこで上司は「山本 姫犬」の奇妙な案件のことを喋ってしまったのだろう。



私「わ、わかりました。」



 上司は申し訳なさそうに会議室の鍵を渡してくる。



上司「取調べが終わったら、そのまま帰っていいから‥。‥終わったら鍵を閉めてくれ。」



 まぁ、私としては、あの膨大な仕事を処理するよりかは、公安の調査に協力する方がマシだと思い、そこまで悪い気はしなかった。


私「それでは、これで失礼します。」


 そういって、ワークルームを後にする。




 

 そして、私は暗い階段を登り、ほとんど使われていない3階の会議室のドアを開いた。

 しかし、初対面の人と何か話すのは久しぶりで、かなり緊張する。就職面接の時みたく、とりあえず元気な声を張って入室することにした。



私「お世話になっております!」



 すると、そこにいたのは、予想外の人物だった。

 スーツに身を包んではいるが、小柄で、耳に大量のピアスをつけた若い女性である。その見た目から、私と同年ぐらいだという印象を受けた。


 だが、彼女には恋愛的な好意を抱くことは決してないであろう。正直、タイプではない感じである。目が大きくて、ストレートの長髪であることは評価できるが、ガリガリに痩せているし、歯の矯正具をしている。


 そんな女性が、さっきまで会議室で寝ていたのだろう。私の声に反応して飛び跳ねるように起立する。



女性「ああ、どうも‥。調査で参りました。毛利もうりと申しますぅ。」



 彼女は、矯正具のせいで口内に溜まった唾液をズズズと吸い上げ、満面の愛想笑いをした。



私「あ、よろしくお願いします‥。」



 私は少し肩の力を抜いた。

 と言うか、さっき、「妖怪衆」なる存在に出会ったこともあり、直感的に彼女もその一味では無いかと思った。彼らよりもよっぽど彼女の見た目はっぽかったからかもしれない。



私「それで、何を調査されるんですか?」



 私の質問に、彼女はぎこちなく答える。


毛利「あ、えっとですね‥。


 聞きたいことは二つありまして‥。

 あなた様が「山本 姫犬」さんって人に接触したかと言うことと、「亜広川市」の市長のことなんですが‥。」



 私は声を小さくする。


私「あの、俺も正直、びっくりしたんですよ。「山本 姫犬」さんって人‥。


 なんか、「妖怪」の末裔を自称しているらしいですね。なんでも、あの人みたいなのが他にも沢山いて、「妖怪衆」と呼ばれているとか‥。」



毛利「や、やっぱり!そうですよね!!


 ‥あ、と言うか、ちょっと調査からズレるんですけど‥。私たちって、同い年じゃ無いですか?」



 彼女は突然話題を切り替えたので、私は言葉に詰まってしまった。だが、目の前で自信満々の笑みを浮かべているので、その問いに答える他なかった。



私「‥え?


 ‥あ、一応、僕は23歳。今年新卒一年目です。」



毛利「やっぱりそうだ!!私、分かるんですよ!同い年の人かどうか。


 だったら、敬語やめませんか?普通に話しましょうよ。」



 私は彼女の態度を見て、なんだか大学時代を思い出した。そうだ。去年まではこんな感じの雰囲気の中に私はいたのである。

 それが社会人になってから一気に変化し、ずいぶん窮屈な思いをしていたのだ。それが、今だけ去年の楽しい雰囲気に戻れた気がして嬉しかった。



私「いいよ!と言うか、変な能力だな。それ!」



毛利「でもさ、的中率70%以上だよ!特技と言えるでしょ?」



私「なんだ。特技って割には、的中率が低いんだな。」


 私たちはギャハハと笑い、会議室の椅子に深くもたれかかった。






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