第7話 もう一つの社会問題



 私と大崎を乗せた車はしばらく山道を走った後、村役場の駐車場に停まった。ここまで15分程度だったが、先ほど見た映像が何度も思い返され、私は何も口に出すことができなかった。


大崎「あれ、おかしいな。この前は友好的に接してくれたのに‥。」


 大崎は隣でぶつぶつと独り言を言っている。

 


 車のエンジンを切り、ようやく一言、私は口にした。


私「あれは‥、一体‥。本当に「妖怪」なんですか?俺が見たかぎり、人間にしか見えなかったですけど。」



 それを聞いた大崎は助手席で深呼吸する。




 大崎「まぁ、これから私が言うことを聞いてくれ。信じるかは任せる。有名な話だから、知っているかもしれんがな‥。


 ‥今から800年ぐらい前、鎌倉時代のことだ。

 さっき私たちがいた場所には、ある恐ろしい妖怪が住んでいたという伝説がある。こっちは俺たちがイメージする、恐ろしい見た目の妖怪だな。




 名前は「迦軻羅かがら」。史料によっては、「かがらさま」などと言われており、村の信仰対象だったかもしれない。ある寺には、古い絵とかが残っているよ。大量の目ん玉とボサボサの頭、さらに、よく分からん仏教の法具を持っている姿で描かれている。」



 私は目を細めた。


 正直、歴史の話は全く興味がない。が、私とは対照的に大崎は大の歴史好きだから困る。



 鎌倉時代とは何だ。私の知識はそれぐらいのレベルである。ゴリゴリの理系であるから、文系科目は英語以外の知識が欠落しているのだ。


 とりあえず、大昔に怪物的なものがここにいたということか。それぐらいに理解しておくことにした。でも、それは伝説というか、作り話では無いのか。


 



大崎「そして、その「迦軻羅」っていう妖怪は、深い森に潜み、近隣の村の娘たちをさらって自分の子孫を残そうとした。そして、その被害はどんどん拡大し、この辺りでは奴に襲われないように村の女性は男装する習慣が生まれたらしい。


 そんな状況は10年以上続いたが、村の要請を受け、四国からやってきた越智三郎昭麿おちさぶろうあきまろって武将が、その怪物を殺して平和を取り戻したんだ。村人はこれで女子を奪われることがなくなると歓喜したようだ。



 だが、その怪物と人間の娘との間に生まれた子供はまだ生きていた。全部で4〜5人ぐらいいたそうだな。そいつらは「迦軻羅かがら」が絶命した後も、親にならって近隣の村の娘らを襲い、子孫を残し続けてきたんだ。



 そんな怪物の血を引く悪しき集団が、村人から「妖怪衆ようかいしゅう」と呼ばれて恐れられるようになった。また、その「妖怪衆」はこの中国山地奥の深い森で、同様の悪事、つまり女性を攫って子孫を残すことを細々と繰り返し、数百年も命を繋ぎ続けた‥。」



私「ま、まさか‥。」



大崎「ああ。「山本 姫犬」も、その仲間も、「迦軻羅かがら」の子孫を自称し、古くから山に住み着いている「妖怪衆」だ。


 まぁ、この伝説がどこまで本当か分からんがね。もしかしたら、人身売買なんかをする犯罪者集団が適当に考えた神話かもしれん。


 だが、あいつらは少なくとも大正時代ぐらいまでは、村の娘をさらって子孫を残してきたのは事実だ。そして、自分たちが「迦軻羅」の子孫であることを疑っていない。


 ほらな、「妖怪」に違いないだろう?」




 私は大崎の顔を見る。彼は目を合わせず、フロントガラスの奥に映る山を見たまま続けた。



大崎「だが、問題はここからだ。


 今やこの国の技術は発展し、治安も大幅に改善された。もう、かつてのような人攫さらいで子孫を残すのは難しくなったのさ。


 だから、あいつらは「迦軻羅」の末裔、つまり「妖怪」として生きることをやめ、人間の女性と交際することで子孫をつないでゆくことを決めたんだ。「妖怪」から人間に生まれ変わろうとしているんだよ。


 ほら、今回、「山本 姫犬」が車を買ったのも、その努力の表れだ。他にも、就職先を紹介されたり、高等教育を受けたりと、今、「妖怪衆」は人間の文化を積極的に受容しているところだ。」



私「で、でも、そんな危険な奴らが、交際の経て女性と関係を持つことなんてできるんでしょうか‥。誰も、こんな山奥に住んでいる、よく分からない集団の一部になりたいとは思わないですよ。」





大崎「そうだな。都会に生きている普通の女なら、そんな男なんざ相手にしないだろう。


 そこでだ。私は、「タイヤ公園」にたむろしている女子たちに目をつけたのさ。

 「妖怪」の末裔と、家を無くした女子たちをマッチングさせる。これで、色んな問題を解決できるからな‥。少子化、家出少女の問題、妖怪との融和‥。


 ‥完璧な策だと思ったね。そして、それは今、まさに進行中だ。」



 私は、それを聞いてとても不安になった。「タイヤ公園」には、あの白パーカーを着た子がいる。その子が「妖怪」の末裔に無理やり連れてゆかれる妄想をしていまったのだ。


私「そ、それは、いい案とは言えるんでしょうか。」



 すると、大崎は得意げに言った。


大崎「それがねぇ、今、上手くいった例が一つだけあるんだよ。

 「妖怪衆」と人間のカップルが成立したんだ。あの二人は、努力すれば事が成せるということを教えてくれたな‥。」



私「ど、どんななアプローチを‥。」




大崎「いや、私もどうやって口説いたかは知らんがね。


 交際支援では、スタッフが彼らに『彼女らが抱いている将来への不安』に働きかけたりすると効果があるとか言ってたな。あと、当然、自分たちが「妖怪」の末裔であることを隠したり‥、それ以外は、特に何か特別なことはしてないね。


 なんだね。何が言いたいことがあるのか?」



 そんなことを言って、かなり強引な手を使ったのではないか。私は、この大崎という男の強硬的な一面を知っている。表面上は穏便な解決をうたっているが、実はかなりグレーなことをしていたなんてことはザラにある。彼はそういう男なのだ。



 それに、さっき我々に向かって石を投げてきた「妖怪衆」の奴ら‥。市長の大崎を含めて、人間側を全く信用していなさそうだった。どう考えても、そんな奴らを女性に近づけるのは危険ではないか。



大崎「それじゃ、私は帰るよ。役所の人間に送ってもらおう。」



 そう言い残すと、大崎は後ろ姿のまま手を上げ、ツカツカと歩いてゆく。



 私のなかで、どんどん不安が増してゆく。

 




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