第6話 もう一つの社会問題
大崎は周囲を見渡し、とても小さな声で言った。
大崎「実はな、その『山本 姫犬』っていうのはな‥。
「妖怪」なんだよ‥。」
私は突拍子もない彼の発言に言葉を失った。
大崎「いや、「幽霊」でもいいかもしれない。あ、でも、幽霊は人が死んだ後に魂がどうにかなった姿だったっけ。じゃあ違うかもな‥。
「怪人」とか、「怪獣」とか‥。そんな感じかなぁ‥。でも、やっぱり、それらとも違う‥。」
私は
私「あの‥。いや、すいません。どういうことですか?
この、「山本 姫犬」が「妖怪」と言いました?」
大崎「‥ああ。私も「亜広川市」の市長に就任するまでは、そんなものがいるとは思わなかった。」
私「彼は不思議な妖術が使えるんですか?」
大崎「いや、特に、使えないな。」
私「見た目は?」
大崎「見た目は、普通の人間だな‥。」
私「それは‥人間じゃないんですか?」
大崎「‥人間かもしれんなぁ‥。いや、でも「妖怪」なんだよ。史料にもそう書いてあるんだから。」
私は彼の発言に、どこか得体のしれない恐怖を感じた。「山本 姫犬」という人物に対しての恐怖ももちろんあったが、大崎がおかしくなってしまったのではないかと心配になったのだ。
大崎「おい。その目‥。今、私が狂人になってしまったと思っただろう。言っとくが、私は正常だ。だがな、「山本 姫犬」は何者かという質問は難しすぎるんだ。既存の言葉には的確な表現がないとも言える。
だから、私も、そして行政も奴のことを「妖怪」などと仮に呼んでいるだけだ。そして、「亜広川市」では、「タイヤ公園」以上に解決すべき社会問題でもある。」
「妖怪」が社会問題になっている自治体があるだろうか。やはり、この男の精神状態は普通ではないようである。
すると、大崎は私の社用車の助手席を開けて、勝手に入り込んだ。
大崎「決めた。今日は暇だから、「妖怪」の
私「いや、別にいいですよ。」
大崎「私がこのまま狂人の扱いを受けるのは面白くないんでね。君にはいやでも、見てもらいたい。さぁ、行くぞ。」
また、独断で決められた。私は数年前の学生時代、彼にこき使われた日々を思い返しながら、彼を乗せた車を走らせた。
私「一応言っときますが、仕事中なので‥。」
大崎「分かっている。すぐに済ませばいいんだろう。」
それから車を走らせること数分、少し山道が開けた場所にたどり着いた。元々、このあたりは村があったのだろうが、今は無人の廃墟と化しているようだ。だが、廃墟とは言っても、壊れた建物は全て植物に覆われ、緑の
私「あ‥ここは。」
そこで見覚えのある景色が飛び込んでくる。私が調査に来た目的の場所である、肩の高さまで草木が伸びたスペースがあった。まさに写真と同じである。そして、一緒に映っていた廃屋も見えた。
予想通り、草の背丈が高すぎて、車を停めるのは不可能である。
私「あれは、この場所を撮った写真だったのか‥。
それにしても、人が住んでいる気配が全くない場所ですね。」
私がそう言ってドアに手をかけると、大崎はそれを阻止した。
大崎「いや、外に出ないほうがいい。奴らに何をされるかわかんらんぞ。
私がまず出てから事情を話す。それまでお前は車で待っていろ。」
そう言って彼は助手席を飛び出し、無人の林へあるいて行った。そして、草をかき分けるように進んでゆく。
近くには看板があった。
「この区間では、車を停車させないでください。道幅が狭く、とても危険です。
また、林は保護区のため絶対に近づかないでください。」
我々はこの看板が禁止する事項を全て破っているが、大丈夫だろうか。そんな心配をよそに、車の外から大崎が叫ぶ声が聞こえる。
大崎「おーーーい!私だ!市長の大崎だ!!」
車の中からは、誰もいない茂みに向かって呼びかける大崎の後ろ姿が見える。私はますます心配になった。
大崎「おーーい、「山本」さん!出てきてくれーーー!!」
私は思わず運転席を飛び出し、大崎の背中にしがみついた。なんだかこれ以上、彼の行動を見てられなくなったのだ。
過労のストレスで精神に異常をきたしているとしか思えない。すぐに病院に連れてゆくべきだろう。
私「分かりました!分かりましたから!帰りましょう!早く。」
大崎はそれを振り払おうとする、
大崎「いや、大丈夫だ。本当にここに住んでいるんだ。「山本 姫犬」がな。」
私「ここに人なんていませんよ!馬鹿なこと言ってないで早く‥。」
すると、大崎は目を見開いて、嬉しそうに言った。
大崎「おおっ!!出てきてくれたか!!」
私「えっ‥。」
大崎が必死に指さす方向を、私も見た。
私たちの目の前には、林を横断する一本の道路が遠くまで続いている。
その道路の上に5人ぐらいの集団が姿を現した。皆、作業着やジーパンなど、丈夫な服を着ている。
集団と私たちの距離は100mぐらいで、私の視力では彼らの表情まではよく分からなかった。ただ、全員男性のようだ。
私「えっ、本当に誰か住んでたんですね。あれが‥、「山本 姫犬」さん‥?」
大崎「ほらな、君は私を疑ったが、別に頭がおかしくなったわけじゃないんだ。
それで、あれは「山本 姫犬」ではない。‥その仲間だな。」
私「仲間‥?
というか、どう見ても普通の人間でしょ。「妖怪」なんて、脅かさないでくださいよ‥。」
すると、彼らは突然、麻で編まれた大きな袋を、茂みから引きずってきた。その中には、拳サイズの石が沢山入っている。
私「あれは、石材ですかね‥?」
私が言い終わらないうちに、彼らはそれをこちらに向かって投げてきた。だが、私たちの立っている場所までは届かず、道路に落下してカラカラと転がる。
なんだか、こちらを歓迎していなさそうな雰囲気である。
私たちを攻撃する目的で、彼らは石を投げてきてないか‥。私にはそうとしか見えなかった。
私「あの、まずくないですか‥。」
私の悪い予感が的中したのか、どんどん石が投げ込まれる。その振りかぶり方を見ると、殺意のようなものが感じられた。連中は明らかに我々に対して敵意を丸出しにしている。
とうとう、転がってきた石が私のつま先に当たった。彼らは少しずつ距離を縮めてきているようだ。石は遠くに飛ばせる工夫が施されており、しっかり握るための研磨された部分と、相手に深い傷をおわせるための削れた部分が確認できた。
私「早く車に乗ってください!」
私は大崎の肩を引っ張り、無理やり助手席へ乗せた。大崎も、攻撃されていることにようやく気づき、大人しく車体に体を収めてじっとしている。
私はアクセルペダルを踏み、一目散に彼らから逃げ去った。
バックミラーには、彼らのうち数名が走ってくるのが見える。
しかし、どんどんその姿は小さくなった。
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