第4話 行き場のない女子

私「ん?あれは‥。」



 すると、他の女子達に遅れて、タイヤ遊具から白いパーカーを着た女子が一人、のそのそとい出てきた。それに気づいた私は再びカメラのアプリを起動する。


 彼女だけ目立つ色のパーカーを着ているのは、この集団で特別な存在である証なのか。まさか、彼女らの女王的なポジションの人物かもしれない。



大崎「どうだ?好みの子はいたか?」


 大崎は私の隣で笑う。しかし、私は異様な雰囲気の白パーカーの子が気になって、返答できなかった。



 その女子は、頭をブルブルと振りながら、髪についた砂を落としている。


 そして、その顔を上げると、手櫛てぐしでサラサラな前髪を整えながら、こちらを見た。



私「‥。」



 驚いた。息をむほどの美人だったのである。彼女は他の女性と比べ、頭一つ抜けた美貌を持っている。遠くからでもわかるクッキリとした目だ。

 私はシャッターを切らずに、そのまま釘付けとなってしまった。



私「なんだ、あの子‥。」



 もし、街にいれば特別可愛い子でもないのか?この集団の中にいるから美しく見ええるだけだろうか。

 いや、彼女は紛れもなく美しく、一瞬で私の心を鷲掴わしづかみにするほどの妖艶ようえんさを帯びていた。


 その子は面倒くさそうに欠伸あくびをし、他の女子に続くように観客席へ目をやる。


 私はただ、ぼーっと彼女を見ていた。




私「あ‥あの!!」


 私は思わず声を発した。白いパーカーの子は、声に反応してこちらを見た。


 だが、呼びかけたはいいが、次の言葉が思いつかない。口をまごまごさせたまま、彼女を見つめることしかできなかった。


 すると白パーカーの子は、私が口を小さく動かしているのを見て、何かを自分に語っていると思ったのだろう。手を耳に当てる仕草をすると、こちらへ歩いてきた。




 距離が一歩づつ近くなり、彼女の顔がはっきりわかる位置まで来た。ずっと遊具の中で座っていたのか、フラフラと不安定な歩行である。



 そして、りんとした眼差しで、私の顔をまじまじと見る。その巨大な瞳が太陽の光を反射し、うるうるとゆらめいていた。



 私は、心臓の鼓動がどんどん大きくなってゆくのがわかった。急に髪型が乱れていないか気になって、髪の毛を触る。


 



 すると、私の横にいた中年男が大声を張り上げた。


瀧宮たきみやちゃん!!こっち、こっちにポテトあるよ!!」



 すると、男は太い腕を伸ばし、私の前に被せるようにパンパンのビニール袋を手渡した。中には大量のポテトチップスが入っている。

 白いパーカーの子は、突然の彼の行動にビクッとなったが、男の好意を両手で受け取った。



女子「‥ありがとうございます。」


 季節的に考えて花粉症なのか、鼻詰まりを起こしているような声で彼女は言った。




 男性は挙動不審に《きょどうふしん》なりながらも、嬉しそうな表情を隠せないでいる。


 そして、その女子はこちらを一瞥いちべつすると、日照りを気にするようにフードで頭を隠し、タイヤ遊具の方へ帰っていった。


 それに続くように女たちはゾロゾロと物資を持って、多くの巨大なタイヤで覆われた遊具の中へ戻ってゆく。その隙間からは、遊具の中で話す彼女らの姿が見えた。



 あっという間に、はじめに見たような誰もいない公園の姿に戻ったのである。




私「‥。」



 当初、社会問題を部外者という立場でこの状況を俯瞰ふかんしてやろうという心持ちだった私は、すぐにその考えを改めた。




 今、さっきの白パーカーの女子の姿を忘れられなくなったのである。彼女は一体なんという名前で、なぜここに来てしまったのか、知りたくてたまらなくなった。

 


私「そういえば‥。」


 さっき私と彼女の間に割り込んで、ポテトチップスを手渡した男が言っていた「瀧宮たきみや」という名前。それが、彼女の名前ではないだろうか。



 瀧宮さん‥。私の脳にその名前が深く刻まれた。



 たった数分にも満たない時間だったが、意味がわからなくなるぐらい長く感じられたのである。




 「‥ありがとうございます。」

 とたった一言、彼女は口にしただけであるが、その言葉が強烈に脳裏へ焼き付いたせいで、今日上司とどんなやり取りをしたか、何も思い出せなくなってしまった。





 もう一度、彼女の姿を見れないだろうか。


 私は色んな角度からタイヤ遊具をみる。すると、白いパーカーの袖そでがポテトチップスを口に運ぶ様子がかろうじて見えた。


 華奢きゃしゃな手だ。黙々と食べているのがわかる。



 気がつけば、私以外の客は満足げな顔でゾロゾロと帰路についていた。私は呆然ぼうぜんとし、タイヤの遊具をしばらく見つめていた。



大崎「なるほど、あの娘かね‥。君のお気に入りは‥。」



 いきなり、大崎が私の耳元でささやいた。きつい香水のにおいが鼻につく。

 そして、彼に内心を見透かされた私は、慌てて否定した。



私「違います。彼女は、他の女子と違い、白いパーカーを着ていたんで、その‥何か特別な地位がある存在ではないかと思ったんです‥。それだけで‥。

 気になっていたなんて、そんな‥。恋愛感情とかはないですよ。」




大崎「‥それにしちゃ、ずっと熱い眼差しを注ぎ込んでたな。いい顔してたね、さっきの君は‥。へへへ‥。」


 私は赤面し、恥をかかされたことを憎んで大崎を睨む。

 彼は私の内心を悟ると、話題をさっさと切り替えた。



大崎「ところで、君は今日休日かね?」

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