第2話 行き場のない女子



 さて、私は車をガソリンスタンドへ停車させ、顧客情報を確認した。




 車を購入した者の名前は「山本 姫犬ひめいぬ」という。かなり変わった名前の人物だ。そして、本来は記入してもらうはずの「年齢」、「性別」、「メールアドレス」の欄がいずれも未記入のままだった。




私「なんか変だな‥この人。」



 さっきの駐車場といい、何か違和感を感じたが、それカバンへ戻す。


 

 ここを最後に、目的地まではガソリンスタンドがない。これらゆくのは不便なところだなと思いながら、給油ポンプを元の場所へ戻した。



私「待てよ‥、そういえば‥。」


 私はふと、あることを思い出し、スマートフォンの検索ツールを開いた。ブックマークから最近話題になっているニュースのページを開く。


 ‥やっぱりそうだ。



 今から向かう「亜広川市」は、確かにこれまでは私にとって無用の田舎町だった。しかし、丁度ここ最近で急激に話題になったスポットがあるのだ。



 それは「タイヤ公園」という、今最も注目されている社会問題のホットスポットである。

 インターネットの情報によれば、家庭や学校環境に馴染めなくて逃げ出した女子たちが、ここで共同生活を営んでいるという。



 そして注目すべきは、それが観光地のようになっており、県内外を問わず、多くの人々が彼女らの様子を見にやってくるのだ。



 SNSを見れば、「タイヤ公園」にいる女子の誰が可愛いとか、誰をしているとか、また、誰が男性と付き合い始めたなど、彼女らをアイドル視する風潮さえある。



 何度もいうが、彼女らは家出少女である。このまま放っておくのはかなり危険であるにも関わらず、その存続を応援するような傾向があるのだから、狂っているというほかない。


 大体、そんなアイドルみたいに可愛い娘たちが、都合よくそこに集まっているなんてことがあるだろうか。

 

 だが、私は怖いもの見たさというか、決して下心があるわけではないが、その「タイヤ公園」を一度は見てみたいと思った。今、話題になっている社会問題を、こんなに身近で見れるチャンスはそうそうないからだ。



 そうと決まればと、私は心躍らせながら車に飛び乗った。アクセルを軽快に踏んで、ガソリンスタンドを後にする。



 そして、私を乗せた社用車は、山間部へ続く細い道を、どんどん奥へ進んでゆくのだった。








 車を走らせること1時間20分。



 私「あった‥、あそこだ。」



 私は「タイヤ公園」の入り口を見つけた。そこには30台ほど駐車できるスペースがあるのだが、平日にも関わらず満車状態である。思った以上に観光客が来ているようだ。



私「おいおい、こんなに人気なのか‥。」


 仕方なく私は、車を路肩につけた。



 公園の駐車場には、派手な色でペイントされた、注意喚起の看板がたくさん取り付けられいる。


「注意。これから先、関係者以外の立ち入りを禁止する。」


「女の子にモノをあげたり、連絡先を交換するのはやめてください。」


 それらは全て、行政側が取り付けたモノだろう。しかし、駐車場が満車である様子を見ると、誰もその決まりを守っていないようである。



私「さてと‥。」



 私は公園へ続く小道を歩いて進もうとした。

 すると、後ろから声をかけられる。


 「やぁ、君じゃないか。久しぶりだな‥。行政書士の仕事はどうだね?」


 振り返ると、そこにはスーツ姿の初老の男がいた。浅黒い肌に、力強い目、そして短く整えられた白髪が特徴的である。




私「大崎さん‥。いや、大崎市長、お久しぶりです。」



 彼は大崎 覗無のぞむという。30歳以上年上の知り合いだ。

 そして、この「亜広川市」の市長を務めている。偶然にも、こんなところでばったり会ってしまった。




 なぜ、彼と知り合ったかというと、学生時代、私は卒業単位が足りなくて、半強制的に「議員インターシップ」というのに参加させられ、そこで出会ったのだ。


 この「議員インターシップ」というのは、各地で活動している議員の仕事を社会見学するというものだ。本来ならば、そういった行政職員を目指す学生が参加するものだが、私の場合は、成績が悪く、必要単位数をただ獲得するためだけに参加した。

 よって、やる気はゼロであった。



 そして、このインターンシップで私が向かった見学先こそが、この大崎 覗無のところだった。





 だけど、活動は全く健全ではなかった。私は「選挙活動の仕事」という名目で、彼にひたすらこき使われたのだ。


 団地の家を回ってチラシを配ったり、遠くのスーパーまでジュースを買いに行かされたり、事務所の掃除や、挙句の果てには、彼の支援団体の飲み会で一発芸をやらされた。しかも、ここで詳しくは言わないが、人間の尊厳を破壊するレベルの低俗な一発芸をやらされたのである。


 しかもその時、それを考えた大崎以外、その場にいた人間はあまり笑っていなかったと記憶している。



 さらに、その対価として彼が私にやってくれことといえば、安くて美味しくない、彼の支持者が経営する弁当屋の昼食を毎日奢おごってくれたことぐらいである。


 


 だから、正直言って彼のことは苦手なのだ。でも、今年の選挙で「亜広川市」の市長に当選して気が良くなったのか、かつてのような大柄さは無くなったように見える。



 私も、市長の知り合いがいるということで鼻が高かった。職場の人に少し自慢したし、少しだけいい思いができたのは事実である。



大崎「君も見に来たんだろう?日本のアマゾネスを‥。いやらしい男だね‥。」


(アマゾネス:伝説に登場する、女性だけの部族。)


 大崎はすけべそうな顔でにやける。



私「いえ、俺は、ここにいる女子を、そんな性的な目で見に来たんじゃありませんよ。今ここで起こっている社会問題として、見学しに来たんです。」



大崎「言い訳だな‥。」




 大崎は大きな葉巻を取り出し、威厳を見せつけるように吸い出した。しかし、慣れていないのか、ゴホゴホとむせる。



私「大崎さん。タバコはあんまり吸わなかったじゃないですか‥。」



大崎「そうだったかね?実は私、結構吸うけど‥。」



 彼はそう言ってまたき込んだ。

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