第1話 行き場のない女子


私「おはようございます!」



 私は元気よく挨拶をし、職場のドアを開けた。

 今年で23歳の新卒社会人だ。今は行政書士ぎょうせいしょし事務所で働いている。


 行政書士と聞いて、何の仕事をしているかピンとこない人もいるだろう。



 私も働き始めてからまだ少ししか経っていないため、正確な説明はまだできない。




 だが、数ヶ月だけ勤めた私の言葉で言えば、この仕事は「書類屋」さんである。

 


 何かの書類を作成し、どこかの市役所などへ持ってゆく。また、書類の不備を書き足したり、二重線を引いて訂正したり‥常に紙面と向かい一日を終える。毎日がこの繰り返しだ。


 それも、上司に指示されたことをこなしているだけだから、あまり面白いものではない。



 特に、今やっている「自動車」に関する業務は退屈だ。



 読者の中に、これから車を購入する予定の人はいるだろうか。


 車を利用するためには、警察署やその他公的機関に書類をいろいろ提出しなくてはならない。実は、いろいろ面倒くさいのだ。そして、実際この書類のやり取りは、私たち行政書士がやることになっている。




私「ああ‥、めんどくさい‥。」



 作業としては簡単だが、とにかく仕事の量が多い。よって、効率が悪い私は、終電に乗って家に帰る日々を送っている。



 また、ここ数日は、パソコンをしばらく見つめていると、ずっとこのままこの仕事を続けなくてはならないのかという不安に陥ることがある。今は仕事に集中するべきなのに、考えなくてもいいことがずっと脳内を巡っているのだ。




 そして、眠い。長時間労働し続けたせいで、さっきからウトウトしている。

 座ったまま何度か意識が飛びかけており、正直、事務仕事どころではない。

 



上司「‥眠そうだな?」


 まぶたが下がってきた私に、上司が声をかけてきた。この人はあまり怒らないタイプなので、私は素直に意見を申し上げる。



私「昨日の仕事が多すぎて終電にも間に合わず、深夜にタクシーで帰りましたよ。退社したのは夜の1時です。だから、今にも眠りそうです。」



上司「いやぁ‥。今忙しいからな。手伝ってやりたいんだが‥。


 あ、そうだ。それならお前、ちょっと気分転換をかねて、この仕事を引き受けてくれよ。お前の事務仕事、いくつか俺がやってやるからさ。」



私「何ですか?」




上司「この人の自宅に行って欲しいんだ。」




 行政書士には、こうした客の家を直接訪問する場合がある。


 まぁ、かなり面倒くさいパターンだが。


 要は、車を購入したのが「ある問題を抱えている人」の場合は、自宅を訪問することになっている。




 どういうことか。簡単に説明したい。





 車を買うときは、自宅の車庫や契約駐車場など、とにかく車を駐車するスペースを確保しなければならない。


 これは結構重要で、駐車場が無いまま自動車を購入すると、公道を走るために必要な書類などが手に入らないのだ。だから、せっかく買った車が使えないのである。



 だから、駐車スペースがちゃんと存在するかは、車を買う上で絶対に確認しなければならないのだ。




 だが、たまにいるのだ。

 「本当にこんなところに車を停めるのか‥。」と言いたくなるような、意味不明な場所を駐車場だと主張する人が‥。




上司「この車の購入者はな、『ここに停める。』って言い張るんだよ。見てみろ。」



 私は上司の手渡してきた写真を見る。


 そこには、草が人間の肩の高さまで生えた草原が映っていた。そして、近くには誰も住んでいなさそうな廃屋が見える。どこにも、車を駐車できる場所などない。



私「これは、ひどいですね。車を停めるどころか、人が歩くスペースすらないですよ。」



上司「だよな。で、何度もこの人に電話したんだが、通じないんだよ‥。でも、仮にこの写真が昔の映像で、今は草が綺麗に刈り取られている場合だって考えられるだろ?

 そしたら、車を駐車できる。それを、お前に確かめに行って欲しいんだ。」



私「わかりましたよ‥。それで、その購入者の自宅はどこなんですか?」



上司「ちょっと遠いんだが、「亜広川あこうがわ市」だ。」




 「亜広川市」‥。私は思わずため息を吐いた。

  ここから車を飛ばして片道1時間半はかかる。誰も行く用事のないほどの田舎だ。私は生まれて23年間、旅行を除いて県外へ出たことはない。が、そんな私でさえ、一度たりとも行ったことがないような場所である。

 

 それぐらい、ここは何もない場所なのだ。



私「本当ですか‥。」


上司「な!頼む、この通り!自宅訪問なんて、あまり他の事務所はやっていないけど、ウチはやらないと、上の人間がうるさいんだよ。」



私「わかりましたよ‥。じゃ、行ってきます‥。」


上司「ありがとうな!」



 私はその顧客の書類をカバンにしまい、社用車へ向かって行った。



 今時あまり見かけない、鍵を差し込んでエンジンをかけるタイプの車だ。古いせいか、鍵を回すのにコツが必要である。


 ナビに目的地を入力し、「目的地まで1時間34分」という画面上の文言を確認した。





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