第6話 星野 舞


「はぁー……」


 日々、目減りしていく通帳の残高を見て、星野舞ほしのまいは大きなため息を吐いた。

 大学卒業後に大手広告代理店に就職。

 しかし酷いパワハラとセクハラを受け、退職代行サービスを利用して三年で退職。

 

 就職活動を行っていたタイミングで見かけたのが、流行っているダンジョン配信だった。

 子供の頃から運動が得意であり、中学高校とバスケをやっていたため私にもできるのではないかと思って、就職活動を止めてダンジョン配信者として活動することを決めた。


 冷静になると正気の沙汰ではないのだが、貯金がある程度貯まっていた上に失業保険のお陰でお金には困っていなかったというのが大きかった。

 ダンジョン攻略に必要なアイテムや装備品の購入。それから配信環境も整え、後はダンジョンを攻略するだけ。

 舞は魔物を倒すだけの簡単なものだと思っていたが……。


 現実はそう甘いものではなく、いくら運動が得意だろうが自分を殺しに来ている魔物を相手にすると体が固まってしまう。

 これはもうメンタル的な部分であり、いくら運動能力が高くとも体が固まってしまったら全く意味がない。


 一階層を攻略することすらままならず、もちろんのことそんな低層攻略者の配信に人など来るはずもない。

 最高同時接続者数は30人であり、女性だからという理由だけで見てくれている人が一定数いるだけ。


 ここで見切りを付けて止めておけば、まだまともな道に戻れたかもしれないが……。

 ダンジョン装備一式に、配信環境まで整えてしまったということが大きくのしかかり、三ヶ月はやってみようという考えに至ってしまった。


 それからあっという間に三ヶ月が経ってしまったが、三ヶ月経とうが死ぬのが怖いことには変わりなく、自分を殺しに来ている魔物は依然として怖いまま。

 最高到達階層は三階層とほとんど成長はなく、同接も30人を超えることはなかった。


 目減りする残高に途方に暮れるしかなく、本当にダンジョン配信者を引退する。

 そんな思考を過り始めた時、とあるダンジョン配信が目についた。


 【レベル1の冒険者が十階層のボスであるミノタウロスをソロ攻略してみた】。

 あまりにも馬鹿らしいタイトルであり、タイトルだけで釣り配信だと分かる内容だが、その視聴者数は1000人を超えていた。


 こういうやり方を取ってもすぐに人がいなくなることは明白だが、舞は羨ましさもあってその配信を開いた。

 場所はオオミヤダンジョンであり、目の前にはミノタウロス。


 そんなミノタウロスと対峙しているのは太った一人のおじさんであり、どう見ても探索者ではない見た目をしていた。

 レベル1である可能性は非常に高そうだが、問題はミノタウロスを倒せるのかどうか。


 倒せなければ盛大な自殺配信になるということもあって、舞以外の人間もかぶりつくように配信を見ていたのだが、ミノタウロスに向けておっさんが放ったのは魔法。

 コメントを見る限りでは中級魔法らしく、なんでレベル1で中級魔法を使えているのか疑問の渦で巻き起こっていた。


 そんな中、舞だけが別の視点でこの謎のおっさんを評価しており、それはおっさんに恐怖心というものが欠片もないということ。

 稼がないと駄目という危機的状況に陥っても、迫りくる魔物は非常に怖い。


 死への恐怖心は簡単に拭えるものではないことは、舞が一番よく知っている。

 それなのにも関わらず、このおっさんはミノタウロス相手にも恐れていないどころか――完全に下に見ている。


 ミノタウロスを倒したからではなく、その強いメンタルを見て、舞はこの人と一緒にパーティを組みたいと強く思った。

 動くなら……今しかない。

 考えるよりも体が先に動いており、舞はオオミヤダンジョンに向かって歩みを進めていた。




※     ※     ※     ※




 菊川との初めてのダンジョン配信を終え、舞は湯舟に浸かって放心した状態で今日のことを思い出す。

 今までにない手応え。緊張と焦りと恐怖しかなかったダンジョン攻略が、今日初めて楽しいと思えたのだ。


 目減りする貯金額と常に死と隣り合わせの恐怖。

 パワハラとセクハラに耐えて仕事していた時と別種ではあるものの、ダンジョン配信も肉体と精神共に削られていただけに舞にとっては本当に大きかった。


 なんと言っても菊川の安心感は半端ではなく、絶対にやられることがない自信のようなものがある。

 ルーキー冒険者でありながら百戦錬磨の風格を漂わせており、自分がミスしたとしても何とかしてくれるという安心感から舞は自由に戦えていた。


 それからアドバイスも非常に的確であり、今日の簡単なアドバイスだけで数段強くなった気がしている。

 魔物の知識も凄まじく、コメントでも書かれていないような情報も菊川は持っていた。


「本当に何者なんだろう。記憶喪失って言ってたのに、ダンジョンのことはやけに詳しいし……」


 菊川については謎だらけであり、こっちの世界のほぼ全てを忘れているのにも関わらず、ダンジョンに関しては誰よりも博識。

 ミノタウロスを倒したことや、今日の攻略っぷりを見ると……何か裏があるような気がしてならない。


「色々聞きたいけど、聞いて関係が拗れたら嫌だな」


 今は菊川と共にダンジョンを攻略する――それだけが舞にとっては重要であり、菊川がどんな人間だろうと受け入れる選択しかない。

 少しでも関係を深めるために、お風呂から上がったらラインでも送ろうかと思ったのだが……。


「そういえば、菊川さんってスマホ持ってなかったよね? パソコンの使い方を聞いてきたから、パソコンは持ってるのかな?」


 このご時世、スマホを持っていないとめちゃくちゃ不便なのだが、パソコンを持っているならまだ何とかなるが…・…。

 スマホはダンジョンではぐれた際の連絡手段にもなるため、スマホは持たせた方がいいかもしれない。


「うーん……菊川さんに買ってあげるべきかな。でも、今月は結構出費しちゃってるし……。ううん、これは絶対に必要経費! それに今日だけで5000円稼げた訳だし、菊川さんのスマホは絶対必要!」


 お風呂の中で一人そう決めた舞は、明日にでもキャリアショップに行ってスマホを買うことに決めた。

 早く明日にならないかな。

 家に着いてから既に何度考えたか分からないほど、明日を待ち遠しく思いながら――舞はお風呂から上がって早めに床に着いたのだった。



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