第5話 体力切れ
「回収、回収っと! ドロップアイテムも良いペースで拾えてる!」
俺が倒した魔物が落としたアイテムの回収は舞がやってくれていて、最弱の魔物とされているゴブリンが落とす『小鬼の牙』というアイテムでも100円で売れるらしい。
3000万円からしたらはした金もいいところだが、現在の所持金が912円なのを考えると非常に大きい。
それに今、仮に配信で1億円稼げたとしても、手元に入るのは1ヶ月後のようで、今は地道に稼いだ方が良いと舞から助言されている。
ちなみにミノタウロスが落とす『牛人の蹄』は、5000円で買い取ってくれるらしく、今日の目標はミノタウロスだったのだが……体力が持つ気がしない。
昨日の時点で十階層を登るのは本当に大変だったが、昨日は帰りだけだったからな。
今日は進んだ分戻らないといけない訳で、今は五階層だがこの辺りが体力の限界かもしれない。
「あれ……? 菊川さん、大丈夫?」
「はぁー……はぁー……。すまないが、この辺りが限界かもしれない。体力が持つ気しない」
:えっ?
:は? 体力の限界?
:魔法で倒してただけで戦闘って感じじゃないし、歩いてただけじゃん
:ミノタウロス戦はよ
辛辣なコメントが寄せられているが、俺自身も全く同じことを思っているから反論の余地がない。
本当に歩いていただけなのだが、この体は歩くだけでも異様なほど疲れる。
股の部分も擦れて痛いし、足の指も何だかおかしい。
前世の知識で、ダンジョンなんか余裕で攻略できると高を括っていたが……菊川の体の貧弱さを舐めすぎていた。
「体力の限界ならこの辺りで引き返そっか! サクサク来たから私は体力に余裕があるけど、五階層まで来たのも今日が初めてだからね! 菊川さん頼りだし、引き返すのがベスト!」
:マジかよ! ミノタウロスと戦うと思ったから配信見てたのに
:お疲れ様です
:萎えるわー。チャンネル登録解除する
:菊川、もう少し頑張れよ
あまりにも批判されすぎてて、途中で流れる『お疲れ様です』ってコメントも批判のコメントのように見えてしまうな。
俺も不本意ではあるが、死んでしまったら元も子もない。
「なら、帰りは星野を指導しながら戻る。初心者講座ってところだな」
「えっ! てことは、私が戦いながら帰るの?」
「そういうこと。危ない場面はすぐに手助けするから安心してくれ」
:いやいや、レベル1の奴から何を学ぶんだよ
:レベル11じゃないの?
:人気D-Tuberの解説動画見るわ
「あー、人が減っちゃってる!」
「数十人は見てくれているんだしいいだろ。それじゃ次の魔物から指導を開始するからな」
「むむ、分かった! みんなー、頑張るから応援してね!」
:マイちゃん頑張れ!
:応援してます!
:菊川はしっかり手助けしろよ
俺には辛辣に、舞には優しく――みたいな関係が出来てしまった。
面白いから別にいいんだけど。
戻りながら魔物がいないか探していると、現れたのはヨロイアリ。
50センチくらいの蟻で、体が鉄のように硬いのが特徴的。
普通の蟻と同じく群れで行動しており、囲まれたら一気にピンチとなる。
顎の強さもかなりのものがあり、初心者が近接武器で倒すのは難しいとされている魔物。
……だが、所詮は五階層に出現する弱い魔物だ。
攻略法さえ知っていれば、なにも怖くない。
「ヨロイアリ! 短剣装備の私じゃ勝てないよね!?」
「余裕で勝てるぞ。ヨロイアリの特徴は背後からの攻撃に弱いこと。お尻付近に赤い丸のようなマークがあるだろ? そこからフェロモンを出して近くのヨロイアリを集める。だから、まずは背後を取って赤い丸の部分を剣で斬れ」
「お尻の赤い部分……? 分かった。やってみる!」
:それ、本当の情報?
:ネットに載ってないけど
:マイちゃん気をつけて!
確かに見た目が同じなだけで、全く違う特徴を持つ別の可能性もなくはないが、ここまで戦闘を行った感覚としては同種の魔物。
前世の知識は確実に有効なはず。
舞は近づくヨロイアリをスピードで翻弄しながら背後を取り、俺の言った通りお尻の赤い丸部分を斬りつけた。
ヨロイアリはキチキチと言った痛がっているような音を鳴らし、動きが完全に鈍ったのが分かる。
「そのまま背後を取り続けて、お尻を重点的に斬りつけていけ」
「分かった! 明らかに弱ってる!」
そこからは一切苦戦することなく、一方的にヨロイアリを倒して見せた舞。
仲間のヨロイアリも集まることなく、これは完勝したと言えるだろう。
「わー! なんかめちゃくちゃ簡単に倒せた!」
:すご。近接武器で簡単に倒してるの初めて見た
:後ろが弱点なのは知ってたけど、仲間が集まってないってことは赤い丸も本当なのか?
:菊川、まじで何者なん?
ふふふ、コメントの手のひら返しは気持ちが良いな。
視聴者数も150人くらいまで戻ってるし、弱い魔物情報だとしても『情報』はやはり需要があるようだ。
「舞も良い動きだったけど、斬り方はもっと工夫した方がいい」
「菊川さんって短剣の斬り方とかも知ってるの?」
「もちろん。まず握り方から少しおかしい。――それから振り方だけど、回転を意識してみると強く速く振れるようになる。後は体幹を鍛えることだな」
:五階層で体力尽きてるくせに無駄に博学で草
:菊川、どさくさに紛れてマイちゃんに触れるな!
:菊川はダンジョンオタクか何かなの?
舞への戦闘指導に加えて、魔物の雑学や倒し方を交えながら、無事にダンジョン入口まで戻ってくることに成功。
視聴者数は最終的に250人にまで増え、最後が最高同接という初日にしては良い結果だったと思う。
「みんなー! 今日も見てくれてありがとねー! マイマイチャンネルの舞と――」
「き、菊川雅紀」
「――がお送りしました! よければ高評価とチャンネル登録お願いします! それじゃまた明日も見てくださいねー!」
そんな挨拶で配信を切り、二人揃って大きく息を吐く。
配信は思っていた十倍は楽しかったが、疲労は中々のもの。
喉をかなり使うし、ダンジョン内でコメントを読む行為も集中力を使う。
ただ……初回の攻略にしては、かなり上出来だったんじゃないだろうか。
「…………うぅー! 菊川さん、大っ成功! 最後なんか250人も見てくれてたし、200円だけど初めてスパチャも貰えた!」
「俺も中々の手応えがあった。ダンジョン攻略は想定の半分も行けなかったけど、ダンジョン配信は中々良かったんじゃないか?」
「めちゃくちゃ良かったよ! 初めての配信とは思えないほど順調だったし、行きは菊川さんの魔法でサクサク進んで、帰りは菊川さんのアドバイスで私が戦うってスタイルも確立できた気がする!」
舞も手応えを掴めていたようで、お互いに手を取って喜び合う。
パーティなんて揉め事と足手まといが増えるだけで、何でパーティなんか組むのか理解不能だったが……。
こうして舞と一緒にダンジョンに潜ったことで、誰かと一緒に攻略する楽しさも味わえた。
思い返せば友人という友人もいなかったし、魔王を倒して地位、名誉、金を手に入れても、両親も既にいない俺は寂しい余生を送るだけだったかもしれないな。
「ダンジョン配信……楽しかったな」
「私も過去一楽しかった! ドロップアイテムも結構手に入れたし、早速換金しに行こっか!」
「ああ。いくらになるのか楽しみだ」
ダンジョンを後にし、探索者ギルドで換金を行って貰ったのだが……今回の換金金額は11600円。
舞と山分けして、俺の今回の報酬は5800円。
更に俺は昨日のミノタウロスのドロップアイテムも換金したため、10800円を手に入れた。
借金3000万円を考えると10800円でも少ないが、それでも菊川となった俺にとっては大いなる一歩。
この10800円は有効活用し、何はともあれこの体をどうにかしないとな。
体力作りに筋力トレーニング。
後は装備品なんかも欲しいところ。
今は仕方なく魔法で戦っているが、俺が得意なのは圧倒的に近接戦だからな。
そんな今後の展望を考えながら、俺は10800円を握り締めたのだった。
―――――――――
菊川 雅紀
レベル11
スキル なし
所持金 11712円
借金 3000万円
―――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます