第10話 ハラハラ恋愛映画
「恋愛モノねぇ」
「恋愛モノはキライかしら?」
「あんまり気乗りはしないかなぁ……」
食事を終えた僕たちは映画館にやってきた。建前としては女の子になってしまった僕のために恋愛の素晴らしさを知ってもらうということらしい。しかし、美咲の態度からすると明らかに自分が見たくて選んでいたことがバレバレであった。
「でも、二人で何回も出かけたことあるけど、恋愛モノの映画を見るのは初めてな気がする……」
「そ、そうだっけ? ま、まあ、今日は葵のため、っていうのもあるしね!」
そう言って焦る姿を見ると、本当に僕のために選んだように見えるから不思議だ。ただ、実際に僕が男だった頃も映画を見に行ったことがあるが、恋愛モノを選んだことは無かった。やっぱり僕のため……、などと考えていると、横からポップコーンとコーラを手渡される。
「まあまあ、映画だしね。そんなに肩肘張って観るものでもないわ。今日観る作品の原作者は恋愛モノが初めてって話よ。それにネットの評判でも恋愛要素は薄いって評判だしね」
「そうなんだ」
僕は恋愛モノと聞いて身構えていたが、そこまで恋愛という感じではないということらしいので少し安心した。僕たちは各々ポップコーンとコーラを手に席へと向かった。貰った映画のリーフレットに書かれていたあらすじを読むと初恋の女性と再会した男性の切ない恋愛模様を描いた作品らしく、恋愛要素は薄いと言いながらも恋愛を前面に押し出したあらすじに不安を覚える。
「あ、そろそろ始まるかな?」
そんなことを考えていると館内が暗くなり、映画の宣伝映像がいくつか流れていく。それらが終わるとお決まりの宇宙的な映像が流れて本編が始まった。
映画はまず、主人公のロバートと初恋の女性であるアンナが付き合っているところから始まった。ロバートは自らの夢のために、大学卒業を期に海外へと旅立っていく。2人は、その後も距離こそ離れていたものの親密なやり取りを続けていた。
しかし、2人の関係に暗雲が立ち上る。徐々に連絡が疎かになっていくアンナに不安を感じながらも信じ続け夢を追い続けるロバートに対し、アンナは職場で知り合ったクリスと徐々に親密になっていく。
その関係は次第に濃密なものとなり、アンナはクリスの虜になっていった。そして、アンナはとうとうクリスの子供を身ごもり、結婚の約束をする。
一方のロバートは夢を実現して帰国するも、すでにアンナはクリスのものとなっていた。憎しみに駆られたロバートは裏切ったアンナとアンナを奪ったクリスへの復讐を誓う。2人の勤めている会社を圧力をかけて売上を減らし、リストラでアンナを退職させる。そして、クリスの取引相手に圧力をかけて案件を獲れないようにした。
その結果、クリスは仕事に追われるようになり、アンナは経済的な不安からロバートとの逢瀬を重ねていった。収入を盾にアンナは不本意ながらもロバートの言いなりとなっていく。
そして、最後はクリスもリストラされ、生活していけなくなって行方が分からなくなる。一方のアンナもロバートが全てを仕組んだことを知って、彼のもとから消えてしまった。
ロバートは、ここで初めてアンナのことを愛していたということになって、夕日に向かって号泣するという場面で終わった。
見終わったあとの僕の感想としては、何じゃこりゃ、って感じの作品だった。何よりもベッドシーンが多く、作中の8割以上の場面が寝室だった。明らかにセットにお金を掛けたくないという心理が透けて見えた。そして切ない恋愛模様と言いつつ、恋愛要素は薄い、という意味も分かった気がした。なぜなら、完全に8割が寝取りで1割がざまあという意味不明な展開で、まともな部分はそれ以外の1割しかないという酷いものだった。それに自分で元恋人を陥れて感傷に浸ったのを切ないというのも違う気がした。
「いやあ、酷い映画だったわ。ロバート何様って感じだったわね」
「というか、場面がほとんど寝室だったんだけど……」
映画を見終えた僕たちは、近くの喫茶店に入って映画の感想に花を咲かせていた。もっとも、ほとんどが全て作品に対する酷評だった。
「まあでも、一番酷い奴はロバートだよね。連絡はしていたみたいだけど、1年以上も会ってないわけだし、それで恋人を奪われたって……。完全に逆恨みにしか思えないよ」
「それでも、ネット上にはロバートを擁護する人も結構いるんだけどね」
美咲が言うには、ロバートはこまめに連絡取っていたし、アンナの将来のために夢を追いかけていたのだから待ち続けるべきだった、という意見がかなりあるらしかった。そして、ロバートはクリスを追い詰めるために動いていたけど、アンナを追い詰めるつもりはなく、最後にアンナがロバートの前から消えたのは筋が通らない、などという意見もあったらしい。
「それもどうかと思うけど……。何だかんだ言っても、ロバートって始終アンナを不幸にしかしていない気がするんだけど……」
「まあ、そうよね。放置プレイした挙句、逆恨みして、生活をメチャクチャにした上で、お金で無理矢理従わせた挙句にいなくなったら真実の愛だったとか言い出すからね。まさか、こんな酷い話だとは思わなかったよ」
「どこが切ないのか全くわからなかったんだよね」
「ああ、それはレビューでも結構言われていたわね。特に女性のレビューはロバートはモラハラ男だっていう意見だったわ。ロバート擁護しているのは一部の男性だけね」
確かにロバートの行動は男の僕から見ても異常としか思えなかった。それが具体的ではなかったが、美咲のモラハラという言葉でしっくりと来た。
「それよりも、場面がほとんど寝室じゃなかった?」
「それね。寝取られる様子を赤裸々に描きたかったって言ってたけど、どうやら原作の版権や俳優のギャラで予算を使いきっちゃったらしいのよね。ホントはもっと切ないストーリーにする予定だったらしいけど、原作を急遽書き換えたらしいわ」
それを聞いて、僕はあらすじと実際のギャップが大きい理由が分かった気がした。
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