第9話 ドキドキ大人コーデ

「さてと、まずは洋服を買いに行かないとね! 軍資金いくら持ってきたの?」

「えっと、20万円?」

「えっ、20万円……? そんなに?!」


 喫茶店を出た僕たちは繁華街に向かいながら、購入する洋服のプランを話し合う。まずは全体の予算なのだが、昨日貰った20万円という金額を伝えたところ驚いた顔をしていた。


「というか、それ美咲お姉ちゃんが原因だよね? 誰が女装にハマって、女の子の身体にするって?」

「え?! あ、あれ? あはは、それは葵がいつも楽しそうに着替えしているじゃない? だから事前に葵ママにもお金用意しておいた方が良いってね」

「いやいや、女装は半ば無理矢理だよね?!」

「んん……。でも、結構楽しそうに服を選んでるじゃない。特に最近は」


 確かに最初の方は嫌々ながらだった。しかし、次第に僕の女装が周囲の人の注目を集めることに気付き、悪くないと思い始めていた。普段は地味で目立たないため、女装した時に得られる承認欲求が満たされる快感に惹かれ始めていたのは事実だ。そうは言っても僕はれっきとした男なので、女の身体になるなんてことはあり得ないと思っていた。先日までは。


「まあ、それはそうなんだけど。まさか僕が女の子になるなんて誰も思わないよ」

「まあまあ、結果オーライってことでいいじゃない」


 結局、いつものように僕は美咲に良いようにはぐらかされてしまった。そんな会話をしながら、繁華街にあるショッピングモールに入っていった。そして最初に訪れたのはよりによってランジェリーショップだった。


「なんで最初にここなんだよ!」

「下着は枚数必要だし、女の子なら使い分けも大事になるからね。ちゃんと見せる時のことも考えてあげるから。ね?」

「ね? じゃないよ。そもそも誰に見せるって言うのさ!」

「そりゃ、彼氏に決まってるじゃない。ほら、さっそくこれなんてどう?」


 そう言って、美咲は10歳くらいの女の子に似つかわしくない黒いレースの下着を持ってきた。


「これはちょっと僕には似合わないって!」

「大丈夫だって。大人っぽい下着の方が葵の魅力が生きてくると思うの」

「ホントに? からかってるんじゃないよね?」

「大事なのはギャップよ。今の葵はちょっと幼い感じだから大人っぽい感じの下着の方が似合うわ」


 確かに理屈は通っているが、ちょっと僕には卑猥すぎるようにも思えた。しかし、そんな僕の迷いなどお構いなしとばかりに、美咲が強引に買い物かごに押し込んでしまった。他にもピンクだったり、ライトブルーだったり、紫だったりいろんな色の下着を買った。


 一通りランジェリーを購入した僕たちは、今度は服を購入するために別の店へと足を運んだ。そこは安価だけど少しおしゃれな服が置いてあるお店だった。高級品と違って生地や縫製はそれなりだけど、普段着として見るとおしゃれなデザインのものもあり、その中から自分に似合いそうなものを何着か試着してみる。


 その中でも、僕と美咲の評価の高かった3セットを購入した。


 1つ目は、緑の葉っぱの模様がアクセントに入れられた白いブラウスに緑のスカート。

 2つ目は、白い百合の花の模様があしらわれたピンクのワンピース

 3つ目は、白黒の縞模様のTシャツに黒のジャケット、それと薄茶色のスカート。


 僕はさっそく購入した服に着替えるためにデパートのトイレに入った――なぜか1人ではなく、美咲も一緒に付いてきていたが。


「なんで美咲お姉ちゃんまで来てるのさ」

「いやいや、手伝ってあげようと思ってだね」

「1人でできるもん!」

「でも1人だと、無難な感じにするでしょ?」

「そ、それは……」


 こうして、僕は美咲の手によって黒の上下の下着に着替えさせられる。確かに僕の幼い感じの体型にセクシーな黒の下着はギャップがあって、男としては惹かれるものがあるのだが、その対象が自分自身であると考えると複雑な心境だった。下着を付け終えて服を着ていく。服は爽やかで清楚な感じであったが、うっすらと透けて見える黒のブラジャーによって色んな意味で台無しだった。


「いいじゃない。下着ともピッタリよ」

「なんか下着が透けてるんだけど……」

「分かってないわね。一見して清楚に見える中にセクシーさを出すのが大人の女性って感じになるのよ!」


 美咲がコーディネートについて熱弁する。確かに今の僕の未成熟な身体にセクシーな黒の派手めな下着、その上に清楚な服は男だったら惹かれるものがあるのはわかる。だが、僕は決してロリコンではないので、コーディネートの良さを理解したいとは思えなかった。もちろん、僕が着て恥ずかしいからという理由ではない。


「ま、まあ、とりあえず食事にしない? 僕、お腹すいちゃったよ」

「そうね。それじゃあ、あそこの店に入りましょ」


 初夏の日差しのせいか顔が火照ってきたため、僕は早急に食事に行くことを提案した。時間は多少早かったものの昼時はどこの店も混み合うため、美咲も特に異論は無いようだった。ちょうど近くに手ごろなイタリア料理店があったので、そこに入ることにした。席に案内されて僕と美咲はテーブルに向かい合って座る。


「改めて正面から見ると、攻撃力が高いわね……」

「攻撃力?」


 この服装で戦うってことだろうか、と不思議に思って訊ねると美咲は妖しく微笑んだ。


「なに言ってんの。葵の着ている服を見たオトコがどのくらい劣情を催すかって話よ」

「れ、劣情?! ちょっ、何言ってんの!」

「ふふふ、もしかしたらオトコに襲われちゃうかもね」


 僕も元男子高校生だけあって知識だけはある。そのお陰でやたらと生々しい想像が脳裏に浮かんだ。しかし、今の僕はやられる側のため、決して気分がいいものではなかった。


「むぅぅ、そんなこと言ってないで、早く注文しようよ!」

「わかったって。それじゃあ、私はチーズクリームパスタで」

「それじゃあ、僕はペスカトーレにしようかな?」


 僕たちはそれぞれパスタをサラダとドリンクのセットで注文した。


「そうそう、白系の服でデートするときはトマトソースのパスタは止めた方が良いわよ。服にトマトソースが飛び散ると悲惨だからね。」

「いまさら言う?!」

「まあまあ、高い服でもないし、今日は良いんじゃない? 服に付かないように頑張ってね」

「ぐぬぬぬ……ルナティックフォーム・オン!」


 追い詰められた僕は魔法少女に変身して食事をすることにした。そのお陰で、トマトソースが服に付くこともなく食事を終えることができた。もっとも……、店を出た後でキノッピーに延々愚痴を言われた。

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