第6話 トイレの惨劇とお風呂の悲劇

 僕はどうにかトイレの前に辿り着いた。しかし、驚くことに、美咲が後ろから付いてきていた。


「なんで付いてきてるのさ!」

「さっきも言ったけど、私は葵ちゃんがちゃんとできるようにお手伝いするだけだから」

「いやいや、トイレは大丈夫だって!」


 そう言って、僕はトイレの扉を開けて立ち尽くす。トイレの中はまるで工事中だというかのように壁や床にびっしりとブルーシートが張られていた。


「ちょ、なにこれぇ?!」

「凄いでしょ? どんなに失敗しても大丈夫だから、安心して!」


 失敗を前提にされていることに文句を言いたかった。だが、時間がなかったので、美咲やブルーシートを無視し、急いで便座に腰を下ろした。


「あっ、あっっ!」


 僕は本能のままに全てを解放した結果、トイレは惨憺たる有様となった。


「ねっ、言ったでしょ。ちゃんと準備しといて良かったじゃない」


 全方向に飛び散ったと思っていたが、美咲は無傷で僕の前に屈んで微笑んだ。一方の僕は大丈夫だと言った手前、彼女の予想通りになったことで僕のプライドは風前の灯だった。あまりの惨めさと申し訳なさに目に大粒の涙が浮かぶ。


 その事実に気づいた途端、涙が止められなくなった。


「うわぁぁぁん。うえぇぇぇぇん。えぐっ、えぐっ」

「はいはい、泣かないの。最初は誰だって失敗するんだから、ね?」


 子供のように泣き出してしまった僕をなだめるために美咲は僕を抱きしめると頭を優しく撫でてくれた。彼女の安心感に僕の心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「おトイレちゃんとできなくて、ごめんなさい。」


 彼女に向かって、頭を下げて謝った。精神的には高校生である僕にとって、その事実を認めることはかなり恥ずかしいことだけど、僕の失態を嫌な顔をせずにテキパキと片付けてしまった彼女に対する申し訳なさも手伝って素直に謝罪をすることができた。


「大丈夫よ。こうなると思って準備してたんだから。今度からは早めにトイレに行くようにしなさいね。それと最初のうちは慎重にすることね。男の時みたいにするとさっきみたいになるから。まあ、家に帰って練習すると良いわよ」

「うん、頑張る……」

「さて、と。それじゃあ下着も汚れちゃったし、お風呂に入ろっか!」

「えっ?! 僕は……」


 彼女の家に来てから、これまでの間に何回もやらかしていた僕はお風呂でも何かやらかしそうで腰が引けていた。そんな僕の様子を見て、彼女は再び頭を優しく撫でてくれた。


「お風呂は別に普通に入るだけだから大丈夫だよ」

「うん、じゃあ入る」


 トイレで汚れた下着はもらったビニール袋に入れて、僕は美咲に連れられて浴室へと向かった。浴室に着くと彼女に促されるままブラジャーを取り、先ほどの下着と一緒に洗濯機に放り込んだ。そして、彼女もおもむろに服を脱ぎ始めた。


「えっ、なんで美咲お姉ちゃんまで脱いでるの?!」

「そんなの一緒に入るからに決まってるじゃない」

「ええっ! いや、でも……、僕が女性の裸を見るのは良くないと思うんだけど……」

「それは自分の身体を見てから言って」

「うっ……」


 彼女の正論に僕は言葉を詰まらせる。確かに僕の身体は女の子なので別に問題ないはずなのだが、彼女が服を脱いでいる姿をみて動揺しまくっていた。


「さ、入るわよ!」


 彼女は、僕の幼児体型とは対照的な女を感じさせる身体を隠すそぶりもなく、浴室へと押し込んでくる。自分だけ心をかき乱されていることに不満を感じつつも、僕は大人しく浴室へと入った。


「さ、浴槽に入る前に身体を洗うわよ。そこに座って!」

「ちょっ! 自分で洗えるから大丈夫だって!」


 違和感を感じさせずに僕の身体を洗おうとする彼女に文句を言うが、彼女は涼しい顔をして立てた人差し指を左右に振る。


「ちっちっち。甘いわよ。女の子の肌は繊細なの。男の時みたいにゴシゴシ洗ったら肌を痛めるわ。まずはお姉さんにまかせなさい!」


 そう言って、僕を無理矢理椅子に座らせるとふわふわのスポンジにボディソープを大量に出して泡立てる。あっという間に泡まみれになったスポンジで僕の肌を撫でるように優しく擦った。


「うひゃあ! ちょっと、くすぐったいよぉ!」

「我慢しなさい。このぐらい優しくしないと肌に傷が付くわ」


 肌の上をスポンジが這いまわるのを我慢して、洗ってもらっているうちに僕の身体は泡まみれになっていた。最初の方はくすぐったさが大きかったが、次第に気持ちよくなって頭の中が痺れるような気持ちにボーっとしてくる。


「さて、あとはデリケートな場所はスポンジじゃなくて手でやるようにね」

「んんぅ。わかった……。ひゃうぅ!」


 彼女がスポンジを脇に置くと、泡まみれの手を僕のデリケートな部分に這わせてきた。触れるか触れないかのもどかしい感触が、僕の敏感な部分を刺激する。


「んふぅぅ、ちょ、や、やめ……」

「こういう所はホントに傷つきやすいから、撫でるぐらいの感じでやらないとダメだからね。それに、傷から化膿したりすることもあるから、しっかりと丁寧に洗うことね!」


 そう言いながらも、容赦なく僕の敏感な部分に手を這わせていく。実際には身体を洗っているだけなのだが、慣れていないせいか文字通り這っているような感覚だった。しかし、きれいにされるという実感があるのか、さきほどよりも強い痺れが頭の中から全身に広がっていく。


「はい、こんなところね! それじゃあ、シャワーで流すから」

「んふぅ……。ありがとう……」


 僕は少しうっとりとした表情で答えると、彼女は丁寧にシャワーで体に着いた泡を洗い流していった。そして、僕を覆っていた泡が全て流れ落ちると、まるで脱皮したような開放的な気分になった。


「それじゃあ私も身体を洗うから、先に浴槽に入っていて」

「はあい」


 僕は浴槽に入りながら、彼女が身体を洗う様子を見ていた。僕の時と同じように体を洗うと、浴槽に入ってきて僕を後ろから抱きしめるような態勢になった。


 お風呂で身体を清めた僕は段ボールに入っていた別の下着を付けて、先ほど出しておいたワンピースを着る。


「うん、いい感じじゃない!」

「ありがとう!」

「これでとりあえずは大丈夫かな? そしたら、今日は家まで送るよ」

「そんな、そこまでしなくてもいいよ!」

「気にしないで。途中にある喫茶店で軽く食事でもしましょ」


 そう言われて、僕はまだお昼を食べていなかったことを思い出し、空腹で今にも鳴りそうなお腹を押さえながら大きく頷いた。

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