第7話 臨時休校とデートの約束

「いらっしゃいませ」

「2名でお願いします」

「こちらの席にどうぞ」


 僕と美咲の家の途中にある喫茶店にやってきた僕たちは、店員の案内に従って席に座る。僕と美咲の家は路線や最寄り駅こそ違うが、距離的には10分ほど歩いた距離にあって、母親が友人同士だったこともあって小さい頃から交流があった。


「美咲お姉ちゃんは何にする?」

「それじゃあ、アイスのカフェラテにしようかな」

「わかった。……すみませーん!」

「はい、ご注文はお決まりですか?」

「えっと、アイスのカフェラテとアイスココアでお願いします!」

「はい、アイスのカフェラテとアイスのココアですね。ちゃんと注文できて偉いですねぇ」


 僕が店員のお姉さんを呼んで注文をすると、なぜか褒められた。というより子供扱いされた。僕に対する理不尽な扱いに頬を膨らませて無言の抗議をするも、当然ながら気付かれるはずもなく……。そうしていたら向かいの席に座っていた美咲に頭を撫でられた。


「はいはい、偉い偉い」

「ちょっと! もしかして、からかってるんでしょ!」

「ふふふ、バレたか」

「むぅぅぅ……」


 店員さんに便乗して子供扱いしてくる彼女に不満を言いつつも、頭を撫でられて悪い気はしなかったので、そのままにしていたら落ち着いたと思われたようだ。


「今の葵は見た目だけなら子供なんだから、そんなくらいで目くじら立てちゃダメよ。年齢的にはお姉ちゃんなんだし……」

「むぅぅ。それなら……、もう美咲お姉ちゃんって呼ばなくてもいい?」

「それはダメ! 見た目は私の妹みたいな感じだし、そっちの方が自然よ。私もちょうど妹が欲しいと思っていたし、ウインウインの関係ってヤツね」

「ウインウインの意味を辞書で調べてきてから言って!」


 揶揄ってくる彼女に文句を言っていたら、店員さんがやってきて飲み物を置いてくれる。さっそく僕は目の前に置かれたアイスココアを飲んだ。口の中にカカオの風味と砂糖の甘さがいっぱいに広がって思わず顔が綻ぶ。


 一息ついたところで僕のスマホが鳴ったので通話ボタンを押す。どうやらかけてきたのは学校の担任のようだった。


「もしもし、今は大丈夫ですか?」

「はい、何でしょうか?」

「……ちょっと声がおかしいみたいだけど。まあいいわ。他の人には学校で伝えたんだけど、相沢君が先に帰っちゃったので……。明日は普段どおりに登校してもらうんだけど、すぐに全校集会で解散になります。今後の件は、その時にも話があるけど、今日の事件を受けて当面2週間は休校になります」

「あ、はい。わかりました」

「あ、それから新城さんには連絡取れます?」

「はい、目の前にいるんで……」

「えっ?! もしかして逢引ですか? ダメですよ不純異性交遊は!」

「いやいや、そんなことしませんって!」

「まあいいです。それじゃあ、この話は新城さんにも伝えておいてくださいね。絶対ですよ! 忘れたら私が校長先生に叱られるんですからね。頼みましたよ!」


 そう言って、一方的に通話を切られた。僕は電話の内容を美咲に話すとにっこりと微笑んだ。


「そう、それならちょうど良かったわ!」

「何が?!」

「いやいや、明日から時間取れるでしょ。さっそく明日、学校が終わったらデートに行きましょ!」

「突然?! っていうか、デートって女の子同士なんだけど……」

「まあまあ、細かいことは気にしない。服とかも買わなきゃでしょ。服を買って、そのついでに映画でも見に行きましょ」


 と言っても、服は美咲から大量に貰ったので正直なところ必要とは思えなかった。


「でも、服って昨日いっぱい貰ったじゃない? 買わなくてもいい気がするんだけど……」

「何言ってんのよ。あれは応急処置みたいなものよ。多めに用意しておいたのも、昨日みたいにトイレで悲惨なことになると思ってのことよ」

「どんだけ失敗すると思っているのさ……」


 下着だけでも10セットはあるわけで、そんなに失敗するわけないと思いたかったが、先ほどのこともあって説得力に欠けると思って言葉を飲み込んだ。


「うーん、7,8回は失敗するんじゃないかな。あとは予備ってだけだよ」

「えぇぇ、そんな失敗するわけないでしょ……」

「まあ、多いに越したことはないじゃない。そんなことよりもちゃんと服を買わなきゃダメよ。それとも、私の使用済みの下着が良いってこと?」

「言い方! わかったよ、買いに行けばいいんでしょ!」

「そうそう、最初から素直になればいいのよ」


 半ば強引に明日の予定を決めると喫茶店を出て家への帰路についた。


 家に着いた僕を出迎えた母さんは、変わり果てた僕の姿に一瞬だけ凍り付いた。


「あら、おかえり。今日はずいぶん可愛い服を着ているのね」


 しかし、動揺していたのは一瞬だけで、次の瞬間には普通に僕を出迎えてくれた。


「その紙袋は?」

「これは美咲の子供の頃の服だよ。もう使わないから貰ったんだ」

「まあまあ、それは後でちゃんとお礼しなきゃね」


 さっそく母は僕から紙袋をひったくると、中身を物色し始めた。


「うーん、ちょっと色気が無いわね。新しく服を買った方が良いわよ」

「それなんだけど……。明日、美咲と学校の後で映画を見に行くついでに服を買いに行く予定なんだ」

「あらあら、放課後デートってことかしら」

「今日、不審者が学校に入ってきて事件があったんで、明日からしばらく休校になるらしいんだよね。明日は全校集会して解散みたい」

「なるほど。それなら、ちょっと待っててね!」


 母は立ち上がって奥の部屋に行くと茶封筒を持って戻ってきた。


「はいこれ、服を買うのにお金が必要でしょ?」


 茶封筒の中には20万円ほどのお金が入っていた。


「えっ? こんなに?! 大丈夫なの?」

「問題ないわ。葵ちゃんが女の子になった時のために貯金していたお金だからね。男の子だと洋服代もそんなに掛からないから」

「えっ?!」


 僕は「女の子になった時のため」という母の言葉に思わず聞き返してしまった。

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