第4話 緊急帰宅ミッション

「それじゃあ、私はそろそろ行かないと。あの男を追いかけないといけないからね」


 握手を終えた彼女は、教室の外に向き直る。


「気を付けてくださいよ。さっきもやられかけたんですから……」

「分かってるわよ。基本的にはアイツの動向を追うだけだからね。さっきは君たちがアイツの犠牲になっていたから、思わず飛び出しちゃったけど」


 どうやら彼女はアイツの犠牲者が増えるのを良しとしていないようで、さっき彼女が乱入したのも、僕たちが殺されそうになっていたことが理由だったらしい。


「水樹さんの気持ちはわかります。でも、僕もアイツにクラスメイトを殺されて無関係じゃなくなったので、戦う時には1人で突っ込まないでください。いいですね?」


 そんな彼女が無駄に命を散らしてしまうのが許せなかった僕は、自分もアイツの被害者であることを理由にして勝手に戦わないようにお願いした。そのことは彼女も何となく理解してくれたのか、僕の方を振り返ったまま微笑んだ。


「わかったよ。もし、戦うとなった時も1人ではやらない。ま、私の目的は姉さんの仇であって、無駄死にすることじゃないからね。それでいいでしょ?」


 僕は彼女の目を見て大きく頷いた。


「それじゃあ、私は行くわね。今日のお礼はまた今度させてもらうわ。それじゃあね」


 後ろ姿のまま手を振ると、そのまま教室から出ていった。


「さて、と。僕も他のクラスメイトの無事を確認しないとね」


 亡くなったクラスメイトは水樹さんに操られていたので、それ以外の人は生きているはずなのだが、教室には誰一人残っていなかった。当然ながら死体も無かったので、順当に考えれば生きている可能性が高いのだが……。


「うーん、どこに行ったんだろう?」

「誰かを探しているキノ?」

「うん、この教室にいたはずのクラスメイトなんだけど。見つからなくて……」

「ああ、それなら隣の部屋にいるはずだキノ。お主と契約した時に十分な魔力が手に入ったから、ついでに治療もしておいたキノ。感謝するキノ」

「ホント?! ありがとう!」

「もちろんだキノ。魔王は嘘つかないキノ!」


 キノッピーの答えを聞きながら、僕は隣の教室へと駆け込んだ。そこには、彼の言う通り行方の分からなくなっていたクラスメイト達が床の上に座って呆然としていた。


「緊急で移動させたから、転移酔いで朦朧としているキノ。しばらく待っていれば元に戻るキノ」

「分かった。ここでみんなが回復するまで待つことにするよ」

「それが良いキノ。ワシはしばらくお主の中で休ませてもらうキノ」


 キノッピーは僕の胸に飛び込んできたと思ったら、そのまま僕の身体の中に消えていってしまった。僕がしばらく待っていると、少しずつ意識を取り戻す人が現れ始めた。


「あれ? 俺たちは一体……」

「たしか教室が火事になって……」

「ってあれ? ここって隣の教室……?」


 いきなり気が付いたら隣の教室にいた上に隣のクラスの生徒たちから遠巻きに見られていて、少しばかり動揺しているようだった。そして、少し遅れて僕の幼馴染2人も意識を取り戻した。


「葵……。その姿は……もしかして襲われた?」

「えっ?! 葵なのか? この子が?」


 どこか鋭いところもある美咲は羽織っている上着から判断したのだろう僕だとすぐに分かった上に襲撃を受けたことまで理解していた。一方の未散はすぐには僕のことが葵だと分かっていなかったようで、しばらく不思議な表情をして僕を見ていた。


「美咲、未散。無事でよかったよ。でも……、ここにいない人たちは……」


 助けられたのは12名ほど。1クラスは20名ほどなので半数以上は無事だったが、逆に言えば半数近くは亡くなったということである。


「みんなは葵が助けてくれたんでしょ。亡くなった人たちは可哀そうだけど葵が責任を感じる必要はないわ」

「美咲……そ、そうだね」


 彼女は僕が気に病んでいることに気付いたのか励ましてくれた。しかし、僕の心にはいまだに彼らの死が重りのようにのしかかってきていた。僕が俯いていると、美咲が何かの入ったビニール袋を投げて寄越した。


「これは……」

「体操服よ。どうせ服がないんでしょ? それをとりあえず着ておきなさい」

「えっ、でも……。元の僕と体格そんなに変わらないから、ぶかぶかなんじゃ?」

「大丈夫よ。それは私の小学校の時の体操服だから。たぶん、今の葵にはぴったりのはずよ」


 僕は美咲が小学校の体操服を都合よく持っていたことに訝しみながらも、着る服がなくて困っているのは事実だったので、ありがたく借りることにした。


「まさか、下着まで入っているなんて……」


 美咲の渡してきた服の中には、体操服とブルマだけでなく女児用のパンツやスポブラまで入っていた。僕は無事に着替えることはできたが、ブルマは僕の身体が女の子になってしまったことを否が応にも意識されて少し恥ずかしいと感じてしまい、無意識に体操服を下に引っ張ってしまう。


「そんなに気になる? でも、だからって体操服引っ張ると伸びちゃうから、あまり引っ張らないでよね」

「うう、ごめん……」

「そしたら、私の家に行こうか」

「えっ? 何で?!」

「だって、葵は女の子の身体になったばかりでしょ。色々と勝手が分からないんじゃない? 学校でレクチャーしてもいいけど、よけい恥ずかしい思いするかもしれないよ」


 そんなことは無い、と僕は思いたかったが、美咲が真剣な表情で訴えかけてきたことで、途端に不安になって彼女の提案を受け入れることにした。僕は彼女の目を見て頷くと、僕の手を取った。


「それじゃあ、行こうか! 少し急ぐわよ」

「うん、よろしくお願いします」


 僕は美咲にお辞儀をすると、早足で玄関へと向かう。彼女は下駄箱の扉を開けると大小2つの靴を取り出した。


「その靴を履きなさい」


 そう言われて僕は小さい方の靴を履く。意外にもサイズはぴったりだった。


 駅まで歩いて電車に乗る。車内は少しだけ混雑していて、どうやら僕を狙った痴漢が1人いたようだが触れられる前に美咲に撃退されていた。


「まったく、困ったヤツもいるもんだわ」

「あはは、助かったよ」

「葵も自分で気を付けなきゃダメだからね。大丈夫だと思うかもしれないけど、一度触られると抵抗できなくなる人もいるんだから」


 痴漢を撃退した後、美咲は真剣な表情で僕に教えてくれた。身体は女の子になったけど、顔は男の時からあまり変わっていない。男の時ですら女装すると謎の美少女と言われていた僕である。それが身体まで女の子になった上に下がブルマなせいで、同じ車両に乗っている男性からの視線が浴びせられ、不快な気分にさせられる。


 とはいえ、それ以降は特に問題もなく、僕たちは美咲の家に無事にたどり着いた。

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