第3話 魔法少女vs炎の魔人

「えぇ……。る、ルナティックフォーム・オン!」


 その瞬間、僕の身体は光に包まれる。

 僕の頭とお尻から金色の毛をした狐の耳と尻尾が生えて、手足が尻尾と同じ金色の毛に覆われ、手のひらと足の裏には可愛い肉球が作られる。

 そして白衣に緋色の袴をまとい、右手にはオオヌサを持った巫女のような格好になった。

 もちろん、先ほどの粘菌は跡形もなく消えていた。


「どうだ、驚いたキノ? 力が漲ってくるのが分かるキノ! これであいつらを蹴散らしてくるキノ! あ、ついでに火も消して欲しいキノ、このままじゃ焼きキノコになるキノ!」


 キノッピーの言う通り、変身した僕の身体からは不思議な力が漲ってきていた。

 力だけではない、戦うのに必要な力の使い方も僕の頭の中に入ってきていた。


「これなら、何とか……。それじゃあ、ちゃちゃっと倒してきます!」

「ちょっと待つんだキノ」

「え……? 他にも何か?」

「魔法少女は決めゼリフも大事だキノ。『私の名は魔法少女アオイ! 魔王に代わってあなたを成敗します!』って言うんだキノ!」

「えぇぇ……」


 キノッピーはさりげなく決めゼリフまで要求してきた。僕は嫌そうに顔を歪ませるも、彼は強引に押し切ろうとしてキリッとした表情を作った。


「こ、これも契約の一環だキノ! ちゃんと言わないとダメなんだキノ!」

「わかった、わかりました! 言いますから!」

「それじゃあ、結界を解除するキノ」


 キノッピーの熱意に押されて、僕はなし崩しに同意してしまった。それに満足したキノッピーが結界を解除すると時間が動き出す。すかさず、僕は右手に持ったオオヌサを男に突き付けた。


「私の名は魔法少女アオイ! 魔王に代わってあなたを成敗します!」

「おおん? なんでい、おめえは! 俺の邪魔をするつもりか?」


 男は女性に放とうとしていた火の玉を僕に向けて放ってきたが、僕はすかさず魔法を使って迎撃する。


「水行――大海嘯!」


 五行の1つである水の気を全身に巡らし、教室を覆い尽くすほどの津波を作り出した。その津波は僕に放たれた火の玉は当然として、教室のあちこちで燃えていた炎を全て消し飛ばしながら、2人に襲い掛かった。


「うわぁぁ、何だ?!」

「きゃあぁぁ!」


 2人を呑み込んだ津波は教室の反対側まで弾き飛ばす。戦意を喪失していた女性の方はへたり込んでいたが、男の方はすぐに立ち上がって態勢を整える。


「くそっ、やりやがったな! 許せねえ! 燃やし尽くしてやるぁ!」


 自分の放った火の玉だけでなく、教室を燃やしていた炎も全て消し飛ばしたことに激怒していた男は手のひらに火の玉を作ると次々と教室に放り投げた。しかし、水の気で満たされた教室に男の炎が再び燃えることはなかった。


「くそぉぉ! ぶっ殺して――」

「姉さんの仇! 私の命に代えても!」


 火の玉が僕に効かないと悟った男は、今度は炎の剣を作って僕に振りかざしてくる。しかし、男が地の利を失ったことでチャンスだと思ったのか、先ほどの女性がナイフを両手に持って横合いから男に突進してきた。


「ふん、かかったな!」

「えっ?!」


 男はニヤリと笑うと、炎の剣を僕ではなく女性に向けて振り下ろす。


「水行――水球牢」


 しかし、炎の剣は僕が女性を覆うように作り出した水球の魔法によって阻まれてしまった。この魔法は水球の中に閉じ込めるのが主目的なのだが、こうして防御手段としても使うことができる。単純に防御目的であれば他にも手はあるのだが、彼女に横槍を入れられるのも面倒だったので拘束しておくことにした。


「ちっ、うぜえ!」


 彼女への攻撃が通らないと知って、男は忌々しそうに僕を睨みつける。しかし、先ほどと違って僕には男が全く脅威に感じられなくなっていた。


「ちっ、目障りなヤツめ! これでも食らえ!」


 男は広げた両手の間に高熱の塊を作り出して、その手を僕の方に向ける。高熱の塊から発せられた熱線が僕の命を刈り取ろうとして迫ってきていた。


「土行――地龍波」


 しかし、僕は冷静に五行の1つ土の気を両手に集めると、男と同じように前に突き出した。僕の両手から土の気で作られた龍の形をした波動が熱線と、それを発する高熱の塊を呑み込んで巨大化する。


「さっきの水は火を剋するもの。だから火を全て消してしまった。けど、土は火より生じるもの。だから火を食べて力を増す」


 火の力を受けて巨大化した土の気が男を呑み込み、壁に勢いよく叩きつけた。流石の男も土龍の攻撃には耐えられなかったようで、叩きつけられた身体は壁からずり落ちていった。


「ふう、これで終わったかなぁ……」

「ダメよ。まだ終わっていないわ!」


 僕は男がピクリとも動かなくなったのを確認して、男に背を向けて女性の介抱に向かう。しかし、彼女は僕の方を見て叫び声を上げた。


 慌てて振り返った僕の目に映ったのは、燃え上がる男の身体だった。それは明らかに背後から僕を狙っていたが、彼女の声に気付いて攻撃を止める。


「ちっ、うぜえヤツらだぜ……。覚えていやがれ!」


 燃え盛る男の身体が花火のように弾けて消えてしまった。


「自爆?!」

「いえ、逃げただけよ。アイツは追い詰められると、ああやって炎の魔人となって油断した相手を襲ったり、逃げたりするのよ」

「逃げられたかぁ……」

「気落ちする必要はないわ。アイツはただでさえ強くて、あそこまで追い詰められる人間すらほとんどいないわ」

「そんな危険なヤツなんだ……」

「そうよ。アイツのせいで何人もの人たちが犠牲になってきたわ。でも、強い上に捕まえようとするとああやって逃げられるから捕まえられないの」


 異能者なんて関係ないと思っていた僕だったが、いきなり厄介な相手に関わってしまったことで、憂鬱な気持ちになった。


「もう変身する必要はないキノ。こっちで解除しておくキノ」

「えっ? ちょ、ちょっと待って!」


 そんな僕の憂鬱な気持ちを無視して、キノッピーが僕の変身を解除する。粘菌こそきれいさっぱり無くなっていたものの、服が脱げたままだった僕は全裸になってしまう。慌てて近くに落ちていた僕の上着を引っ掴むと羽織ってボタンを留めた。


 変身が解除されたのと同時に彼女を閉じ込めていた水球も解除されたため、彼女はこちらに駆け寄ってきて右手を差し出してきた。


「助かったわ。ありがとう。私の名前は黒羽水樹くろはみずきよ」

「僕の名前は相沢葵です。こちらも水樹さんが時間を作ってくれたおかげで助かりました」


 僕も彼女に応えるように握手を交わした。

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