第2話 異能者と異世界の魔王
「異能者か?! うわぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁ!」
大炎上した教室にクラスメイトの叫び声が響き渡る中、僕は幸運にも席が一番端だったため、あわてて教室の端に逃げた。だが、炎は僕の方へも徐々に迫ってきていた。
「待ちなさい、姉さんの仇! 今日こそ貴様を殺して物言わぬ奴隷にしてやるわ!」
そんな中、教室の扉から威勢のいい声を響かせながら、レースをあしらった黒いドレスをまとった女性が入ってきた。彼女は肩より少し長く伸びたサラサラの黒髪をかき上げると男を指さして睨みつける。
「せいぜい、地獄に落ちて後悔するんだな!」
不敵な笑みを浮かべる女性に、男は苛立ったような表情になる。
「ああん? うぜえ、てめえなんざ秒で黒焦げにしてやるぁ!」
男は手のひらに作り出した火の玉を彼女に向かって投げつける。しかし、それは彼女に当たる前に何者かによって遮られてしまった。
「田中くん? それと、鈴木くん?!」
辛うじてクラスメイトであると分かった二人は、炎に焼かれて服がボロボロになっており、露になった肌も黒焦げになっていた。明らかに死んでいると分かる状態の二人だったが、ゆっくりとした足取りで男に迫っていた。
「これは……。いわゆるゾンビと言うやつなの……?」
僕は彼らがクラスメイトを炎で焼き殺し、さらに、その死体を道具のよう無慈悲に扱う光景に僕はおぞましさを感じていた。
「ふふふ、アンタが姉さんを襲った時は、周りに死体がなかったから手も足も出なかったけど……。今日こそは私の異能でバラバラにしてあげるわ!」
炎の中から次々と現れる黒焦げになったゾンビが、一斉に男へと殺到する。
「ちっ、うぜえ。この程度で俺をやれると思っているのか?」
しかし、男はゾンビたちの攻撃をあっさりとかわすと、右手に出していた火の玉を剣の形に変えた。
「これでまとめてお終いだぜ!」
右手に持った炎の剣で横薙ぎに一閃すると、彼に向かっていたゾンビたちの首が一斉に落ちる。そして首を失ったゾンビたちは倒れ伏して、正しく元の死体となった。
「こういうヤツらは頭を落とせばたいてい終わるんだよ」
「そ、そんな……!」
あっさりと切り抜けたことに女性は呆然とした表情でへたり込んだ。
「ちっ、これで終わりかよ。大した事ねえな!」
「くっ……」
「てめえの姉の方が数倍強かったぜ? つっても、俺に比べたらゴミみたいなもんだがなぁ。ふはははは!」
「姉さんをバカにしないで!」
「ふん、ゴミの劣化コピーの分際で俺に指図するんじゃねえ! あの世でせいぜいゴミ同士慰め合うんだな!」
男は先ほどよりも巨大な火の玉を手のひらに出した。
「あ……。いやぁぁぁ……」
「くははは、死ねやぁぁ!」
男が巨大な火の玉を放とうとしている状況にあっても、一般人である僕にできることは助けを求めることだけだった。
「どうしよう……誰か助けて……」
思わず口から洩れた僕の言葉に呼応するかのように、目の前に突然光の柱が現れる。
「な、なんだ?!」
「……?!」
「ふはは、勇者よ。このワシを倒せると……? あれ、ここはどこだキノ?!」
光の柱に警戒心を滲ませていた二人の目の前に、手足の生えたキノコのようなものが浮かんでいた。突然現れたそれは、驚いて周囲を見回し――火の海を見て叫び声を上げた。
「ぬおおおお。何で火の海なのだキノ?! これではワシは焼きキノコになってしまうではないかキノ!」
「な、なんだこいつ……?!」
突如現れた謎の生命体に男は驚愕の表情を浮かべ――たまま固まっていた。
「ふぅ、時間を止めたキノ。これでとりあえずは安心だキノ」
それは額の汗を拭って、僕の姿を見つけると目の前にやってきた。
「むむ、お主が呼び出したキノ? まあいいだろう、ワシと契約するキノ!」
「えっと、お断りしますっ!」
突然契約と言われて僕は反射的に断ってしまった。そんな僕を信じられないような目で見ると、地団駄を踏んだ。
「なんだとキノ! だが、この状況ではお主も無事では済まないキノ? ワシと契約すれば、この状況を切り抜けるための力を貸してやるキノ!」
そのあまりの必死な様子に心を打たれたわけではないが、僕自身が絶体絶命であるという状況は変わらないため、素直に契約に応じることにした。
「わかりました……。契約します!」
「よろしい、よくぞ決断したキノ。我が名は魔王キノッピーだキノ! お主の名を言うキノ!」
「えっと、相沢葵です」
「よし――。我、魔王キノッピーは相沢葵を眷属として、その力を分け与えることを契約せん! キノ」
キノッピーの言葉と同時に彼から大量の胞子が吹き出して僕を覆い尽くした。
「あああ、んんん。体が熱い……」
僕の身体が熱を持ったと同時に見る見るうちに縮んでいき、少し体つきがふっくらとして、サイズが合わなくなった僕の服は自然に脱げてしまう。それだけでなく少し髪が伸びて胸が膨らんできて、股間のあたりがスース―してくる。
「えっ、これが契約?!」
「そうだキノ。お主は我が眷属――魔王少女、もとい魔法少女となったキノ!」
「というか、なんで僕は女の子の身体に……?」
「その方が可愛いからキノ」
「それだけ……? なにか他に意味はないの?」
「ワシの趣味だから、他にはないキノ」
悪びれず答えるキノッピーにげんこつを落とした僕は腕を組んで問い詰める。
「こんな身体にしておいて、どう責任取ってくれるのさ!」
「責任も何も契約なんだキノ」
「いや、こんな身体でどうやって危機を脱出するつもりなんだよ?!」
僕はキノッピーの胸倉(っぽいところ)を掴んで思いっきり揺すった。
「まてまて、落ち着くんだキノ! ちゃんと力は与えてあるキノ!」
「いやいや、どう見ても単なる幼女だよね?!」
僕はさらに激しくキノッピーを揺すると顔色がみるみる悪くなっていく。
「とりあえず落ち着くんだキノ! その手を離すんだキノ! このままでは……オロロロロ」
キノッピーの口(?)から白いねばねばした粘菌が大量に吐き出される。それは僕の身体を瞬く間に粘菌まみれにしてしまった。
「うわっ、汚い!」
反射的に僕はキノッピーから手を放してしまった。
「ちょっと、何なんだよ。これは!」
「だから揺すりすぎなんだキノ。思わず戻しちゃったんだキノ!」
再び僕の近くで浮かんでいるキノッピーだったが、まだ調子が戻らないのか顔色は依然として悪かった。
「まず魔法少女が力を発揮するには変身が必要なんだキノ。ワシの眷属はそれぞれ独自の
「それで……、変身するにはどうすればいいの? それより、この胞子は何とかならないの?!」
「胞子は変身すれば消えるキノ。変身するには『ルナティックフォーム・オン』と言えばいいキノ!」
どうやら強くなるためには、恥ずかしいセリフを言う必要があるようだ。
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