第12話 プロジェクト・エデン

 アメリカはコロラド州デンバーにある新興宗教団体『救済の光』本部。

 そこの最上階で最大司教ロベルト・アルテミシアは教団の今後を決めるための重要な会議に臨んでいた。

 その会議には、7人の枢機卿だけではなく、アメリカ大統領や国務長官、国防長官などの政府高官たちも参加していた。


 ロベルトが席に着くのを待っていたかのように、アメリカ大統領のジョン・ライデンが口を開いた。


「どういうことかね、ロベルト君。日本で異能者が大量に見つかったという話を聞いたよ。そんなことができるなら、なぜ多大な支援をしている我が合衆国で行わないのかね?」


 ライデン大統領はそこまで言ってロベルトを睨む。

 他の政府高官の面々も大統領と同じ意見なのだろう、厳しい視線をロベルトに向けていた。


「以前もご説明させていただいたかと思いますが、プロジェクト・エデンはまだ実験段階にあります。異能者が生まれる過程でどのような事態が発生するかわかりません。また、異能者の因子を投与するためにはワクチンに偽装する以外の方法がないため、現状日本以外で行うことが難しい状況でございます」


 ロベルトは大きくため息をつきながら何度目かになる説明を行ったが、大統領たちは納得していないようであった。プロジェクト・エデンとは、もともと異能と言う人智を超えた力を持つ新人類――と言っても、彼ら特権階級の奴隷には変わらないが――を生み出すプロジェクトとして計画されたものだ。それはかつて知恵の実を食べて人間が進化したという伝承にちなんで付けられた名前である。


「しかしだね。我が国にも人間は沢山いるのだぞ。そいつらに適当な理由をでっち上げて接種させれば良いではないか」

「状況を分かっておりませんね、大統領。日本と違って合衆国ではワクチンの効果に懐疑的、むしろ有害だという世論が強いではありませんか。それだけではありません。今回は上手くいったから良かったものの、何か副作用があれば合衆国における異能者因子の接種は未来永劫不可能になるでしょう」

「たしかに我が国のワクチンへの反発は大きい。しかし、効果があると立証されれば寛容になるものも多いだろう」


 大統領は忌々し気にロベルトに詰め寄るが、まるで冗談でも言われたかのように笑いながらロベルトが答える。


「異能者を作るワクチンの効果を立証? 御冗談を。そんなことをすれば、異能者を巡って内戦が起こりますよ。一方で日本はあれだけ危険だと言われながら平然とワクチンを受け続けてくれるのですから、実験にはちょうどいいのです。しかも、仮に問題が起こったとしても、政府やマスコミがもみ消すでしょう」

「くそっ、だからといって日本に異能者が大量に現れれば、我が国の国防が脅かされることになるではないか!」


 大統領は机をバンバンと叩いて文句を言うが、ロベルトは涼しい顔をして鼻で笑った。


「ふっ、急いてはいけませんな。もちろん、最終的な利益は合衆国に。日本に異能者が現れるのは第一段階に過ぎません。第二段階として異能者に秘石を奪い合わせます。そうして優秀な異能者を選別します。そして第三段階として、その異能者から優秀な異能細胞を抽出し、それを合衆国に提供いたいます」

「おお、素晴らしいではないか! それでは期待しているぞ。はっはっは!」


 大統領は一転して上機嫌になると、席を立って会議室から出ていった。


「よろしいのですか? プロジェクト・エデンの成果を合衆国に渡してしまっても」

「ふふふ。本気にしては困るな、スペルビア枢機卿。優秀な異能細胞は我らだけが独占するに決まっておるだろう。そして、我らが世界の頂点に立つのだ」

「なるほど、素晴らしいお考えでございます」


 身内だけになった会議室ロベルトとスペルビアをはじめとした7人の枢機卿の笑い声が響き渡る。


「して、枢機卿の諸君。異能者の選定についての進捗はいかがかな?」


 ロベルトが枢機卿に問いただすと、まずアヴァリティア枢機卿が挙手した。


「吾輩は既に。異能名『軌道修正リプレイヤー』と名付けた者に」


 彼に続いてインヴィディア枢機卿が挙手する。


「我も既に与えております。かの者は『万有権能オールイン』の異能と名付けました」


 続いてイーラ枢機卿が口を開いた。


「ワシもとっくに見定めておるわ。そやつは『火炎皇子フレイムプリンス』という名だ」


 そして、アケディア枢機卿も挙手をする。


「与えたのは私が最初だと思いますわ。彼女は『黄泉返還ヘルズコーラー』と言う名を与えておりますわ」

「ふん、ワシの選んだ異能者にあっさり殺されるような雑魚ではないか」

「しかし、秘石は彼女の妹に渡っておりますわ。まだ勝利宣言をするのは早いのではなくて?」


 イーラ枢機卿の挑発を涼しい顔で受け流すアケディア枢機卿の隣でおずおずとルクスリア枢機卿が挙手をした


「アタシは……。彼に決めましたわ。『身体制御フィジカルコントロール』と名付けております」


 報告をしたルクスリア枢機卿をグラ枢機卿が嘲笑った。


「くっくっく、そんな役に立たなそうな異能で勝てるつもりかえ? わらわの選んだ『法則喰食ルールイーター』に比べれば、いずれも塵芥じゃのう」

「グラ枢機卿、煽るのはやめよ。成果は結果を以って示すべきである」


 そんなグラ枢機卿をロベルトがたしなめる。そして、彼はスペルビア枢機卿の方に向き直った。


「して、スペルビア枢機卿。貴君の進捗はいかがかな?」

「はっ、私の異能者選びは難航しておりました。が、先日、私に相応しい異能者が見つかりました。それが彼になります」


 そう言って、スペルビア枢機卿はスクリーンに一人の少女を映し出した。


「彼? 女性ではないか」

「彼は自らの異能によって、性別を変えたのです」

「はっ、そんな異能を選ぶなど血迷ったか?」


 ロベルトの追及に答える彼をグラ枢機卿が煽る。


「彼の異能は『勇者召喚サモンヒーロー』。召喚の異能でございます。こちらが彼の召喚した者でございます」


 今度はスクリーンに手足の生えたキノコが映った。


「キノコ? ふざけておるのか?」

「少しおとなしくせよ、グラ枢機卿。して、これは何者なのだ?」

「はっ、これは異世界の魔王でございます」


 キノコを魔王と言い張るスペルビア枢機卿に他の枢機卿たちから失笑が漏れる。しかし、続く彼の言葉によって一同に緊張感が走った。


「この魔王の力によって、彼は覚醒直後に『火炎皇子フレイムプリンス』を撃退しております。実力としては申し分ございません」

「なんだと?! ワシの異能者を撃退しただと!」

「こちらに、その時の動画を用意いたしました」


 その動画には、様々な魔法を使って異能者を撃退する葵の姿が映っていた。


「なんだ、あの姿は! それに、こいつの異能は召喚じゃないのか?」

「これは異能ではなく、異能で召喚した魔王により与えられた力を行使しているだけですな。日本に古来より伝わる魔法少女と呼ばれる異世界のモノから受け取った力を行使するシャーマンのような存在がいて、彼もそれと同じものと思われますな」


 スペルビアの言葉にイーラが異議を唱える。


「魔法少女? ワシは日本の歴史にも造詣が深いが、そんな存在聞いたことはないぞ!」

「くっくっく、これは失礼。あなたのような浅学な者に通じる話ではありませんでしたな」

「貴様、ワシを馬鹿にするのか?」

「いえいえ、日本の歴史をご存知であれば卑弥呼と呼ばれる女性がいたのはご存知でしょう? 彼女こそが日本における原初の魔法少女だったのですよ」

「バカな?! そんな話は聞いたことがない!」


 激昂するイーラの前に、1冊の薄い本が置かれる。その表紙には魔法少女ヒミコというタイトルと露出度の高いコスチュームを着た少女の絵が描かれていた。


「こちらは日本の裏社会で流通している秘蔵本でございます。この資料をもって私は卑弥呼が魔法少女であったと確信したのです」


 その言葉を聞いてイーラは憔悴して本の中身を見た。そこにはコスチュームが脱がされて卑猥な格好をした少女の絵が描かれていて、その吹き出しには「堕ちるがいい、魔法少女ヒミコよ!」というセリフが書かれていた。


「おわかりいただけただろうか……」

「バカな! このようなものが……ぐっ」


 イーラは机を叩きつけて、目の前の現実から目を背けようとした。しかし、それよりも確かな現実がロベルトより下される。


「御託はいい。生き残った者こそが正義だ。これで7人の選ばれた異能者が揃ったわけだな。それでは、これよりプロジェクト・エデンの第二段階へと入る!」


 高らかにロベルトの宣言が会議室に響き渡った。


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