第10話
「わ~、あれが人間の街か~」
ホワイトウルフの集落を後にした2人は、ホロウとともに街の入り口まで戻ってきた。
アリーザの隣を歩くホロウは、服装は最初に会った時と変わっていないものの両腰には短刀を下げ、腰には小さなポーチをつけている。
一見すると回復薬の瓶が2、3本しか入りそうに見えないが、そのポーチは見た目以上にものが入るマジックアイテムで、ストレージに物を収納すればいいプレイヤーには無用の品物となっているが、ストレージが存在しないNPCにとっては必須級のアイテムとなっている。
街に興味深々なホロウにアリーザは尋ねる。
「人間の街に来るのは初めてなの?」
「うん!『人間には良い者もたしかにいるがそれと同じくらいに悪い者もいる。特に我々の血肉は奴らにとって非常に価値の高いものでありそれを狙う人間も多い。そのような中に姫様をいかせるわけにはまいりませぬ』って一族の長老たちに言われてたからね」
「長老って私たちをあそこまで連れて行ってくれたあの2体のホワイトウルフのこと?」
「そうだよ。先代の族長。つまりあたしの親のころから一族のためにいろいろと動いてくれているんだ。あたしのこともよく面倒を見てくれていた。だからこそ、あたしの親を殺した人間のもとへあたしをいかせないようにしたんだと思う」
突然の告白にテナは「え、」と暗い顔で口を開いた。
「ホロウちゃんの親って、人間に殺されたの?」
「そうだよ。そんな顔しないでよ。あたしたちの世界は弱肉強食の世界。殺されたことはもちろん悲しいけど、相手の方が強かった、それだけだよ。だけどそれ以来あたしはそれまで以上に守られるようになった。あたしは歴代のなかでも一番弱いから仕方ないのかもしれない。だけどあたしだっていつまでも守られてばかりじゃいや」
「だから、その長老たちが認めた者と一緒に旅をすることにしたの?」
「うん」
アリーザはふと集落を出る前のことを思い出す。
ホロウが戻るのを待ちながら出立の準備をしていた二人に対して、長老は二人にそれぞれ銀色の指輪を差し出した。
「これは我らとの友好のあかし。これがある限りたちは我々はおぬしたちを襲うことはない。その上おぬしたちに力を与えてくれるだろう」
二人は指輪受け取るとその性能を確かめてみた。
《盟約の指輪(ホワイトウルフ)》:MP+10 AGI+20
《友好の印(ホワイトウルフ)》:ホワイトウルフから攻撃されることはない
《白狼の遠吠え》:戦闘中に一度だけ自分のすべてのステータスを上昇させる
「ありがとう」
さっそく二人は装備をする。
そんな二人のところへよほど慌てたのか息をわずかに切らしながらホロウが戻ってきた。
「おまたせ!」
二人の前にやってきたホロウは腰のポーチから白い何かが入った革袋を取り出して二人に差し出した。
「これは・・・歯?」
「うん、歯だね」
テナのつぶやきにアリーザも小さく同意する。
なぜこれが差し出されたのかわからず困惑する二人に対して、ホロウは「そう!」と自信を感じさせる表情で口を開いた。
「あたしの乳歯。あたしたちホワイトウルフの素材ははあなたたちにとって貴重な素材になるんでしょ?だからこれをここまで来てくれたお詫びにあげる!」
「へ、へぇ、乳歯、ね」
二人はわずかにひきつった表情で顔を見合わせる。
乳歯と言ってもテナの手のひらくらいの大きさがある。
(獣人は獣の姿になれるのはこの世界でも同じなのかもな。だとしてもこの大きさ。もしかしたら入り口を警護していたあの大きなホワイトウルフよりもホロウの方が大きい?)
そう考えるアリーザの隣で、テナは受け取ったものを調べていた。
「『狼姫の乳歯』。へトスに渡したら喜ぶかもな」
倒したモンスターの素材ならばともかく、目の前で生きている少女の乳歯を持ち歩くのは気が引ける二人は、何も知らないへトスに渡すことにした。
「どうもありがとうね」
二人からのお礼にホロウはえへへと笑みをこぼした。
その後仲間となる以上互いの名前は知っておくべきだということで3人は自己紹介をして、ここまで戻ってきた。
「そういえばあの集落は人間に襲われる心配はないの?」
「あそこは初代の族長が張った結界で一族が決まった順路を進まないとたどり着けないようになっているから大丈夫だよ。それよりもアリーザさま!」
ホロウの話をアリーザは「ちょっとまって」と遮った。
「そのアリーザさまってやめない?」
(いつも『魔王様』か『アリーザ様』って呼ばれてたから、どうも現実のことを思い出しちゃうんだよね)
アリーザの提案にホロウは困った表情を浮かべた。
「だったら何て呼べばいい?マスター?ご主人?」
「そもそも、確かにジョブは『白狼の主』になったけど、ホロウはホワイトウルフの姫だよね。それなのに私の配下みたいなのはおかしくない?」
「そうかな?でも、そういうなら。うーん・・・じゃあいろいろと教えてもらうわけだし、ししょーとかどう?」
「べつに普通にアリーザでいいのに。まぁでもそれならまだいいか」
「じゃあ改めて、ししょー!街についたら何をするの?」
「まだ受けていたクエストを達成していないからまずはギルド会館に行ってクエストを達成して、そのあとへトスっていう鍛冶師のところに行こうか。テナもそれでいい?」
「うん問題ないよ。それよりも」
テナはホロウの顔をじーっと見つめた。
「ん?あたしの顔に何かついてる?」
「いやそうじゃなくて、その耳としっぽ。隠せたりしない?たぶん街に戻ったらすっごく目立つと思うよ」
テナの言う通りひょこひょことたびたび動く耳としっぽは装飾品というにはあまりにリアルであるうえにまだほかの獣人が見つかっていないこのゲームにおいては目立つことは火を見るよりも明らかである。
しかしホロウは困ったような表情で「無理だよ」といった。
「テナは自分の体の一部を隠してって言われて隠せる?」
「それは~服とかでさ」
テナの言葉にホロウは首をかしげる。
「人間は頭と腰に異様なまでに服を着ていても目立たないの?」
「まぁ、たしかにそんな人がいたら理由はどうであれ目立ちはするね」
言いよどむテナにホロウは「でしょ」という。
「だったら初めからこのままでいくよ」
「はぁ。ま、アリーザがいれば危ないことがあってもなんとかなるか」
気にしすぎないことにしたテナとともに3人は街の中へと入った。
日も沈み夜になったのも影響してか出た時よりも多くとプレイヤーが街を歩いている。
そんなプレイヤーたちの間をアリーザたちは普通に進んでいくが、案の定多くのプレイヤーの視線がホロウへと注がれた。
それはホロウが街に入ったときからあたりをきょろきょろしているのもあるだろうが、何よりもその見た目によるものが大きい。
「おい、あれって」「ああ、きっとそうだ」「すげー」そういったざわめきがあたりから聞こえてくる。
それは好意や興味からくるものが多いが、中にはそうでない感情からくるものも混ざっている。
しかしアリーザの人間離れした美貌やその存在感に気圧されてなかなか話しかけることができないでいた。
そんな中、金属でできたダークブルーの鎧を身にまとい、腰からテナのものよりもわずかに剣身の大きな片手直剣を下げた男が自然に、しかし3人の行く手を阻むように前に出た。
それに気づいたアリーザは後ろを行く二人に対して、止まるように手で遮った。
短く切られた黒髪のその男はまるで何かに怒っているかのような表情で3人の方を見た。
「おい、そいつはホワイトウルフか?」
(ホロウのこと?耳としっぽが生えているとはいえ人型のホロウを見てホワイトウルフだと思うだなんて勘が鋭いな)
見たところ大したことはなさそうだと思いながらもアリーザは二人をかばうようにして警戒する。
「もしそうだと言ったら?」
「殺す」
男は剣を抜いた。
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