第4話

 広場まで戻ってきたアリーザは当面の目標を考えていた。

(いろいろと確認してみてこの世界における私の能力はある程度わかったけど、もっとこの世界について理解するためには誰かに聞かないといけないよね)

 そう考えたアリーザは周囲を見渡す。

 広場には街を出た時よりもたくさんの人が歩いていた。

「それにしても本当にここは異世界なのね。こんなにもたくさんの人類がいるだなんて」

 そんなこと考えていると、歩いていたうちの一人の少女が足を止め、アリーザの方に歩いてきた。

 アリーザの簡素な服装とは違い、急所にあたる箇所に金属があしらわれた白い服を着て、腰には長剣が下げられている。しかしその体は剣をふるうにしては細い。

 何よりもまだ幼さの残る顔立ちは、戦いに出るような年齢には見えない。

「もしかして初心者さん?」

「初心者?あ、ああ。うん。そうだよ」

 アリーザのこたえに少女はぱあっと顔を明るくした。

「やっぱり!ねぇよかったらこのゲームを案内してあげようか?」

 少女のその提案はアリーザにとって思いがけないものだった。

 思えば久しぶりにこんなに気軽に話しかけられた、ましてその相手が人類であることに動揺しながらも、ちょうどいいと思いその提案を快く受け入れた。

「それじゃあお願いしようかな」

 アリーザが受け入れたことに少女は笑顔でうなずいた。

「わたしはテナ。あなたの名前は?」

「私はアリーザ」

「アリーザね。よろしく!アリーザ!」

「こちらこそよろしく」

「よーし!じゃあついてきて!」

 そう言って少女はアリーザをつれて歩き始める。

 テナが最初に連れてきたのは看板に盾と剣が描かれているお店のようなところ。

「ここは武器屋。最初のうちに使える武器は大体ここで買えるよ。といってもモンスターからドロップする武器や専門のプレイヤーがつくる武器の方が基本的に強いからそんなに使うことはないかな」

 次に案内されたのは武器屋の隣にある瓶のようなものが描かれた看板を吊り下げたお店。

「ここは薬屋。いろいろな回復薬とかがここでは買えるよ。慣れないうちはたくさん買っておくといいかもね。あと、ここでは一応採取した薬草の買取なんかもやっているよ。ただ買取はあとで紹介するギルド会館でやった方が楽でいいんだけどね」

「その回復薬っていうのは何なの?」

 アリーザの質問にテナは驚く。

「もしかしてゲームって初めて?」

「こういう感じのゲームはやったことがないんだよね」

「なるほどね。HPっていうのは自分の残り体力を表すゲージで、MPが魔法やスキルを使ったりするのに使うゲージのこと。ほら、視界の右端に見えない?」

「視界の右端?」

 アリーザは顔ごと右上をみる。

 そんなアリーザにテナは「違う違う」と言いながらアリーザの顔を固定する。

「顔ごと動かさないで目線だけ向けるの」

「目線だけ」

 言われたとおりにすると、視界の右端に2本のバーが見える。

 HPは30、MPは20と表示されている。

「見えた?それがHPとMP。HPがゼロになったら死んじゃうから気を付けてね」

「なるほど」

 そんなアリーザの様子を見たテナは真顔で口を開いた。

「そのかんじだとステータス画面とかの開き方も分からないでしょ」

「ステータス画面?」

「やっぱり。わたしのまねをして。ステータスオープン!!」

「す、ステータスオープン!!」

 ブオンという音とともに半透明の画面がアリーザの目の前に出現した。

 画面にはいろいろな項目が示されている。

 それをじっと見つめているアリーザにテナは説明を始めた。

「見えた?そこに自分の初期ステータスが書かれているでしょ」

 テナの言う通り、画面にはHP、MPに加えてSTR、VITといった項目が書かれている。

「このゲームには2種類のステータスがあってね。一つが今見ているので、レベルアップによって獲得するステータスポイントを割り振るもの。もう一つは隠しステータスっていって、現実の自分の能力が目には見えないけど反映されているの」

「現実の能力が?」

「そう、たとえばAGI、つまり俊敏さがゼロでも現実ですごく足が速ければ、AGIにポイントを振っている人よりも速く走ることができたりするのよ」

 テナの言葉にアリーザは考える。

(今の私はどのステータスもゼロだけどここには記されていないというだけで現実の私の能力もこのゲーム内に反映されているということね。この世界での魔法がどの程度のものかはわからないけど、さっき私が魔法を連発できたのは現実でも魔法が使えるからっていうのがあるのかな)

「それって、魔法もそうなの?」

 アリーザの質問にテナは首を傾げる。

「魔法?うーんどうだろう。現実で魔法を使える人がいたらそれも反映される、のかな?わからないや。現実で魔法を使える人なんて見たことがないから」

 返ってきたその言葉にアリーザは驚いた。

 アリーザにとって人類は弱くはあるものの魔法は一般的に広まっているものである。才能にこそ差はあれど、誰もが使うことができていた。

「異世界だからかしら」

 思わずこぼしたそのつぶやきにテナは「異世界?」と聞き返す。

「ううん。こっちの話」

 しかし考えてみれば、アリーザの世界にはこういったゲームは存在していない。つまり魔法とは別の技術が発達した世界と考えれば納得できるかもしれない。

「じゃあ次に行こうか」

「うん」

 そう言って案内されたのはこれまでの建物よりも二回りほど大きな建物。

 レンガ造りの青いその建物にはひっきりなしに人々が出入りしている。

「ここがギルド会館。私たちプレイヤーがもっとも利用する建物で、中には冒険者、商業、農工業の3つのギルドが入っているよ。さっそくはいってみよう」

 テナに連れられ中に入ると、正面、右、左にそれぞれ受付のようなところがあり、受付の上にはそれぞれ剣、馬車、麦とハンマーが描かれている。

 二人が中に入ると、なにやら正面受付の近くが騒がしくなっていた。

「何かあったみたい。ちょっと待ってて」

 そういってテナが事情を聴きに歩いていった。

 しばらくして戻ってきたテナは少し困ったような表情をしている。

「何かあったの?」

「それがちょっと前に出現した巨大な光の柱に加えて、あるエリアがバグを起こしたみたいなの」

「バグ?」

「予期せぬ不具合ってこと。なんでも、そのエリアに入った人は防具が凍結しながら溶解して完全に壊れたうえに、死んじゃうらしいの」

「死ぬ⁉それって大変なことなんじゃ」

「あ、それは大丈夫だよ。死んだ人はちゃんと復活地点で復活したみたいだから」

「ふ、復活。へ、へぇ。そうなんだ」

 アリーザの知る魔法の中にも死んだ人を復活させるものはあるが、非常に高度な魔法でアリーザの知る限り使えるのはアリーザ本人とユグネルくらいである。

 それほど高度な死者の復活が簡単に行われることにアリーザは驚いた。

(さっきのテナの反応を見る限りこのゲームでは命がそれほど重くないのかな。だからと言って死ぬつもりはないけれど)

 考え込むアリーザにテナは「問題はそこじゃなくて」と話を続ける。

「調査のために氷と炎に強い耐性のある防具をもってそのエリアに入ってみたいなんだけど結果は同じだったってこんなバグが起きたことなんてないからいったい何事なんだって大騒ぎになっていたみたい」

「そんなことが起きているのね」

「念のためアリーザも近づかないようにね」

「わかった。ありがとう」

 もっとも、その原因をつくったのはアリーザなのだが、本人はそんなこと全く知らないのだった。

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