3‐1

 とうさいセントラリオンのいたるところから竹が生えていた。


 きしさんは<びゃっ>の爪と牙でそれらを切り倒すつもりだったみたい。


 でも結果はかけはしくんが言いかけたとおりだった。


 レンガの石畳を次々破って出てくる竹の生長スピードに対して、<びゃっ>一頭では処理が追いつかなかった。


 わたしなんかは<とう>のじゅもんしか使えない。


 すり抜ける効果でどうしろっていうの?


 だから結局、わたしときしさんは竹の処理じゃなくて、都市の人たちが受ける被害をなるべく減らす方向で頑張るほかなかった。


『よくもちこたえた。あとは我々に任せなさい』


 そう言ってくれたしるべどうたちを見送るきしさんの様子は今でも覚えてる。


 まるで力不足が許せないかのように歯がみしていたから。


 今日の竹騒動だけど、日が暮れる頃にはほとんど収束した。


 都市中の竹もひととおり片づけられた。


 そして夜になった今、セントラリオンの見回りをしているのは警務官庁ってところの職員さんだけじゃない。


 しるべどうたちも一緒だ。


 万が一の事態に備えてるんだと思う。


 オオカミのような太陽もとっくに眠りにつき、かいの夜空は星ひとつ輝いてないけど、都市のほうにはかり<松明たいまつ>のじゅもんがいくつもほのめいている。


 一望するのにじゅくじゅくちゅうおうとうほんのバルコニーはうってつけだった。


 塾生はみんな帰ってるし、気がすむまで眺めていられる。


「ふへぇ。ああいうのはもうこりごりだよ」


 お世話になってるかけはしくんちの居心地は確かにいい。


 かといってかいを受け入れてるわけでもない。


 わたしが元いた世界だと道具次第で気安くできることも、かいだとほとんどじゅもんありきだ。


<とう>しか使えないわたしには不便のほうが多い。


 実際、竹騒動では役に立てなかった。


 悔しがってたきしさんよりもずっと、ずっとだ。


「変な悩み方。どうせ失敗するじゃん。……なんでかかわっちゃってるんだろう、わたし」


「ここにいたのか」


 わたしの背中に声と明かりがかかる。


 振り返るとかけはしくんがいた。


 彼の頭上近くにはかり<松明たいまつ>の揺らめきが小さく浮かんでいる。


かけはしくん、まだ帰ってなかったの?」


「こっちのせりふだ。というか一回帰ってる」


 かけはしくんは肩をすくめて言った。


「おふくろから『うるみちゃんは一緒じゃないのね』なんて聞かされてな。セントラリオンを探し回ってたんだ」


「おばさんに心配かけちゃったかな」


 わたしはかけはしくんから目をそらし、両手の指をもじもじ合わせる。


「おれを待ってたならこのとおり仕事はすませたぞ。百獣王ライオとかってやつを法務官庁に引き渡して、わらべどう課程の塾生をできるだけちゅうおうとうに避難させて、手が空いてからは都市中の竹を取り除く手伝いに――」


 かけはしくんは話の途中ではっと尋ねた。


「どうしたうるみ? 眠いのか?」


「ぁ、ううん、聞いてるよ」


「ああなるほど。サボりの件ならってことでおふくろには黙っててやるよ」


 かけはしくん、それは斜め上の配慮だよ?


「ご、ごめんね……?」


「それじゃ大手を振って帰ろう、な?」


「……かけはしくんはいいよね」


「今度はなんだよ」


「<ばんゆういんりょく>のほかにもじゅもんが使えて、しかもみんなの役に立ててるじゃん」


「気にしてたのはそっちだったか」


 かけはしくんはわたしのとなりへと進む。


 そしてバルコニーの手すりに背中を預けた。


かいで起きたごたごたはかいじんに任せとけ。天国から来た天使さんにはやらなきゃいけないことがあるだろ?」


「天使さんだなんてっ」


「少しは慣れたかと思ったんだけどな」


「全然だよぉ」


 わたしは気晴らしにセントラリオンの夜景をふたたび眺める。


「<とう>のじゅもん、わたしに使いこなせるのかな」


 極めないとわたしはいつまでもかい暮らしだ。


「いいかうるみ。一度でも使えたじゅもんには多かれ少なかれ適性がある」


「それ、授業で聞いたかも」


「確かな事実ってことだ。少しは自信持てよな」


「……かけはしくん」


「うん?」


「わたし二年も塾通いしてるのに、<とう>のじゅもんしか使えてない……じゅく使いの才能なくない……?」


「悪い、フォローできてなかった」


 かけはしくんは軽く吹き出しながらそう言った。


「まあ<とう>を極めるのにほかのじゅもんは関係ないぞ。努力と工夫あるのみだ」


 簡単に言ってくれるなぁ、もう。


じゅもんの構成要素である文字の力をさらに解釈する、魔力の込め方に変化を加える、そもそもの用途から見直す――そうやってひとつのじゅもんの可能性を信じて、立派に成長したじゅく使いだってかいにはいるんだ」


「可能性なんて」


 わたしは気重に答えた。


「見えた気にさせておいて、肝心なところでだましてくるし……信じたくない」


「ずいぶん後ろ向きじゃないか?」


かいの人たちが天国って呼んでる世界ではね、可能性にだまされて失敗した人をみんなで笑うんだよ? バカなんだって」


「そりゃ言いすぎだ」


 かけはしくんはすかさず反論した。


「みんながみんな笑うわけないだろ。おれなら絶対に笑ったりしない」


かけはしくんはかいの人だから知らないだけ」


「じゃあうるみは笑うのかよ」


「えっ」


「違うだろ? おまえはそんなことで誰かを笑いものにする女じゃない」


 わたしは言葉に詰まってしまった。


 まるでかけはしくんがわたしの気持ちを――。


 いや、過去を見透かしてるかのようだったから。


「不安なら今は可能性を意識しなくたっていい。その代わり、味方を信じろ。どんなときだって助けになるはずだ」


「味方なんて……!」


 たったひとりでかいに落ちてきたのがわたしだ。


 家族や親戚とは離ればなれ。


 友達にいたっては言うまでもない。


「アホ、おれが見えてないのかよ」


「……かけはしくんが、味方……?」


「成り行きで二年も一緒に暮らしてきたわけじゃないぞ。おれはおまえを見定めて、信じられる存在だと思った。だから味方だ」


「ぁ、ぇぅぅ……」


 わたしが感動のあまりほろっとしてしまった、そのときだった。


「その心の弱さまでは面倒見きれないけどな。なにも泣くことないだろ?」


「そういう涙じゃないのぉ!」


「じゃあなんだ? 疲れ目?」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


「うーん??」

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