発現

 家に着いた後、ベットにドサッと寝っ転がって右手を上げる。

 ついこの前まで自由に動かせなかった右手

 だけど今は自由に、思い通り動かせる。

 前までの僕の普通がぶち壊された、いや僕の普通が間違っていただけなのかもしれない。今の僕なら前まで諦めていたことも出来るようになった。

 自分自身の可能性が一気に満ち溢れている。そんな気がした。


(これからどうなるのか分からないけれどもう暫くはこのままがい……い…な)


 ハッと目を覚ます。体が重く、少しサッパリとした感覚。

 眠ってしまっていた。明かりも消されている。母さんが消してくれたんだろう。

 窓の光も無い。今何時なのか時間を確認しようと思い、ベッドから立ち上がる


『おい、カネヤ』

 低いようで、高いような、なんとも言えない声がこの部屋に響く。こんな時間に、僕の部屋に誰かいるのか?僕は慌てて明かりをつけ、辺りを見渡してみるが誰もいない。時刻は夜の12時。誰かいる訳ないのだ。

 不思議に思いながらも空耳かと思っていると


『ハッ、まだ見つかんねぇのかよ。ここだよ、ここ』

 再度、声が聞こえた。その声の出所は僕の真下からだった。

 その瞬間背筋が凍ると言うのだろうか。ヒヤッとした感触が体中を走る。

 ゆっくり、僕の足元にある影を見た。


 影は僕の形をしている。だけど明らかに声はここから聞こえたんだ。


『もうあいつらから話はキいたじゃねぇか。なにビビってんだ?そういや、今日の昼は凄かっタなぁ。お前の今までで一番の大活躍。俺の力でチヤホヤされてたな。楽しそうだったじゃねぇカ』


 声がまた響く。もう疑いの余地は無い。僕の影だ。ゆったりとした口調で笑いが含んだような声。でも、なんだか恐怖を煽るような、そんな声だった。


「な、何で今日起きたこと知ってるんだよ」

『おいおい、俺はお前の影だぜ? 俺はお前でお前は俺。お前の知っていることは俺も知ってるに決まってんだろ。』


 僕の足が勝手に動き始める。ゆっくり、ゆっくりと窓に向かって歩いていく


「何する気だよ!」

『んー、今はこの体に馴染まねぇといけないからなぁ。遊びに行くんだよ。何して遊ぼうか。また昨日みたいに飛び回るのもいいし、そこら辺の人間を使って何かするのもいいなぁ』

「そ、そんなこと絶対にダメだ! お前は僕の影なんだから僕に従えよ!」

『ダメとかダメじゃないとか、お前が決めることじゃねえよ。それに、今の体の権限は殆ど俺にあるんだ。お前はただ俺に体を預けてりゃいいんだよ。』

 そう言って僕の体はベランダを登り上がる。夜の冷たい風を体いっぱいに浴び、僕の体はビルから落ちた。


 空中で地面を蹴り上げるように足を回すと、空中を掻き分けるように進む。車よりも少し速いスピードで道路の上を突き進む。顔から下は全くコントロール出来ないが頭だけは僕が動かせるようになっていた。


『ほら、楽しいだろ! 鳥になったみたいでよ』

「ふざけるな! 早く止めろ!」

 僕の影はただただ大声で笑うだけだった。



「……」

 その様子をビルの屋上からこっそりと見つめている人物がいる。

 彼女はビルの端に立ち、ポツリと呟く。


「はぁ……夜も頼まれてたから良かったけど。だーから言っておいたのに。ま、いいや。ほら行くよ。海」

『うん。行こう。……楽しみだけどちょっと疲れた』

「これが終わったらカップラーメンでも食べよっか」

 そして彼女はビルの屋上から姿を消した。



「くっそ! いつまでこのままなんだよ! お前は何をしたいんだ!」

 もうかれこれ3分は空中を飛び続けている。僕の影は笑いながら僕の問に答える。


『俺にはやりたいことがあんだよ。そのためにはお前の体を完全にコントロールできなきゃなんねぇ。お前、影が実体の奴隷だとか思ってたんだろ。逆だよ。逆。もうお前の体の権限は俺がメインになってんだよ』


 そう言ってスピードを更に上げ始めた瞬間

 いきなり体がグッと折れ曲がる。そして真っ逆さまに地面に吹き飛ぶ。体は近くの公園の地面に激突し、数mほど地面を抉りながらゴロゴロと転がる。


 衝撃のせいで視界がグラグラする。砂煙と暗闇のせいで全く辺りが見えない。


「な、何!?」

『クソッ! 邪魔が入りやがったか!』


 すぐに立ち上がり僕の影が臨戦態勢に入るが視界内には敵が見えない。


「あんたが闇影の心臓か。確かに強そうだね」


 気がつけば真後ろに泉さんが立っていた。

 僕の影はザッと後ろに下がり、まるで獣のように姿勢を低くする。


『テメェの相手すんのは面倒クセェ!失せろ!』

「あたしもあんたの相手をするのは面倒くさい」

 泉さんは凄い速さで僕に接近すると今日の昼と同じような蹴りを横腹に叩き込んだかのように見えた。

「チッ…」


 バシッという鋭い音が辺りに一瞬だけ響く。泉さんの蹴りを影は難なく左腕で受け止めていた。


「泉さんの蹴りを片手で!?」

『そりゃあこいつは……今日の昼よりもキレが落ちているな。スピードも遅い。今日の昼はお前の動きは見えなかったが今はお前の動きを見てから動けた。あの時と同じ状態で戦っていたなら俺は苦戦しただろうが、弱くなっているお前は相手にならねぇんだよ』

 影は泉さんの蹴りをした方の足を掴み、空いた手で手刀を泉さんに向かって突き出す。距離は全く届いていない。だけど泉さんはいきなり動きを止め、空中で釣らされたようになる。


「あんた……まさか!」

『お前のスピードは確かに速いが、それは影の能力。つまりは影が速く走っているだけだ。だから』

『逃げ回るお前を攻撃する必要はねぇ。こっちに攻撃すりゃいいんだからな。』

 下を見ると僕の影の手が海さんの脇腹あたりに突き刺さっていた。泉さんにも影に攻撃された箇所に同じような突き刺されたような傷が出来ている。


 僕の影は得意そうに笑いながら手を引き抜き、泉さんはその場に落とされ、倒れる。傷口からは血がポタポタと水滴のように落ちていた。


「い、泉さん!」

「あんたは黙って!集中してるんだから!」

『落ち着きがねぇなあ。ま、そりゃそうか。スピード以外に長所が無いのにそのスピードが使えない奴と俺に体を乗っ取られた無能しかいないんじゃ仕方ねぇか。おい、なんか言ってみろよ』

 影は泉さんの頭を鷲掴みにして顔を上げさせる。

 泉さんは痛みを耐えるような顔で言葉をひねり出すように


「あんたの言う通り、今のあたしは……あんたに勝てない。」

「だけどあたしは一人で戦うつもりなんて最初からない。あたしの目的はただの時間稼ぎ。それくらいなら……今のあたしでも出来る。」

 ニヤッとそう笑って彼女は視線を僕の後ろの方に移す。僕の影も驚いたように急いで後ろを振り返った。


 僕の真後ろにはゆうに2mは超えるであろう大男が立っていた。


「哲!やって!」

 大男が拳を振り上げる。僕の影は応戦しようと体をフル回転して右手を使い、大男の拳と同時に殴りかかる。


 大男の拳と僕の拳がぶつかった瞬間、ドンッという鈍器同士が物凄いパワーで激突したような鈍い音が辺りに響く。

 だが影の力は大男の力に全く及ばなかった。右手の拳は一瞬で弾かれ、相手の拳が目の前に現れる。

 そして視界は真っ黒になった。

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影オイ者 @supu222

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