第4話 いつもの日常
「やっと出てきた!潤!本当に大丈夫なの!?かれこれ1時間ずっと部屋に籠もって。あと少しでドア突き破ってもらうところだったのよ!?」
部屋に戻って扉を開けた瞬間母さんが不安そうに僕の顔を見つける。いつも迷惑ばかりかけているのに不安にさせるわけにはいかないと思ってさっきのは言わないことにした。
「ご、ごめん母さん。でも、ほら見て。手は大丈夫でしょ?」
そう言って僕は左手を持って母さんに見せる。すると、母さんは見開いていた目が更に飛び出しそうになるくらい目を大きく見開く。僕が不思議そうに母さんを見ていると震える手で僕の手を取った。
「潤…いつの間に右手こんなに握れるようになったの?」
あ、本当だ。僕の右手は左手をしっかりと持っていた。前の僕なら絶対に出来ないことだ。
試しに右手を動かしてみた。昨日まで出来なかったことが全部出来る。
「なんか…よく分からないけど気が付いたら普通に動かせるようになったっぽい」
「本当に?本当なのね?本当に動かせるのね?」
「ほ、本当だった。ほら見てよ」
母さんは目から大粒の涙をボロボロと流している。母さんを喜ばせることが出来てさっきのことはあまり深く追及されないだろうと思い、少しホッとした。
これも影の影響だろうか。
嫌な一日かと思っていたけど、今日はとても良い一日になった。
「えっと…それで何で一緒に学校に行ってるんですか」
翌日。いつも通り登校しているといつの間にか泉さんが隣を歩いていた。
「あんたが危険な時にはあたしが守らないといけないからね。いつ敵があんたに襲うか分からない。登校の時も油断ならないよ」
「そうは言っても流石にこうやって行くのは…」
「何が問題なの。あんたの無駄なプライドのせいであんたを守れなかったらどうするの。あたしの立つ瀬がない」
返す言葉も無い。とりあえず学校までだし仕方ないか。そう思って歩き続けてみるが…少し雰囲気が重い。まだ泉さんは僕のことをよく思っていないのだろうか。
少しこの重い空気を変えるために話してみることにした。
「そ、そういえば泉さんの影ってどんな性格なんですか?名前…とか!」
「ん〜、名前は海。面倒くさがりなあたしと違って何に対しても興味を持つやつ。でも人間が嫌いだから。あんたの影とは仲良くなれるかもしれないけどあんたとは仲良くなりたくないと思う」
そんなこと言われたらなんて返したらいいか分からない…!この話題は失敗だったか。
「哲、とか蓮、とか言ってましたけど他にも何人か仲間がいるんですか?」
「あー、哲と蓮ね。他には小春ってのがいる。哲は明るいやつだからあんたとすぐに仲良く慣れると思う。そんで蓮は…別に悪い奴じゃないけど」
少し濁し、言葉を選びながらキッパリと言い放つように
「多分あんたと仲良くする気は無いと思う。」
「な、何でですか?」
「あんたが闇影の心臓を持ってるから。あれを手に入れる途中で小春が捕まってね。小春は蓮の妹で捕まる時、小春は宇と一緒にいたのに捕まったから蓮がすっごい怒ったんだよ」
「さ、ら、に。空が選んだ人間がいかにもひ弱そうなあんた。あたしも正直、正気か疑った。こんな奴に託すのかって」
僕は黙り込む。この変な力は蓮さんの妹の犠牲の上で手に入れたものなのか。僕なんかが本当に扱えるのだろうか。
「ま、あんたが悪いわけじゃないから。変に考える必要はない。これは知っておいてほしかったから言っただけ」
「さ、ついた。これ、あたしの電話番号。何かあったら連絡して」
気がつけば校門の前に着いていた。泉さんはくるりと背を向けてどこかに歩き始める。
「どこかに行くんですか?」
「言ってなかったっけ?あたし、こう見えても現役大学生。あたしもこれから授業。じゃ」
そう言って泉はサッと姿を消した。
(年齢僕と同じくらいかもっと下かと思っていたなんて言えなかったな)
そう思って校門を通ると遠くから友達数人が猛スピードで僕に突進してきた。
「おいおい、あの人お前の知り合い?」
「めっちゃ可愛いじゃん!付き合ってんのかよ?」
「お前バカかよ!どう見たってめっちゃラブラブだし付き合ってるに決まってんだろ!」
「え、えっとあの人は…し、親戚の人だよ!送ってもらったんだ」
そう答えた瞬間友達は皆地面に膝をつけて絶望しながら大声で
「いーーーーーーなぁ!!!俺もあんな人の親戚になりたい」
「マジでそれ」
「世界は不平等だぁぁぁぁ!」
バカみたいにワチャワチャして、叫ぶ。いつもの楽しい学校。なんやかんや言って僕はこの友達が好きだ。
よくよく考えたらこういうとこがモテない原因なんじゃないか?
その後僕らはホームルームを終え、授業を受ける。
黒板に書かれたことをノートに板書していると僕の足元に消しゴムが転がってきた。
「すまんカネヤ、消しゴム取ってくんね?」
後ろの席の友達からだ。僕は難なく消しゴムを取った。すると
「あれ、カネヤ右手使ってんじゃん」
見ると、僕は右手で消しゴムを握って無意識に右手を使っていた。どう友達に返答するか考えた後、隠さず言ったほうが良いと思った。
「あー…、治ったんだよね。右手」
「え!?マジで」
大声で言ったせいで皆の視線が彼に集中した。友達はバツが悪そうに縮こまる。その後こっそり僕の耳元にやってきて
「次の授業体育だろ?キャッチボールやろうぜ!投げ方とか教えてやるよ!」
ふと時間割を確認する。次の授業は体育。いつもは見学しているか右手が使えなくても出来るものだけ参加したりしていた。
(右手使えるなら僕も出来るのかな…)
昨日の事があるから少し不安だったがあの後は特に何も起きていないし大丈夫だろう。
そして僕らは体育着に着替えて校庭に出る。体育の先生には右手が使えるようになったことを伝えた。今日は少し前の授業に引き続きキャッチボール。2人で組を作って投げ合ったり、転がしたり、ボールを上げたりする。相手はさっきの友達。こいつは野球部だから肩は強いけど僕が初心者ということもあって数mの距離から投げてもらった。
「ほらカネヤ!行くぞ!」
フライが僕に向かって上がる。そんなに高くない、5mくらい。落下地点は丁度今僕が立っている場所。
(このくらいなら余裕かな。)
ゆっくりとグローブをボールに向け、ボールが落ちる。そのタイミングでグローブをはめている右手を閉める。
「あれ?」
ボールはグローブに当たった後、グローブには収まらず地面に落ちた。
思ったよりも難しい…ボールが来たタイミングで閉めれば良いだけで簡単そうだと思っていたのに。
「右手使うのは始めてだもんな。しゃーねーよ。さ、こっちに投げてみろ!どこに投げても取るぞ!」
彼はそう言って胸元にグローブを構える。
ボールを拾ってテレビで見るようなプロ野球選手の見様見真似のフォームでボールを投げる。
ボールはとんでもない速さで彼のグローブに一直線に吸い込まれていった。
他の生徒よりも何倍も鋭く、重い音が校庭に響く。
シン、と一瞬静まり返った後ワッと驚きの声があがる。
「お前肩やばいな!?140、50は出てたぞ!本当に初心者か?」
「ええっ…た、たまたまだよ。」
「そんな訳ねーだろ!実は裏で練習してたとかじゃ無いのかよ。」
授業が終わっても、昼休みになっても、終了のホームルームが終わっても皆の興奮は収まることが無かった。
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