第2話 何者かの手

「ただいま」

「おかえり〜。学校どうだった?」

「普通だよ。いつも通り。楽しかったよ」

 母さんは専業主婦でずっと家にいる。今は午後の4時半。キッチンで夕食を作っている。


 僕は部屋に入り、早々と今日の宿題を終えてベットの上で横になる。いつもこの時間に読んでいるマンガや本は今日は疲れたから触る気になれなかった。


 食事の時間になり、僕は母さんと一緒にご飯を食べる。

 いつも通り食事を終えて、いつも通り僕はお皿を洗おうとすると、左手からスポンジが滑り落ちた。また昼と同じような体の痙攣が出てきたんだ。

 それも今回は左手と右手、両方。

 僕は手に力を込めて握る。こうすれば何も起きないだろう。


 すると、メキメキという音がしたあと、お皿を支えるためにお皿の下に置いていた右手がバリンっと音を立てて皿を握りつぶした。


「ハァ…!?」

 僕の右手はお皿を握り潰すほど握力はない。いや、そういえばそもそもここまで力を加えることも出来なかった。それに何故か皿の破片が刺さっても痛くない。


 どれだけ皿の破片が粉々になろうが、僕の右手が力を弱めることは無かった。


「潤?何の音?」

 音を聞き、リビングでテレビを見ていた母さんが不思議そうにこっちを見ていた。


「ご、ごめん!手が滑ってお皿落としちゃったんだ。今片付けるからちょっと待ってて!」

 こんなの見られたら母さんが何と言うか。絶対に見られる訳にはいかなかった。


 僕は右手から零れ落ちた破片をサッと集めてゴミ箱に捨てた後、逃げるように部屋に入り、扉の鍵を閉める。

 左手はもう問題なく動かせる。だが右手はまだ僕の意思を反して拳を握り続けていた。


(何なんだよ…!)

 鉛筆や定規で無理矢理開けようとしてもビクともしない。

 そうしていると母さんが心配そうに扉を叩く。


「潤?どうしたの?大丈夫そう?」

 大丈夫だよ。

 母にそう言おうと口を開いた瞬間、さっきまで部屋の中にいたはずの僕の体は何かに吹き飛ばされたかのようにベランダにつながる窓を突き破り、ビルから飛び落ちていた。


「…え?」

 今朝のあの時と同じ感覚。体が一気に落下し、無重力のようになる。

 あの時は落下するだけだった。でも今は違った。


「うわぁぁぁぁぁあああ!!!」

 誰かが僕の体を誰かが引っ張るかのように僕は夜の街の空を突き進む。時にはビルの間を駆け抜け、時にはビルの屋上まで壁を走り、時にはビルを飛び越えた。

 これは夢なのだろうか、現実とは思えないことを目の前で実際に行っている。


 僕にかかる重力だけが全部狂ってしまったかのように、僕の体を操る人間がいるかのようになんの意思もないまま無我夢中に宙を飛び回る。その時


「『やっと見つけた。』」

 風の音に混ざってしっかりと誰かの声が聞こえた。その瞬間、ドスッという鈍い音と腹部の痛みにより僕の視界は段々と真っ暗になって、意識を失っていった。

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