第2話 なんと素敵な勇者様


「こちらが聖剣になります、勇者様」

「これが、あの伝説の……! なんという荘厳さだ……!」



 また俺の前に勇者を名乗る人間が現れる。


 人の世は以前よりもずっと複雑になった。勇者と言えばまさしく世界の救世主そのもののような存在であったというのに、今では各国で乱立している勇者”たち”が連日のように俺のところに押し寄せてくる。



「ふはははは! 素晴らしい……! この俺が持つ剣にぴったりだ!」



 不遜な態度を取るごてごてして高そうな鎧を着た勇者は、俺の柄に手をかける。



「ふん! ……ん? ふん……!」



 だが、台座に刺さった刃はピクリとも動かない。


 俺はため息を吐く。やはりこの男でもだめか。



「申し訳ありませんアルメア帝国の勇者様。あなた様は聖剣を持つ資格がないようです……」

「な……! この俺がだと……!」



 新たな災厄である魔王が誕生してからすでに15年は経過している。だというのに俺を抜くことができる素質を持った者が一向に現れる様子がない。今日だってこの男で3人目だ。



「クソ! 帰るぞ!」

「まーそう気を落とさないでくださいよー」

「そうですわ。勇者様は聖剣がなくても強いのですから。ほら今日も酒場でパーッとやりましょう?」

「待ってください~! みなさん足が速いです~!」



 男は苛立ったまま侍らせている少女たちを連れて聖域を去っていく。俺のそばに立つ大司教のルベロイもさすがに疲れた表情を見せる。


 けれど、それも仕方のないことだ。勇者というのは肩書や職業なんかじゃない。人間の素質であり、生き様なのだ。

 さっきみたいな傲慢で与えられた力を自分の物と勘違いする輩では到底たどり着けない神聖で純粋なもの、それが勇者というものだ。

 それなのに、災厄を斬り世界を救いたいからではなく、伝説の聖剣を手に入れることが目的の勇者が絶え間なくここに訪れる。

 前の時は本当に選ばれた者しか聖域に来なかったが、時代は変わったということなのか。



 ああ、早く俺を抜くことのできる真の勇者は来ないだろうか。



「大司教様、次の方がお見えになられました」

「そうですか、もう来たんですね。次は……」

「マラランカ王国の勇者になります。マラランカの勇者はこれで8人目ですね」

「何人目かなど関係ありません。重要なのはその人の素質です。エレン、その人を通してください」



 ルベロイがそう声をかけると、聖域の結界が緩む。



 現れたのはうら若い少女だった。



 凛とした顔立ち、長身で短髪、一見すると男にも見間違えそうだが着ている服は女性の聖職者が着る物だ。その服は白と青を基調にしたもので、動きやすいように多少改造はしているだろうがとても清潔な印象だ。



「ここが聖剣の聖域……!」

「お待ちしておりました勇者様。名をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「これは失礼をしました」



 そいつはルベロイの前で跪き、神に祈るように自分の名を口にする。



「お初にお目にかかります、ルベロイ殿。マラランカ王国十三勇者が一人、マルアク教会の修道士、シスター・アリサと申します」



 その所作には淀みがなく、礼節が体に染みついているのだとよくわかる。


 普段は横柄な物言いの勇者が多いためか、ルベロイが少々面食らっている。



「……これはご丁寧にアリサ様。私は聖剣教会の大司教を務めております、ルベロイと申します」

「仕える神は違えど私たちは志を同じとする信奉者。今回の聖域でのご歓迎、真に感謝いたします」



 そいつは跪いたまま深々と頭を下げる。以前も礼儀正しい勇者は何人かいたが、ここまで丁寧なやつは初めてだ。


 ふうん、アリサね。まあ第一印象はいい感じだけど。

 重要なのは中身だ。どれだけ”いい人”であっても俺を抜くことはできない。選ばれし者かどうか、それだけだ。



「それではアリサ様、これより選定の儀を執り行います。どうぞ台座の前へ」



 アリサはルベロイに連れられて俺の前に立つ。



「これが聖剣の輝き……!」



 俺を見たアリサの瞳はうるさいほどに輝いている。



「柄に手を当ててください。私が祝言を述べた後、力を込めていただきます」

「ルベロイ殿、少しよろしいでしょうか」



 いつもの流れになるかと思ったら、直前でアリサが止める。



「聖剣に祈りを捧げてもよろしいでしょうか。マルアク教では聖剣もご神体の一つとしておりますので」

「それは、もちろん構いません」



 ルベロイが快く受け入れると、アリサは俺の前で先ほどと同じように跪く。そして、両手を握り合わせ祈りのポーズをとる。


 うん、何度見てもとても綺麗な所作だ。数え切れないほどに繰り返してきたのだろう、一つの芸術として完成されているとさえ思う。



 ……こいつなら、あるいは。



 聖剣は、抜く者を選べない。素質がなければ抜けないが、素質さえあればどんな者でも抜ける。それが例え悪の心を持っていても、俺の気に食わない人間であってもだ。


 けれど、だからこそ俺は願う。彼女のように信心深く、礼節に厚い者にこそ俺を抜いてほしいと。



「それでは……すうぅぅぅぅぅ」



 ん? 今深呼吸した? なんで?




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