第34話 手合わせが終わるとどうなる? 知らんのか? 手合わせが始まるんだよ

 しばらくして王女殿下が先に馬車から出てきた。そして王女殿下に手を引かれる形でローリエが姿を現した。

 ローリエの新たな装いを端的に言えば『ハイレグアーマー』と呼ばれる代物だった。

 黒を基調とした股下の食い込みが激しいレオタードを着用し、肩と胸部を金属で守り腕は黒のロンググローブで覆い、動きやすさを重視したブーツと膝上まである黒のニーハイソックス、そして狼の獣人なので尻尾の事を考慮して、背中は大きく開いているデザインだ。当然兜は装着していない。そして盾と剣を装備した出で立ちを見て……うん、これはセクシーと言うか……失礼だが卑猥ひわいと言うのが正解かもしれん。

 何せ、この格好をしているローリエが非常にグラマラスな体型をしている為、色々とはみ出している。これで戦闘し激しい動きをしたら、一体どうなってしまうのだろう? 胸を覆う金属板があるのだが、胸が大き過ぎて外側を僅か程度にしか覆えていない。

 こういうデザインの鎧を見る度に思うが、これで本当に体を守れるのか? 俺の嫁であるソニアも似たような恰好をしているが、こちらは魔法使いなのである程度薄着でも仕方がないと思うが。

 とは言え、この格好はとても合理的だとも感じた。高い運動能力を生かすには重い鎧は不要、極論を言えば全裸が一番だが流石にそれは防御面から見てもあり得ない。

 関節などの可動部を阻害せず機動力を生かすための軽装。それら脆弱ぜいじゃくな装甲を補うための堅牢な盾による防御力。このスタイルならばカウンターによる強烈な一撃と、走・攻・守、全てを兼ね揃えた素晴らしい前衛になるだろう。

「ローリエ殿、宜しければもう一度お手合わせ願えませんか? 無論その恰好で」

「レオン殿……承知しました。もう一戦お願いします」

 ある意味、先程までのローリエは全力が出せない状況だったのだ。つまり今の姿こそ全力の戦いが出来るというわけだ。やはり強者との試合は年甲斐としがいも無くわくわくしてしまうな。まあそこは若返ったので問題無しという事で。

 というわけで、再びローリエと対峙することになった。さて、どれ位違うのか確かめさせて貰おうか。

「行きますっ!」

 そう宣言すると同時に、ローリエが俺に向かって突進してきた! 速いっ!

 ガキンっという音を立て、剣と槍が鍔迫つばぜり合う! 何とか防御は間に合ったが、正直ここまで速いとは思わなかった。それに攻撃もなっている、恐らく自然な体勢で剣を振るえている為だろうと推測する。

「はあっ! せいっ!」

 息もつかせぬ連続攻撃! こちらも何とか反撃を試みるが、全て回避されてしまった。今まではあの全身鎧の為、素早く動くことが出来ず、剣による『突き』がメインの攻撃方法だったが、今は縦横無尽に駆け回り多彩な方法で攻撃してくる!

「しっ!」

「ぐぅっ⁉」

 更に彼女は剣よりも近い間合いまで侵入し、格闘戦まで仕掛けてきた。不意に放たれた蹴りを何とか左腕で受け止めたが、受け止めた左腕が痺れてしまったよ。

 しかし困ったな、こちらの攻撃が全く当たらんぞ。こちらは剣による攻撃は防げるが、咄嗟とっさの蹴りが避けられない。防ぐので精一杯だ。

 このままでは俺の腕が限界に達し、防御出来なくなり負けてしまうだろう……が、易々と負けてやるわけにはいかんな。何故なら周囲には、俺達の手合わせを見学している王国の兵士達が大勢いる。それに俺の嫁達もな。

 そんな大勢に見られている手前、無様な姿は見せられんよ。特に嫁にはね。漢の意地だ。

 ならば……覚悟を決めるとしますか!

「なっ⁉」

「……ぐうっ⁉」

 ローリエに蹴りを誘発ゆうはつさせ、それを腕で防御せずあえて脇腹で受ける! 脇腹に鈍痛どんつうを感じながらもローリエの右足を掴む事に成功する。これでもう逃げられんぞ? そしてそのまま彼女の右足を持ち上げて力任せに押し倒すっ!

「し、しまっ……⁉」

 彼女は背中から地面に衝突し、動きを止めた!

「がはっ⁉」

 ローリエは背中を強打し転倒した。よし、上手く言ったな。それでは幕引きといこうか。

 俺は彼女に素早く近づき、眼前に槍を突き付けた。

「うむ、勝負ありじゃ!」

 そう言ってジャッジを下したのは賢者殿だった。今のローリエは背中を強打した事によりまともに動ける状態ではないだろうし、この判断は妥当だな。

 そう思ったのだが、なんとローリエは何事も無かった様に立ち上がった。おいおい、一体どうなっている? まさかこのハイレグアーマーは先程まで装着していた全身鎧よりも防御に優れているとでもいうのか? ううむ、これがこの世界の常識なのかもしれんな……。

 まあお互いの目的は果たせたし、この辺りで終わらせるのが丁度良かろう。賢者殿もその辺りの事を承知で終了を宣言したのだろうさ。

 それにしても、先程と今回の決着方法が同じになったのは、ある程度狙っていたとはいえ、綺麗に決まったと自画自賛してしまいそうになるな。

「旦那様、怪我は御座いませんか?」

「ああ、問題無いよ」

 マリーを筆頭に、嫁達が駆け寄って来た。傍から見たら良い一撃を食らった様に見えただろうし、心配になるのはしょうがないか。実際は体に力を込めてしっかりと蹴りを受け止めたので、それほどのダメージは無い。

 それにしても、全身鎧を脱いだローリエの強さには驚かされたな。鎧を脱いで強くなるなんて、某RPGゲームに登場する忍者かな?

 しかし、あのハイレグアーマーが恥ずかしいからって、全身鎧を着用するとは……何というか、極端すきやせんかね?

 彼女の戦闘スタイルを阻害する全身鎧を着用しても、それなりの強さだった事。それが一番の問題だったな。

 もしも全身鎧を着用する事によって、戦闘が困難になるレベルまで弱くなれば、彼女も渋々だがハイレグアーマーを着た事だろうて。

 一方、ローリエの方には王女殿下が近寄り声を掛けていた

「大丈夫ですか? ローリエ」

「……はい……問題ありません……」

 あれだけ勢いよく背中を強打したのだ、全くの無傷と言う訳にはいかなかった様だな。痛みで顔をしかめている。

「無理して喋らないでいいわ。今、治療しますね」

 そう言うと王女殿下は手の平をローリエに向け、魔力を高め始めた。

『癒しの力よ、彼の者に安らぎを与え給え』

 王女殿下が呪文の様なものを唱えると、ローリエの体が光に包まれた。光が収まると、ローリエの表情は何事も無かった様に平素の状態に戻った。

「ありがとう御座います、姫様」

「ふふ、どういたしまして」

 と、にこやかに返事をする王女殿下。あれはもしや『治癒魔法』か? 初めて見たな。

 ローリエの治療が終わると、王女殿下が俺の方に向かって歩いて来た。ふむ、何か用事だろうか?

「レオン様、次は貴方の治療ですよ」

「いえ、自分は特に怪我をしていませんし……」

「いいですから、そこでじっとしていて下さいね?」

「ですから大丈夫ですので……」

「じっとしていて下さいね?」

「……はい、わかりました……」

 くっ、これが王族のオーラとでも言うのか? 笑顔の下に途轍とてつもない圧を感じたぞ。

 王女殿下が先程と同じ呪文を唱えると、俺の体が光に包まれると同時に体の痛みが引いていく。初めて体験したが、これは凄いな……軽い打撲はあったと思うが、あっという間に治ってしまった。これ程までに効果があるとは。

「これは素晴らしい魔法ですね。痛みが無くなりましたよ」

「お褒め頂きありがとう御座います。治癒魔法には自信がありますから」

 これ程便利ならば、俺も習得したいがどの程度の難易度なのだろう。聞いてみるか?

「アリス姫様、治癒魔法とは覚えるのが難しい物でしょうか?」

「レオン様は治癒魔法にご興味が? 私は先生の指導の下で習得出来ましたが、長い年月を要しました」

「ほほぅ、お主が治癒魔法をのぅ……もしかしたらお主なら短期間で覚える事も可能かもしれんな。よしっ! アリスよ、こやつに治癒魔法を教えてやれ。手取り足取りな」

「はい、お任せ下さい。レオン様、未熟者ですが精一杯頑張らせて頂きますね」

「アリス姫様直々に御教授願えるとは……感謝いたします」

 というわけで、出発するまでの少しの時間、治癒魔法について学んだ。

 俺が思った通りで治癒魔法とは、生物に生まれつき備わっている「自己治癒力」を魔力で活性化させたものを言う。理論的には全ての怪我や病気を治せるという事になるはずだ。

「質問なのですが、治癒魔法でどの程度の傷や病気まで治せるものなのですか?」

 気になったので早速王女殿下にこの疑問をぶつけてみる。

「そうですね……過去の文献では、切断された腕や脚をくっつけたり、重病で寝たきりの方が元気にお外を歩き回れるようになったりと……その様な事例が記録されていますわ」

「アリス姫様は、それらの治療が可能ですか?」

「……いいえ、私の魔法ではそこまでの治療は無理ですね。自分の無力さに恥じ入るばかりです……」

 ふむ、王女殿下でも駄目か。しかし俺ならあるいは……。

「休憩は終わりじゃ、お主等も出発の準備をせい」

 もうそんな時間か、賢者殿が出発の準備を促す。うむ、実に有意義な時間だったな。

「貴重なお時間をありがとう御座いました、アリス姫様」

「いいえ、私もとても楽しかったですから。ではまた後程」

 そう言って王女殿下は馬車へと戻っていった。

「さて、俺も準備をするかな……」

 色々とあったが、出発の準備をすべく嫁達の下へ向かったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る