第33話 王国騎士団長と手合わせしてみよう

 朝日が昇り始めたばかりの早朝、俺達は旅支度を整え北門へと向かった。なぜこんなに早い時間なのか? 当然だが王女殿下は馬車で来ている。馬車の速度は歩くより少し速い程度だ。王都まで約半日かかってしまうので、この時間に出発なのだ。走って数時間で到着する俺達が異常なだけだな。

 門の傍には町民が総出で王女殿下を見送る準備をしている。それだけで王女殿下の人気の高さがうかがえるよ。

「それではカルディオスの皆様、またお会いしましょう」

 そう別れの言葉を告げ、王女殿下は馬車へと乗り込んでいった。そして王都へ受かってゆっくりと進んで行く。

 澄み渡る空、のどかな陽気、まさにピクニック日和という奴だな。ちなみに俺達は徒歩で移動している。王女殿下に「御一緒しませんか?」と馬車に乗るように誘われたが丁重にお断りした。なぜなら馬車の中にはあの『賢者殿』もいるんだ、それが断った最大の理由です。

 魔物モンスターの襲撃なども無く、平穏無事に中間地点の旅小屋まで到達した。そこで昼食を兼ねた休憩を挟む。王女一行はテキパキと昼食の用意を始める。当たり前といえば当たり前だが、慰問団はアイテムボックスを持っていて、調理器具などを持ち込んでいた。

 慰問団は護衛の騎士を含め、総勢五十名の大所帯だ。中には王女の身の回りの世話をするメイド、専属の料理人も随伴している。王女様に冒険者飯や雑なキャンプ飯を食べさせるわけにはいかないからな。まあ、当の本人はそれらの飯でも喜びそうではあるがな。

 昼食も終わりしばし休息の時間となった。再出発まで少し時間が空いていたので、嫁達とゆったりとした時間を過ごしていたらローリエが足早に近付いて来た。はて? 何か問題が発生したのだろうか?

「レオン殿、少々よろしいですか?」

「はい、何でしょうか」

「私と手合わせをして欲しいのですが、お願い出来ますか?」

 何事かと思えば手合わせとはね、俺の実力を測りたいのだろう。折角だし付き合ってやるかな。俺もローリエの強さには興味あるしな。

「構いませんよ。私も王国騎士団長の力量……興味がありましたからね」

「ふふ、では『英雄』殿に、私の実力をお見せしましょう」

 俺とローリエはその場から少し離れ、お互いに武器を構え正面から向き合った。当然この戦いを見ようとする野次馬はいるが、ある程度離れた場所から見学している。その中に王女様や賢者殿もいるな。王女様は不安な表情で、賢者殿はニヤニヤしながらこちらを見ていた……腹立つな本当に。

「いつでもどうぞ」

 ローリエは左手で盾を右手にショートソードを構えて俺にそう言ってきた。恐らく彼女の戦闘スタイルは、あの盾を使ったカウンターを主体としていると推察する。ならばここは俺が先に仕掛けるのが礼儀かな?

「では、遠慮無く!」

 身体強化を使い全身を余す事無く強化する。そして全身のバネを使い鋭い突きをお見舞いする!

 ガキンっ! と言う甲高い音を立て、槍と盾がぶつかる。それなりの力を込めた突きだったが、ダメージどころか勢いまで完全に殺された? 受け止めたローリエはその場から1ミリも動いてはいなかった。

「はあっ!」

 すかさず右手の剣で攻撃してきたが、それは予測していた手だったので、バックステップで難なく回避する。

 ローリエは再び盾を構え、こちらの攻撃を待つ。ふむ、少し意地悪してみるかな。

「ふっ!」

「……くっ」

 素早く距離を詰め、ローリエのへ連続で攻撃を加える。そこは盾で受ける事が出来ない低さ、したがって回避するしかないのだが、全身鎧を着込んでいるので素早い回避は不可能だ。ガンガンという音と共にローリエが少しずつ交代していく。しかし少しずつ攻撃するポイントがずらされていて、狙った通りの効果を得られていない。恐らくローリエの身体能力と反射神経が高いのだろう。それだけに勿体無く思ってしまうな。

 俺は槍を、ローリエは剣――それもショートソードを使用している関係で、ローリエの間合いの外から一歩的に攻撃可能だ。最初に俺が槍を所望したのはこれが理由だな。間合いの外から攻撃出来るというのは、それだけで強いのだ。

 ローリエが苛立っているのが伝わってくる。しかし俺との間合いを詰めて攻撃するというのは難しいと言わざるを得ない。なぜなら彼女が間合いを詰めた分、俺が離れればいいだけだ。素早さでも攻撃範囲でも負けているローリエには厳しい戦いになるのは初めから分かっていたのさ。

 このまま続けていたら、ただのいじめになってしまう。そろそろ勝負を決めるかな。

 ローリエは次第に、俺の脚への攻撃を無視するようになった。確かにそれは正しい判断だ。俺はこの攻撃でダメージを与えられていない、何故なら嫌がらせ目的なのだからな。しかし『本当の目的』を隠す為の布石でもあるのだよ。

 俺は隙を突いて軸足である左の脚のふくらはぎに槍を忍ばせる。そして脚を救い上げる様に槍を振り上げる。これで『足払い』の完成だ。かつてプリムラ相手に放ったのと近い技だな。

「……っ⁉」

 ローリエが俺の意図いとを察し、避けようとするが……遅いなっ!

 槍が振りぬかれるとローリエの両足が地面を離れ宙を舞う。そしてそのまま背中から落下し、地面へ思いっきり打ちつけられた。

「くっ……!」

 ローリエが慌てて起き上がろうとするが、その時には俺の槍が眼前へ突き付けられていた。結果もプリムラの時と同じになったな。これでチェックメイトだ。

「……参りました、私の負けです」

 ローリエは潔く負けを認めた。まあ、実戦だったらまだ粘るだろうがこれは模擬戦、これ位が丁度いいだろう。

 模擬戦が終了し、ローリエが立ち上がると観戦していた騎士団の面々が拍手を打ち鳴らした。そして王女殿下と賢者殿が近寄りねぎらいの言葉を掛けた。

「お疲れ様でしたローリエ。惜しかったですね」

「アリスよ、甘い事を言ってはいかんぞ。完敗だったではないか」

 王女殿下が優しくローリエを慰めようとしたが、賢者殿がバッサリと切り捨てた。いやはや、手厳しいね。

「賢者様の言う通りです、私もまだまだ未熟ですね」

 ローリエは落ち込むことは無く、前向きな態度でそう言った。

「ふむ、小僧。何かこやつに助言をしてやってくれぬかのぅ。ワシは魔法の事なら分かるがそれ以外は門外漢もんがいかんじゃからな」

「是非、お願いします」

 ふう……賢者殿だけでなくローリエにまでそう言われたら断りきれんな。

「そうですね、厳しい意見かもしれませんが……その全身鎧プレートアーマーがローリエ殿の良さを殺してしまっています」

「うっ……やはり、そうなのでしょうか」

 やはりという事は、自覚はあったのか?

「ほれ、ワシ等の言う通りじゃったろうが。いい加減諦めて脱いでしまえい」

「残念ながら、これについては私も同じ意見ですよ? ローリエ」

「う、うぅ……」

 まあ、当然他の人も同じアドバイスをするよな。明らかに戦闘スタイルと全身鎧がマッチしていないのだから。

「何か鎧を脱がない理由があるのですか?」

「そ、それは……」

 そう言って俯いたまま黙ってしまうローリエ。ふむ、よっぽどの理由があるのだろう。そう思っていたが、

「こやつ用に作った鎧がちょっとばかし露出の高い物なだけじゃ。それを恥ずかしがって着るのを躊躇ためらっておるというわけじゃな」

「あれは『ちょっと』なんて代物ではありませんよっ⁉」

 どうやら露出の高い意匠いしょうの為、着たくないという事らしいが……年下の娘に説教するのは趣味ではないのだが、これは流石に苦言の一つも言いたくなってしまうな。

「ローリエ殿が恥ずかしいのを我慢するだけでより多くの国民が命を救われるでしょう。民草を守るのが役目の騎士団長なら、どうするのが正しいか理解していますよね?」

「……はい」

 俺の言葉を聞いて、力なく返事をするローリエ。さて、後は本人の覚悟次第だが。

「アリスよ『アレ』は持ってきておるのだろう?」

「はい、先生」

「ならばローリエ、お主はさっさと着替えてくるのじゃ」

「うぅ……わかりました……」

「手伝いますよ、ローリエ」

 王女殿下を伴い、ローリエは馬車の中に入っていった。さてどうなる事やら……。

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