第30話 十年前と現在と

 買い取り所に着き、魔物モンスターを取り出しながら疑問に思ったことをバルガスに尋ねた。ちなみにここに来たのは俺だけだ。嫁さん達は町の様子を見て回るそうな。

「それで、魔物の死骸が沢山あるのですが……これは買い取ってもらえますか?」

 大まかな数を伝えると、バルガスの表情が曇った。

「そいつ等全部を今すぐウチで買い取るのは不可能だ。金がねぇ」

 との事。まあ、五百以上あるからなぁ……仕方ないか。一つ言っておくと、初撃に放ったソニアの魔法で吹き飛んだ魔物は、文字通り跡形も無く消滅したので素材の回収は出来なかった。残念である。

「だがそれじゃあ、この町の為に命張った連中に申し訳がねぇ……よし、少し待ってろ」

 そう言ってバルガスは部屋を出て行った。さて、どこへ行ったのだろうか。しばらくしてバルガスが戻って来た。

「王都に報告するついでに商人を寄越よこすように頼んできた。そいつに素材を買い取ってもらう事にしたぞ」

 成程ね。金が無いから買い取りが出来ない。ならば金を持っている者に買い取らせると。実にシンプルだ。

「商人も手ぶらで来るという事はないでしょう。王都の品が買えるとなれば、町の人も喜ぶでしょうね」

「おう! わかってるじゃねぇか。ま、そういうこった」

 お世辞にも都会とは言えないカルディオスだが、この件で注目されれば少しは発展するかもしれないからな。

「そういえば、『賢者殿』は支部長室に?」

「ああ、ライアンと色々と打ち合わせをしてるぜ」

 ふむ、俺も色々と相談があるしな、行ってみるか。

「あっ、レオンさん。支部長がお呼びです。一緒に支部長室まで来てください」

 そう思っていた所、ハンナが買い取り所に入って来た。丁度いいタイミングだな。

「わかりました……バルガスさん魔物を置いておきますね、後は頼みます」

「おう、任せておけ!」




 ハンナを伴い支部長室へとやって来た。中ではライアンと『賢者殿』が椅子に座って重い雰囲気をかもし出していた。ハンナはこの空気を察したのか「では私はこれで」とさっさと退出していった。

「来たか小僧。ほれ、さっさと座らんか」

 俺が椅子に座ると、直ぐにライアンが話を切り出した。

「早速ですまないが、今回の『大氾濫』と『異常個体』のサイクロプスについて、君の意見を聞きたい」

「そうですね、これは俺の私見ですが……」

 そう前置きした上で、俺は話を続ける。

「今回起きた『大氾濫』と『異常個体』のサイクロプス、どちらも何者かの手によって引き起こされた『人災』である……と考えています」

 俺がはっきりそう言うと部屋の空気が更に重くなるのを感じた。

「……それは、つまり……何者かの意思によって、この町が襲われたということかね?」

「はい、そう考えています」

「うむ、ワシも小僧と同じ考えじゃな」

 俺の推測に賢者殿が同意した所で、ライアンが膝に置いていた拳をきつく握りしめた。

「ようやく十年前の傷が癒えて、これからと言う時だったんだぞ……」

 ライアンは俯き、瞳に怒りをにじませながらそう呟いた。十年前ね……俺はそこも気になっていたんだ。

「その十年前の『大氾濫』も調べ直した方が良いかもしれませんね」

「それが良いじゃろうな……当時の記録を洗い直すとするかのぅ」

 どうやら賢者殿も俺と同じ結論に達したようだな。常に最悪を想定するのは上に立つ者の基本だ。その点に限って言えば、賢者殿は本当に優秀だよ。

「まさか……十年前の『大氾濫』も……何者かの仕業だと?」

「あくまで可能性の話じゃ。当時は後始末に追われ、詳しく調べる余裕が無かったのも事実じゃ。何か見落としがあるやもしれん」

 調査結果を教えてくれたりはしないかな……ダメかな? ダメだろうなぁ……。

「今出来るのは予測だけじゃ。結果が出るまで、その怒りは取っておけ」

「……はい」

 沈黙が部屋を支配する。もう終わった事だと思っていた事が、実はまだ続いていました……なんて言われればそうもなるか。ここは空気を変える意味を込めて話題を変えるとしよう。

「ところで、騎士団長殿はどうされたのですか? 姿が見えませんが」

彼奴あやつは次の任務があるのでな、ワシの魔法で騎士団諸共送り返したわ。なんじゃ? 小僧、彼奴に興味があるのか? あれは脱ぐと凄いのじゃ。ぼん・きゅ・ぼん! じゃぞ?」

 ニヤニヤと下品な笑みでそんな事を宣う賢者殿。その言葉にライアンも苦笑いしていた。ふむ、幾分か雰囲気がましになったかな? それと思いがけず良い情報が手に入ったな。騎士団長殿はスタイル抜群……と。

「そうじゃ、お主にも伝えておくぞ。此度の件で王都から慰問団いもんだんが来る運びとなった。そしてその慰問団の中に王女殿下が加わるそうじゃ。くれぐれも粗相そそうのない様にするんじゃぞ?」

 おいおい……いきなりとんでもない爆弾発言をしてくれたなこの幼女モドキは。慰問団が来るのは、まあ理解出来る。「天災」が起きたと言っても過言じゃない状況だ。被害に遭った国民を慰撫いぶし、王国はしっかり国民の事を大事にしてますとアピールする良い機会だしな。だが、王族――それも王女が出張でばって来るのは予想外だったな。精々が中堅どころの貴族程度と予想していたからな。

 そういえば、この町の規模なら治めている領主や貴族がいるはずだ。しかし今迄見た事も聞いた事もない……何か事情がありそうだな。まあ、王女の件は俺には関係ないだろうし、放っておいて構わないだろう。

「小僧、お主今「俺には関係ない」とか思っておったな? 残念じゃが慰問団の最大の目的はお主じゃ。当然出迎えの挨拶をするのはお主の役目じゃぞ」

「は? 何故私が? そういう役目は支部長や『賢者殿』でしょう?」

「何を言う? 今回の戦いでの最大の戦功はお主とその嫁達じゃ、その役目をお主が担うのは当然じゃろうが」

 ちっ、それを言われると困るな。大勢の人が見ていたから言い訳は不可能だろう、どうしたものか。

「それと、王宮で式典を開いて論功行賞ろんこうこうしょうを行う事が決定した。最大戦功のお主は勿論、嫁達も出席してもらうぞ? しかも国王陛下直々に恩賞が下賜されるそうじゃ。どうじゃ? 嬉しいじゃろう? ワシが推薦をしてやったのじゃ。感謝するのじゃぞ?」 

 こ、このロリB○Aは……これだからこの似非えせ幼女は好かんのだ。思考を読まれている様な、胸の内を見透かされている様な、そんな感覚に襲われる。無論、俺達の目的の為に国のお偉いさんとのパイプは必要だ。だがそれはもう少し先の予定だった。それがこんなに早くなるとは……誘導されている感じがして気持ちが悪い。

 それはそうと、この申し出を断るのは不可能だ。それこそこの国を出奔しゅっぽんすれば可能だろうがデメリットが大きすぎるし、リラを悲しませる事にもなるだろう。しゃくだが乗せられてやろうじゃないか。

「承知しましたが、我々は冒険者です。多少の非礼は目を瞑ってもらえると助かりますね」

「安心せい。国王陛下を始め重臣の連中は礼儀作法にうるさく無い奴等じゃ。最低限の礼節を持っておれば良い」

 やれやれ……だが、そうと決まったならば最大限の成果を頂くまでだ。

「王都から人員が来るのは二~三日後じゃろう、その間は宴を楽しむが良い。町の周囲は我が魔法師団の部下が見張りをしておるから心配はいらぬ」

 しっかりと対応する辺りは流石と言うべきだ……仕事に対する姿勢は素晴らしいんだよ。この『賢者殿』に対する何とも言えない感覚は俺個人の問題だ、今は蓋をしておこう。

 

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