第29話 勝利の宴と増える謎

「ふぅ……成功したか。うむ、この魔法を『絶対零度の抱擁セルシウス・フラッド』とでも名付けるかな」

 俺は大きく息を吐き、張り詰めていた緊張を解く。終わったか……。

「……倒したのですか?」

 事の成り行きを見守っていた騎士団長が声を掛けて来た。

「はい、生命活動は停止している筈です」

 絶対零度ぜったいれいどで凍らされて生きていられる生物はいないだろうが、それすら耐えられる様に改造されていたらお手上げだ。しかしこのサイクロプスは一向に動き出す気配が無いので大丈夫だと思うよ。

「うむ、見事じゃ。良くぞこやつを倒した。ほれ、ぼさっとしてないで勝ち名乗りを上げんか」

 そう言われ周りを見渡すと、何が起きたのか分からず呆けている皆々様が。仕方ない、柄じゃないが……ここは一つ、やるとしますか!

「サイクロプスはこの俺『レオン』が打ち取った! 『大氾濫』は終結した。俺達の勝利だ! 勝鬨かちどきをあげろっ‼」

 そう言って俺は手にした槍を、高々と頭上へ掲げた。

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」

 この場にいる全員が雄叫びを上げた。腹の底から声を出し、勝利したという、そして生き残ったという実感を得る為に。

「お見事でした」

 そう言ったのは、俺の傍でサイクロプスを観察していた王国騎士団長殿だった。彼女が兜を外し、姿勢を正した。

「改めて自己紹介を。私は王国騎士団団長のローリエ・ノーバスと申します。貴公の事は賢者様から伺っていました、将来有望な若者がいると。ですがこれ程とは思いませんでした」

 騎士団長――ローリエはそう言って手を差し出してくる。その手を握りながら、彼女の素顔を観察した。

 スラっと背が高く、長いウェーブの茶髪をなびかせている。少々釣り目気味で、キリッとした顔つき。そして一番俺の目を引いたのは頭に生えた耳だ。形状から察するに犬か狼の獣人だと思うが、どうだろう? 体つきは鎧でわからないが、臀部でんぶ付近からフサフサの毛で覆われた長い尻尾が見えた。

 そして握った手は力強かった。家名もあり、纏う雰囲気や言葉遣いからみて、恐らく貴族の御令嬢か何かではなかろうか? それが騎士団長とは……だが彼女の実力は間違いのない物だ。あのサイクロプスの一撃を完璧に受け止めたのは、見事の一言だったよ。

「いえ、自分には過分な評価ですよ。実力不足を感じる毎日です」

「ふふふ。謙虚ですね、あれ程の魔法を使用できるのですからもっと胸を張っても良いと思いますよ」

 口に手を当て上品に笑うローリエ。その仕草を見るにやはりお嬢様なのは間違い無いと思う。

「ふむ、挨拶は終わったようじゃのぅ。あの魔法は見事じゃった、後程詳しく話を聞かせてもらおうかのぅ。して、これからどう動くのじゃ?」

 和やかな雰囲気の中、賢者殿が会話に割り込んできた。ちっ、やはり目を付けられたか……どうにか誤魔化さなければ……。それはそれとして、これからかやる事か。

「王宮に今回の勝利の報を届ける事ですね、そちらはどうなっていますか?」

「安心せい、既に支部長が王都に連絡を入れておる」

 そう言えばライアンの姿が見えないと思ったが、仕事が速いな。ならば、

「でしたら、次は「うたげ」を開催しましょう、今回の勝利を祝して。何と言っても戦死者無し、町の被害無し、これは派手に喧伝して広く勝利を知らしめましょう」

「それは良い考えじゃ。周辺諸国にも伝わるようにド派手にやるのがよいじゃろう」

 俺と賢者殿はお互いにニヤリと悪い笑みを浮かべた。そう、今回の件が広く知られれば、何かしらの反応があるかもしれない。それが『黒幕』への手掛かりになれば最高だが、それは高望みかな?

「そうと決まれば早速宴の準備じゃ。ほれ、お主も手伝えローリエよ」

「承知しました。それでは失礼します、レオン殿」

 そう言って二人は町中へと消えていった。恐らくギルドでライアンと打ち合わせをするのだろう。

「旦那様」

 マリーの声で、周りに妻達が集まっているのに気が付いた。

「全員無事のようだな……」

「ええ、ワタクシ達は怪我一つありませんわ」

「……新しい……お嫁さん………?」

 ソニアを見て、リラがそう呟いた。そう言えばリラは初対面か、ならば丁度いい機会だ、紹介しておこう。

「ソニア、紹介するよ。こちらがリラ、もう一人の嫁だ」

「……私はリラ……よろしく……ソニア……」

「ええ、よろしくねぇ。……そうねぇ、改めて自己紹介をしようかしらぁ。おねぇさんの名前はソニア・サンダーベルよぉ。特技は魔法でぇ、趣味は読書と魔法の研究ねぇ。そしてレオン君……いいえ、旦那君の新しいお嫁さんよぉ。妻同士仲良くしましょうねぇ」

「はい、宜しくお願いします。ソニアさん」

「よろしくお願いしますわ、ソニアさん」

「……家族が増えた……嬉しい……」

「よろしくねぇ。マリーちゃん、プリムラちゃん、リラちゃん」

 毎回思うが、本当に良く出来た嫁達だよ。俺が何を望み、何を求めているのかを理解してくれているのだからな。

「よし、皆で後始末をしようか」

「後始末? 何をするんですの?」

魔物モンスターの死骸を保管するんだ、このまま放置して腐らせるのは勿体ない。これらを売れば、参加した冒険者に払う報酬になるだろうからね」

 危険な戦いに参加してくれたんだ、それ相応の対価を用意しなければならない。もし無報酬なら、次があった場合協力してもらえなくなる恐れがあるからな。無論、国も金を出すとは思うが、プラスアルファがあった方が、何かと良い結果になるだろう。

「これから魔物の死骸を集めるぞ! 手の空いている者は手伝ってくれ! 報酬が増えるぞっ!」 

 こちらを遠巻きに見ていた冒険者達に号令をかける。報酬が増えると聞くと途端に積極的に集め出した。うむ、冒険者たる者こうでなくてはな。

 指定した場所に次々と死骸が集められていく。それをアイテムボックスに入れていった。リラに聞いたらアイテムボックスは貴重で高価だが、持っている奴は持っているという事なので、衆目に晒しても問題無いと判断した。実は容量でその価値が変わるのだが、俺の持つ容量無制限のタイプは世界に数個しかない超レア物だと知ったのは、もう少し先の事になるのだった。

「最後はこのデカブツだな」

 氷の彫像と化したサイクロプスを見上げながらそう言った。

「こうして見る分には綺麗よねぇ」

 のんびりとした口調で言ったのはソニア。ふむ、何か気になったのか?

「旦那君はどうしてコイツを凍らせたのかしらぁ? 倒すだけなら他にも方法はあったはずよねぇ?」

 流石はソニア、鋭い指摘だ。

「出来るだけこの魔物を無傷で仕留めたかったからだな。俺と『賢者殿』の見解では、こいつは人の手が加えられ強化された可能性があるという結論に至った。調べれば何か痕跡こんせきが見つかるだろう、故に完全な状態の死体が必要という訳だ」

 これで俺達の『敵』の情報が取れれば最高だが、どうなるかな? ああ、調べるのはギルド本部と賢者殿に丸投げだ。くっくっく……精々頑張ってくれよ?

「旦那様? 悪い顔をしていますよ?」

 と、マリーにつっこまれてしまった。おっと、いかんな。表情に出るようでは俺もまだまだだな。うむ、さっさと回収してしまうか。

「おう、レオンの坊主。ちょっといいか?」

 サイクロプスを回収し終わると、素材買い取り所のバルガスが声を掛けてきた。この人も当然の様に、今回の防衛戦に参加していたよ。貴方は解体場の職人ですよね?

「これから宴をやるらしいんだが、食材が足りねぇ。お前さんが回収した魔物の肉を使いたいから出してくれや」

「わかりました。では買い取り所に行きましょう」

「おうよ、既に弟子たちの準備も万端だ。ちゃっちゃと終わらせるぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る