第28話 決戦! カルディオス防衛戦

 光のエフェクトが発生し、次の瞬間には元の場所――城壁の上に戻ってきた。当然『神域』内では時間が流れないので、魔物は未だ町には到達していない。俺達の眼下には町を守護する冒険者の諸先輩方が布陣していた。全員が武器を構え、覚悟を決めた顔をしている。

「ふ~ん、あの奥に見える連中に打ち込めばいいのねぇ?」

 あれだけの数の魔物モンスターを見てもおくする様子を見せないか。ふふふ、頼もしい限りだよ。

「ああ、頼む」

「ふふ、腕が鳴るわねぇ」

 そう言うとソニアは杖を眼前に構え、目を閉じて集中し魔力を高め始めた。

 一体、彼女はどれ程の魔力を有しているんだ? 魔力の高まりが止まらない! 既に俺が以前に感じた賢者殿と同等……いや、それ以上の魔力量になっているぞ! これは世界一と豪語ごうごするだけのことはあるな。近くにいるマリーとプリムラは高まった魔力の圧で、数歩後ずさっていた。俺も油断すると後ろに吹き飛ばされそうになる程のプレッシャーを感じている!

 不意に頭上から熱気を感じ、視線を上に向ける。するとそこには巨大な火球が「ごうごう」と音を立て燃え盛り浮かんでいた! これはソニアが作り出しているのか? 魔力の高まりと同時に火球も巨大になっていくので、彼女の魔法で間違いなさそうだ。それはまさに『太陽』と言っても過言ではない程の熱量を誇っている。

 じりじりと肌が照り付けられ、気付けば汗がしたたり落ちていた。俺としたことが見誤っていた。あの賢者殿と同等と分析したが、ソニアに対する評価を改めなければならんかもな。

「さあ、これがおねぇさんの最大級の魔法よぉ。存分にご覧なさぁい」

 魔物の大群は肉眼ではっきりと視認出来る距離まで到達していた。見せてもらうとしよう、その威力の程を。

 ソニアが目を見開き頭上に杖を掲げる。

「全てを燃やし尽くせ! 『紅炎の宴プロミネンス・ブラスト』‼」

 巨大な火球が魔物の埋め尽くす平原へと高速で放たれた。火球は魔物の大群の中央に着弾し、大爆発を引き起こす! 眩い光と熱風、ここまで響く轟音と爆風が俺達を襲う。あまりの衝撃に思わず目をつむってしまった。

 眼を開くとそこには驚きの光景が広がっていた。着弾地点には大きなクレーターが出現し、その爆心地がマグマの様に赤熱していた。とんでもない威力の魔法だ。だがその効果は絶大だな。あれ程いた魔物の大群は、跡形も無く消え去っていた。これなら!

「ライアン支部長っ‼」

 眼下で呆けていたライアンだが、俺の声で我に返ったようだ。確かに魔物の第一波は消滅したが、既に第二波が姿を現しているのだ。呆けている暇は無いぞ?

「し、諸君っ! 我々をおびやかそうとしていた魔物共は、見ての通り消え去った! 魔物の大群など恐れるに足りん! 団結して我らの町を守りぬくぞっ‼」

「「「うおおぉーーーーっ‼」」」

 ライアンの掛け声で冒険者連中も我に返り、雄叫びを上げる。士気も上がったみたいだな。これなら問題無いだろう。

「素晴らしい魔法だったよ、ソニア。ちなみに同じ魔法はもう一度打てるか?」

「今日はもう無理よぉ。ただぁ、通常の威力で魔法は打てるから戦力にはなるわよぉ?」

 流石に二度目は贅沢だったか。魔物の大群が再び姿を見せたが、その数は目に見えて減っていた。これならば……。

「よしっ! では出撃だ。俺達も戦場に向かうぞっ!」

「はいっ!」

「ええっ! 行きますわよっ!」

「ふふ、フォローはおねぇさんに任せなさい」

 魔力を全身にみなぎらせ、城壁の上から飛び降りた。結構な高さがあったが何事も無く着地出来た。やはり身体強化は便利だな。攻撃、防御、速度、全てを強化できる。

 下に降りた時には既に魔物の第二波と防衛部隊とが戦闘を開始していた。

 俺達も急いで戦闘に混じる。敵はそこら中にいる、狙いを付ける必要は無い。味方を巻き込まない事だけ注意して次々と魔物をほふって行った。




 魔物の数こそ多いが、その殆どがランクEとDだ。集まった冒険者達でも十分倒せるレベルだ。まれに表れるランクCを俺達が倒すという形だな。

 少し遠くで魔物が凄い速度で倒されているのが目に入った。それは俺達と別行動していたリラだった。その後ろにナッシュ・ポーラ夫妻もいる。頑張っているな、ピンチになったら助けに行けるように気を配っておこう。

 そして俺の近くでは、マリーが魔物の合間を縫うように走り抜けると同時に魔物が絶命していた。すれ違うと同時に急所を切り裂いているのだろう。素晴らしい技の冴えだ。対するプリムラは手にした大剣を力任せに振り回し、同時に複数の魔物を粉砕していた。何とも対照的な二人だな。

 最後にソニアだが、彼女は遠くの敵に狙いを定め、複数を巻き込む様に魔法を放っており、前線に掛かる負担を減らしてくれている。これは俺も負けてられんな。時には槍を振るい、時には魔法を放ち、嫁達に負けじと次々に魔物を狩っていった。

 どれ位の時間戦っていただろうか。視界を埋め尽くす程いた魔物も残り僅かとなったその時『それ』は現れた。

 ズシン、ズシンと地響きを立てながら『それ』は姿を見せた。体長は優に五メートルを超える巨体。右手には巨大な金属の剣、肌は青白く、そして最大の特徴は「一つ目」である事。

「さ、サイクロプスだっ‼」

 冒険者の誰かが、そう叫んだ。そして一つ目巨人――サイクロプスに率いられる様に、魔物の大群が追加で現れた。まずいな……こちらにはもうそれ程余力は無いぞ。

 サイクロプスがその巨体に見合う大剣を振り下ろし地面に叩きつけた! 

 ズドン! という大きな音をたて地面を陥没させた。威嚇のつもりだったのだろうが、効果は抜群だった。

 冒険者の面々は、腰が引けて顔面蒼白になっていき、味方の士気はみるみる低下していった。いかんな……そろそろこちらは体力・精神共に限界だぞ? それに奴の後ろから次々と新しい魔物が姿を見せている。万事休すか? 

 最悪の未来を頭に描いたその時、眩い光が戦場を埋め尽くした。

「待たせたな小僧、良く持ちこたえた。ここからはワシらに任せるがよい!」

 絶望が支配する戦場に、高らかに響く幼女の声。まったく……遅いぞ? 肝が冷えたよ。

 光と共に現れたのは勿論、我らが『賢者』エフィルディス。そして背後にローブをまとった魔法使いの集団。更に見た事のない全身鎧を身に着けた集団もいる。援軍なのは間違いなさそうだが。

「約束通り、ワシが率いる「魔法師団」その精鋭部隊と、王国騎士団の連中を連れてきたぞ。感謝するがよい!」

 賢者殿と一緒に転移してきた二つの軍団は素早く隊列を組み、臨戦態勢を整えた。

「総員構えっ! 王国騎士団の強さを見せつけよっ!」

 先頭に立つ一際豪奢ごうしゃな鎧を着けた人物が剣を掲げ、高らかに宣言した。声の感じから女性であるのは間違いなさそうだが、全身鎧に兜を着用している為、容姿は不明だ。

「お主等、狙いを付ける必要は無い。適当に撃っても当たるのじゃ!」

 こちらは何とも適当な指示だな。らしいと言えばらしいか。

「「総員……」」

「突撃せよっ‼」「一斉射撃じゃっ‼」

 炎・水・風・土など、あらゆる属性の魔法弾が魔物の群れへと降り注ぐ。威力・速度共に高水準だ。精鋭部隊の名に偽りなしか。

 魔法の嵐で敵の足が止まった所に騎士団が突撃していく。良い連携だな……と、見とれている場合じゃないな、俺達も続くぞ!

 先程までの戦闘による損耗そんもうと、サイクロプスの登場による士気低下で既に戦える者が俺達を除くと、増援部隊のみになっていた。なので冒険者連中を後ろに下げ、俺達が前に出る。

 リラと合流して五人で固まって戦闘を継続する。ポーラとナッシュは後方に下がらせたとの事。リラに怪我はないが、疲労は蓄積しているので互いをフォロー出来るように少し密集して戦闘を行う。

 魔法師団が仕留め切れなかった敵を、俺達や騎士団が倒すという戦い方で魔物の数を減らしていく。

 そして更に戦い続ける事一時間、遂に魔物はあのデカ物を残すのみとなった。残りが自分だけと気付いたのか、サイクロプスが大きな咆哮《ほうこうが見えた、あれは騎士団長か? 盾を構え堂々とした態度でサイクロプスを見上げていた。

 足元にいる虫を叩き潰す様に、サイクロプスが騎士団長目掛けて大剣を振り下ろした! このままでは騎士団長が凄惨せいさんな肉塊になる。誰もがそう思った時、騎士団長は左手に持つ盾に魔力を込めた。すると盾が黄金の光を放ち始めた。何だ? 今、盾が大きく膨張したような……。そしてそのまま大剣を受け止める! 金属と金属がぶつかる激しい音が鳴り響く。騎士団長の足元の地面が大きく陥没するが、本人には全くダメージがない様子。とんでもない防御力だな、恐らくあの「盾」が特殊なのだろう。

「お前如きに、私の守りを崩す事は出来ない! 皆の者、恐れるな! 私に続け‼」

「「「うおぉぉぉぉぉぉ‼」」」

 騎士団長の激に応え、騎士団が突撃を開始した。それに合わせて魔法師団も魔法を放つ。しかし魔法の効果が薄い。騎士団の攻撃も効いている様子がない、異常なタフネスだ、明らかに不自然だぞ?

「ふぅむ、どうやらあのサイクロプスは防御力が強化された特殊個体のようじゃな。それに通常のサイクロプスより幾分か大きいしのぅ」

 いつの間にか俺の傍に来ていた賢者殿がそう教えてくれた。異常な強化個体、自然発生する確率は極めて低いと見るべきだな。それを考えれば自ずと答えは導き出される。

「……それは「人為的」という解釈で宜しいですか?」

「十中八九そうであろうな。本来のサイクロプスのランクは「B」じゃが、目の前のこやつは少なくても「A」はあろう。となれば答えは自然と出てくるわな」

 ここでも『例外』か。例外的に人造魔物が現れ、例外的に異常強化された魔物が襲ってくる……この二つの例外を偶然の一言で片付けるのはナンセンスだ。これまでの出来事はどこかで繋がっていると考えるべきか? 駄目だ、結論を出すには判断材料が少なすぎる。それに考察は後回しだ、ひとまずこいつをどうにか倒さなければ。

「よし、小僧。ワシらが援護してやる。お主が彼奴を倒してみせい」

「……何を言うかと思えば……。『賢者殿』が倒す方が、早くて確実でしょう?」

 俺の「手札」を見るつもりだろうが、そうはいくか。

「いやぁ、ワシは皆を転移させるので魔力を使い果たしてしまってのぅ……ゴホッゴホッ……歳は取りたくないもんじゃ」

 唐突に始まった茶番劇に思わず「ふざけるなっ!」と叫びそうになったが、理性を総動員してなんとか堪えた。しかし、転移による増援が無ければ危なかったのは確かだ。それに、あれだけの人数を転移させたとなれば相当量の魔力を使ったのは事実だろう。おのれぇ……この借りは必ず返す、このままでは終わらんぞっ!

「……承知しました。では少しばかり時間を稼いで下さい。その間に俺が力を溜め、一撃で倒します」

「うむ、任せておけい……皆の者! これよりこの小僧が強力な一撃を放つ。それまでの時間稼ぎをせよっ!」

「「「了解っ!」」」

 こんな無茶な指令でも、一切の躊躇なく了承の返事をする王国兵士達。かなり鍛えられているな。そして信頼されているのだろう、納得はいかんがな。

 王国の兵士達が頑張っている隙に、俺は魔力を高め始める。際限なく、心の奥底から、魂を震わせ、ありったけの魔力を練り上げる!

 開幕に見たソニアの魔法、あれは疑似的にだが「太陽」を作り出していた。だがここで疑問が残る。ソニアは太陽の詳しい仕組みは知らないはず。それなのにあの魔法を生み出した。恐らく温度を極限まで高めた結果があの球体なのだろう。どこまで高温になるか? の果てにあの魔法に行きついたと思われる、まあ、俺の想像でしかないがね。それと本物の太陽なんて作り出したら地表にある物全てが蒸発するだろうさ。

 ここからが本題だ。俺がやろうとしているのはその真逆、極限まで温度を下げる事。氷点下、超低温、極低温……その先にある究極の低温、摂氏マイナス273度の世界。

 俺が魔法をイメージをし始めると、俺の周りの気温が下がり始めてきた、吐く息が白くなる。いかんな、魔力が漏れている。制御が甘いのだろう、後でみっちり訓練を積まねばな。

 どうやらあのサイクロプスは、どういう原理か不明だが受ける攻撃を弱体化、もしくは無効化していると思われる。でなければ剣や魔法で攻撃を受けて、大した傷が付かないのは説明出来ない。

 俺が何をしようとしているか理解したのだろう、横で『賢者殿』がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。今すぐにこの横面を殴りたい……だが今は我慢だ。魔法に集中するぞ。

 限界まで魔力を高めた。これ以上は俺の体がもたない、今にも体の内側から破裂しそうだ!

「行きますっ! 皆を退避させて下さい!」

「総員、その場から素早く退避するのじゃ! 巻き込まれるぞっ!」

 賢者殿の警告を聞き、騎士団の面々が素早くサイクロプスから離れる。そして魔法を放とうとしている俺とサイクロプスの目が合った。出会ったばかりで済まないが、これでお別れだっ!

「コイツで、安らかに眠れっ!」

 極限まで高めた魔力を魔法として解き放つ! すると直後に変化が訪れた。サイクロプスの足元が徐々に凍り付き、それが脚へと伝播し、腰、胸、肩、腕と次々凍り付き身動きが取れなくなっていく。サイクロプスが異変に気付き何とかしようと足掻くが、もう手遅れだ。凍結は遂に首へと伝わり、最後に頭頂部も凍り付いた。ピキピキという甲高い音が鳴り響き、サイクロプスが完全に凍りに覆われた。これにてサイクロプスの氷像の完成だ。剣や魔法が効かなくても生物である以上は、あの温度で包まれては生きられまい。

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