第26話 『大氾濫』に対する最後の準備

 それから数日は、周辺の探索をメインに活動し、空いた時間に魔法の訓練をするという日々を送った。お陰で魔力のコントロールは格段に上達したな。五十メートル先なら魔法を発生させられるようになった。あの「賢者殿」に追いつく日が来るのだろうか? まあ、日々精進だな。ゆっくりと成長していこう。

 そんなある日、ライアンからギルドに顔を出すようにとの呼び出しがあった。御指名は俺一人だったので、嫁達と別行動することになった。

 支部長室に通され、ライアンと面会した。ライアンの表情は暗く憔悴しょうすいしていた。まともに休めていないのかもな。

「大丈夫ですか? 顔色があまり良くない様ですが」

「ああ、大丈夫だよ。心配させてすまないね」

 この町が存亡の危機にさらされているのだ、休んでいる暇は無いという気持ちは理解出来るが、無理をして倒れられても困るぞ。

「それで急な呼び出しでしたが、どのような話で?」

「……町周辺での異常報告が急増しているんだよ」

 成程、遂に来るのか。

「『大氾濫』が来ると?」

「恐らく……しかも想定よりもずっと早くね……」

 前回は異変発覚から一か月程だったのに対し、今回はたった数日だ。準備は進んでいるのか?

「その準備に少し問題があってね、冒険者の集まりが悪いんだ……まあ、魔物モンスターの大群を相手にするとわかっているのに、進んで来ようなんて物好きが少ないのは仕方ないが……」

 命あっての物種ものだねと言うし、その気持ちは分かる。だが俺達に逃げるという選択肢は無い。俺達の目的に関する何かしらの手掛かりが得られるかもしれないからな。

「無責任な事は言えませんが、俺達も全力でこの町を守りたいと思います。ですので気をしっかり持って頑張って下さい」

「そうだね……支部長がこれではいけないな。ありがとう、君に相談して良かったよ」

 幾分か表情が柔らかくなったかな? かくライアンにはリーダーシップを発揮してもらいたい。苦しいかもしれないが、頑張ってほしい。

「ああそうだ、城門の上に『鐘』が設置してあるのは知っているかい? 緊急事態を知らせるものだよ。遠くまで響くから聞き逃す事はないと思うけど、一応気を付けておいてね」

 そういう設備があるのは助かるな。なるべく町の近場で過ごすとしようかな。

「わざわざすまなかったね。こちらもやれる事を頑張っていくよ」

 その様な会話を最後に、部屋を後にする。なんてことはない「状況は最悪です。準備が間に合いません。ごめんなさい」という話だった訳だ。俺としては想定の範囲内ではある、想定していた中では悪い部類だがな。これは確かに嫁達に聞かせない方が良い話だった、特にリラ。彼女はこの町を守るという意思が人一倍強い、鬼気迫るものを感じる。そんな彼女にこの話をすれば、悪戯いたずらに不安を煽るだけだ。

 そんな事を思っていた日の夜、夫婦の営みを終え、ふとリラを見ると不安な表情を浮かべていた。

「リラ、どうかしたのか? 何か不安事があるのか?」

「……町の人が……たくさん死んじゃう……そんなの嫌……」

 今回もまた十年前と同じになるのでは……と、それで不安になっていたのか。嫁を不安にさせるとは夫失格だな。

「大丈夫だ。リラは一人じゃない、俺も、マリーも、プリムラもいる。俺達を信じてくれ」

 そう言いながらリラの唇にキスをし、優しく体を抱きしめた。

「そうですよ? 私達は家族ですから、遠慮はいりません、何でも相談してくださいね?」

「ワタクシ達は貴女を守り、貴女の大切な物も守りましょう。約束しますわ」

 マリーとプリムラもリラを抱きしめる。そうだ、俺達は家族なんだ。君を悲しませる全てを粉砕してみせよう。

「……ありがとう……みんな……大好き……」

 やがてリラは安心したのか、ゆっくりと目を瞑り穏やかな寝息を立て始めた。

 万が一にはを使う事も検討しなければな。出来れば使いたくないものだ。万が一『賢者殿』に見られたらと思うと憂鬱ゆううつになる。説明が面倒だからな。




 それから数日後、いつもの様に外に出て調査に行こうとした時だった。森の方角から何者かが猛ダッシュでこちらへ向かってきた。どうやらただ事じゃあなさそうな雰囲気だ。

「どうした、何かあったのか?」

 走って来たのは冒険者の男だった。何事かと話かけたが、鬼気迫る表情で察してしまったよ……遂に来たかと。

「も、も、魔物が……魔物が大群で押し寄せてきたっ‼」

 ここは城門付近、当然門番のグレッグも聞いていた。

「! おいでなすったか。レオン! お前さんはギルドにこの事を伝えてくれっ! 俺は町の連中に知らせてくる!」

「承知した。こちらは任せておけ」

「頼んだぜっ!」

 グレッグに別れを告げ、全速力でギルドへと向かう。その道中で大きな鐘の音が何度も響き渡った。これが例の鐘の音か、残念だが今は音に聞き入っている場合ではない。そしてギルドに入るや否や受付で仕事をしていたハンナに向かって叫んだ。

「ハンナさん! 大至急支部長に連絡を! 『大氾濫』が発生したと!」

 俺の言葉の意味が理解できなかったのか、ハンナは少しの間キョトンとしていたが、やがて顔を青ざめさせ勢いよく立ち上がった。

「し、至急支部長に連絡しますっ!」

 そう言うとハンナは支部長室へと走って行った。

 大きな声を出していたからだろう、ギルド内にいた人々も『大氾濫』のワードを聞きつけざわつき始めた。

「お、おい『大氾濫』だとよ、マジかよ?」

「つ、遂に来たか……う、腕が鳴るぜっ!」

「落ち着きなさい。声が震えてるわよ?」

 騒ぎは津波のように広がり、ギルド内部は阿鼻叫喚あびきょうかんの渦に飲み込まれた。

 さてどうしたものか……とは言え新米の俺が何を言っても無駄であろうしな。

「諸君、静かに」

 暫くの間、事の成り行きを見守っていたが、奥の部屋からライアンが登場したことで場のざわめきが収まった。流石の統率力だな。

「来るべき時が来ただけにすぎん。少々早めだがね……冒険者諸君っ! 今こそ我々の力を見せつける時だっ! 必ずや、この町を我々の手で守るぞぉ‼」

「「「うおぉーーーーっ‼」」」

 ギルド内で雄叫びが上がる。臆している者は見当たらない、戦意は上々だな。

「我々は市民を守る為、町の外で迎え撃つ! 南門に集合したまえ」

「「「おうっ‼」」」

 ギルド内にいた冒険者は、勇み足で南門に向かって行った。さて、俺はライアンに伝える事があるんだった。

「支部長、相談があるのですが」

「何だい? このタイミングで相談とは」

「魔物の群れに対する攻撃の初手は俺に任せて欲しいのですが、構いませんか?」

「……何か作戦があると?」

「はい、上手くいけば敵の数を大幅に減らせるでしょう」

 ライアンは俺の言葉を聞いて、しばらく目を瞑って考えていた。

「……わかった。君を信じて任せるよ」

 色々と葛藤かっとうはあっただろう、だがそれでも俺を信用して任せてくれたようだ。期待には応えるさ。

「ありがとうございます。ド派手な一撃をお見舞いしてやりますよ」

 ライアンに別れを告げ準備の為に一度「そよ風亭」に戻る事にした。

 宿に到着すると、ナッシュとポーラが冒険者の装いで待機していた。まさか二人とも戦場に出るつもりか?

「……お二人も戦いに?」

「ええ、もちろんよ。これでも私達は元冒険者なんですよ? 足手まといにはならないわ」

 そう笑顔で告げるポーラ。後ろでナッシュも頷いている。やはりか……しかし心配になるな。

「ごめんなさいね、もう行かなきゃ。部屋は自由に使っていいからね?」

 そう言って、足早に外へ出て行ってしまった。あの夫婦が心配なのはもちろんだが、リラの事もそうだ。あの二人が戦いに行くと聞いてからずっとそわそわして落ち着きが無くなっていた。ここは俺が気を利かせる所だな。

「リラ、あの二人の傍にいたいのだろう? 行っておいで」

「……いいの?」

「ああ、リラにとってあの二人も「家族」なんだろう? なら遠慮する事ないさ」

「……ありがとう……行ってきます」

 晴れ晴れとした笑顔で元気な返事をしてリラは、二人を追いかけて走り出していった。それでいい、リラには沈んだ顔は似合わないさ。

「では、俺達も部屋に戻り「召喚」の準備を始めようか。準備が出来次第城壁に上りたい。そこからなら魔物の姿が見えるだろう」

「はい」

「ええ、わかりましたわ」

 既に俺の中で、今回召喚する『嫁』は決めていた。

「それで、今回はどのような方をお呼びになるので?」

 そう言われ、ガーベラを指輪からノートパソコンに変形させ、今回の条件を入力していく。

「見てくれ、今回の『嫁』はこれでいこうと思う」

 そして画面に表示された条件は、

 :年齢――不問

 :種族――エルフ

 :職業――魔法使い

 :容姿――端麗

 :スタイル――抜群

 :その他、備考――魔法に精通している事。『賢者』エフィルディスに匹敵する魔法の使い手

「その、旦那様? 流石にこの条件では……」

「あの賢者様に匹敵するなど、無理ではなくて?」

 条件を確認したマリーとプリムラが、同じ個所で苦言を呈してきた。気持ちは分かる、だが今はこれ位の力が無ければ困る。それ程に切羽詰まっているのだから。

「それに、該当無しとなればそこまで。条件を緩和させて次善策を取るさ」

 そもそも、俺が求めているのは『最高の嫁』だ。妥協などありえん。その為に『エルフ』を指定したのだからな。可能性を少しでも高める為に。

「では、城壁の上に向かうぞ」

 城壁の上には誰もいなかった。普通は兵士が詰めているものだが、人手不足がこんな所にも影響しているのか、俺としては都合がいいので助かる。

 わざわざ城壁の上に来たのは、召喚→即、攻撃の流れを作りたかった。恐らくこの戦、初手で全てが決まるぞ。

「さて、肝心の魔物共だが……見えたな。確かに凄い数だな」

 遠目に見えてきた魔物の群れは、まさに津波のようだった。

「あれが、全て魔物ですか?」

「実際に目にすると、凄まじいものですわね」

 マリーとプリムラも驚きはするも、気負いや不安はないようだ。頼もしい嫁達だよ、本当にね。

「旦那様。こちらはいつでも戦闘可能です」

「ふふ、どれ程の数の魔物がいようとも、全てワタクシの剣のサビにしてやりますわ」

 嫁達は気合十分、俺も二人に倣うとするかな。

「さあ、始めるぞっ! 我が呼びかけに応じ現れろ。新しき『嫁』よ!」

『……検索しています。しばらくお待ちください……繰り返します……』

 おや? ガーベラが今迄に無いリアクションを。検索が長引いている? もしかしてヒットしないのか? 気合いを入れて慣れない口上まで披露したのに。これでは俺はただの「痛い人」ではないか。

(『中二病』って言うんだっけ? キミみたいな人の事)

 黙れっ! 改めて言われると余計に恥ずかしいだろうがっ!

『……お待たせしました。該当者の存在を確認しました。召喚を開始する前に『神域』への転送を開始いたします』

 ふう、ガーベラの言葉で多少は落ち着けたよ、ありがとう。そしてどうやら召喚は成功のようだな。検索する項目が増えれば増える程、要望の達成が難しい程、時間もかかるのが必定か。次の瞬間、毎度お馴染みの光るエフェクトと何やら足元に魔法陣らしき物が浮かび上がって来た。なんだ? こんなものあったか?

(どうだい? 追加してみたよ。それっぽく見えるでしょ?)

 神の仕業か……こんなくだらない事より、もっと有益な事をして欲しいものだな。 

 そんなやり取りを挟みつつ、例の「神域」へと転送された。

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