第19話 謎が謎を呼び、状況は後手に回る一方だ
カルディオスの町に戻って一息つく間もなく、早足でギルドへと向かった。
中に入り、ハンナがいるカウンターに素早く近づき、前置きも無しに話しかけた。
「すみませんハンナさん。大至急、支部長と面会したいのですが」
「! わかりました。少々お待ちくださいっ!」
俺の真剣な表情と「大至急」という言葉から、アンナは緊急の報告があると察したのだろう。大急ぎでライアンを呼びに行った。
一分も経たずにライアンが姿を見せた。俺達のただならぬ気配を感じ取ったのだろう。
「……奥の扉から買い取り場へ直接行ける。そこで話を聞こう」
そうして俺達は買い取り所へと場所を移した。本来は職員専用の入り口なのだが、特別に利用を許可された。
買い取り所では、既にバルガスが腕を組んで待機していた。
「とりあえず魔物を出しやがれ。話はそれからだ」
単刀直入で切り出してくる素晴らしい対応だ。こちらも余計な説明が省けるというものよ。
キマイラの
「……おいライアン、コイツに見覚えあるか?」
「いや……私も初めて見るよ。リラ君も見覚えが無いんだね?」
「……うん……知らない……」
元冒険者のライアンも知らないとなると、本当に新種の可能性があるぞ。
「しかし、こいつはどうなってやがるんだ? 色んな
バルガスが首を
「……レオン君、すまないが王都にあるギルド本部まで、報告に向かってくれないかい?」
ずっと黙っていたライアンがそのような事を言い出した。
「ギルド本部……ですか?」
一体どういう事だ?
「本部の人間なら何か知っている可能性もあるし、そうで無ければ新種の魔物として登録することになると思う。登録は本部でしか行えないからね」
成程、確かに王都ならより多くの情報が集まってくるか。多少は期待出来るか?
「これも君達への依頼という事にしておく、追加で報酬を払おう。頼めるかい? 情けない話だが、この依頼を頼めるのが君達しかいないんだ。王都からの増援も
まあ、仕方がないか。人材不足はどうしようもない。動けるものが動くのが効率的で良いし、ましてや今は時間が何より大事になる。
「わかりました。明日、朝一番で王都へ向かいます」
「助かるよ……リラ君、済まないが案内を頼めるかい?」
「……わかった……一緒に行く……」
リラが道案内をしてくれる事に決まった。信頼出来る者が一緒で助かるよ。
「王都本部にはこちらから連絡をしておこう。リラ君がいれば最優先で対応してくれるだろう」
これは助かるな。急いで行ったが何時間も待たされるなぞ御免だからな。
取り敢えず、緊急の要件は終わり恒例の流れになりつつある、魔物の素材の買い取りを行う。とそこで事件が
「こいつはっ! ダッシュバードじゃねえか。しかも傷が少なく仕留めてから時間も経ってねぇ最高の状態だ!」
バルガスの叫びが響き渡る。途端に周囲がざわつき始める。一体何だ?
「ところでだ……こいつの肉はギルドに卸してくれんだよな?」
今度は打って変わって、静かに訪ねてきた。一体どうなっている? ああ、そう言えば。
「高級食材らしいですね、この魔物は。俺も味に興味があるので食べてみたいと思いますので……半分くらい貰えればいいかと……」
俺と嫁二人に、リラ、それとハンナとその両親の七人分、この魔物の大きさから考えれば半分でも多いくらいかな? と思っていたが。
「なあ……残りの半分、俺に譲ってくれねぇか? いつもお前さんが持って来た魔物を
そう提案してくるバルガス。何だろう? 静かな語り口調とは裏腹に、物凄に圧力を感じるが……まあ、問題は無いと思い「いいですよ」と答えようとしたその時。
「待ちたまえ。職員の不正を見逃すわけにはいかないな」
ライアンが割って入って来た。なんだ? こちらもバルガスと同じでただならぬ雰囲気だぞ?
「ちっ、余計な事を……客の好意で素材を譲ってもらう。これのどこが不正なんだよ? あぁん?」
「ギルドに卸された素材の所持権は、そのギルドの責任者……つまり支部長である私にある。彼は「ギルドに卸す」と言っているのだ。規則を守ってもらわなければ困るな」
「おいライアン! ふざけんじゃねぇぞ! ただ単にてめぇが食いたいだけじゃねぇかっ!」
「そ、それは言いがかりだ、バルガス! お前のわがままでギルドの規則を破るのは許さんぞっ!」
非常にどうでもいい言い争いが始まった。
「いいぞっ! やっちまえっ!」
「親方っ! 支部長の横暴を許すなっ!」
「肉をっ……俺達にも肉をっ!」
更に職人連中も
それだけこの肉が美味しいと言う事なのだろうが。仕方がないな、面倒事に巻き込まれる前に、この場から離脱するとしようか。やれやれ……。
「バルガスさん、ダッシュバードの肉ですが、今晩の食事で食べたいと思うのですが、今捌いてもらえますか?」
「おっ、いいぜ? やっぱこいつは新鮮な内に調理するのが一番だ!」
そう言ってバルガスは手早くダッシュバードを解体していく。その手際は素人の俺でも理解出来る程、素晴らしいものだった。あっという間に肉ブロックが出現した。因みに、肉以外の部位も使い道があるそうだ。特に羽が装飾に使用する為人気だとか。
「ほれ、お前さんの分の肉だ」
二等分にされた肉ブロックの一つを受け取る。それをアイテムボックスに入れ、別れの挨拶をする。
「では俺達はこれで失礼しますね。残った肉の処遇は皆さんでご自由にして下さい」
背後の喧騒を尻目に、ギルド内部へと退散した。因みにハンナも一緒だ。
「すみません、レオンさん。支部長とバルガスさんが迷惑をかけてしまって……」
開口一番、謝罪の弁を述べるハンナ。彼女が謝る必要はないのだが……苦労人だな。
「大丈夫ですよ、迷惑だなんて思っていませんから」
俺が笑顔で言うと、ハンナはほっとした表情になった。そうだ、丁度聞きたい事があったんだった。
「ここに置いてある本は持ち出しても大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ? 但し、紛失や破損させた場合はお金を頂きます」
良かった、じっくりと調べたい事があったから助かる。
「これと……これと……それにこれだな」
三冊の本を借りる事にした。二冊は魔法に関する本、もう一冊はこの世界の歴史に関する本だ。
ギルドを出て、明日に備えて買い物をする事にした。初めての長距離移動だ、必要な物が沢山ある。先輩冒険者であるリラに必要な物を聞きながら買い物をした。特に水筒は必須アイテムだそうだ。普段なら魔法で水を生み出せば良いが、ダンジョンや野宿などでゆっくり休めない状況になった場合、少しでも魔力の使用を控える必要が出てくる。そんな時にあらかじめ用意した水筒で喉を潤すそうだ。それに保存食も買い込んだ。アイテムボックスがあるので、量を気にせず買い込んだ。荷物が増えてしまうので、本来は必要最低限しか買わないらしい。アイテムボックス様々だな。
『そよ風亭』に戻ると、女将のポーラがテーブルを拭いていた。
「あら、お帰りなさい」
テーブルを拭いていた手を休め、こちらを見た。すると目を大きく開き、手に持っていた布巾を放り出しリラ目掛けてダッシュし、力強く抱きしめた。
「リラっ! 帰ってきたのね? ずっと連絡しないで……心配したのよ?」
そんなポーラの目からは、一筋の涙が
「……ごめんなさい……それから……ただいま……」
厨房にいるナッシュが優しい目で抱き合う二人を見ていた。ハンナは幼馴染と言っていたが、どうやらそれだけではないようだな。
その後「ごめんなさいね」と言って、ポーラは仕事に戻っていった。
何だか湿っぽい空気になった店内の空気を変えようと「例のアレ」を取り出した。
店内はちょっとしたお祭り状態になった。原因は勿論「例のアレ」こと、ダッシュバードの肉だ。今晩の食事に使ってくださいと言ったら、ポーラもナッシュも大きな声で歓声を上げた。先程までの雰囲気を吹き飛ばす勢いだ。更に、その場にいた他の宿泊客も喜んでいた……中には興奮のあまり躍り出す人もいて唖然としてしまった。
そんなトラブル(?)もあったが、俺達は部屋に戻った。当然だがリラは別の部屋に泊まるとの事。
夕飯まで、時間があったのでギルドから借りてきた本を読むことにした。
本のタイトルは『魔法を使う為の基礎知識』だそうだ。俺が知りたかったのは魔法――もとい魔力についてだ。ざっと本を読んでわかった事は。
・魔力は全ての生命が持つエネルギーの一種である。
・魔力は空気中にも含まれる。
・魔力を使い切っても死亡はしないが、意識の
・魔力自体は決まった形・特性・指向性を持たない。
・魔力の形・特性・指向性を定める事で、それは「魔法」になる。
・形・特性・指向性を定めるためには、自身の経験と知識が重要である。
・効果や範囲を大きくする場合、それに比例して魔力も消費する。
大まかに言えばこんな所かな。俺が考察していた内容とほぼ同じだったよ。特に重要なのが「自身の経験と知識」という所だ。
極端な話をすれば『火を見た事が無い者は魔法で火を起こす事が出来ない』という事だ。俺にとってはこれ以上無い位、有利な条件だ。何故なら、元の世界のありとあらゆる事象・現象を魔法で再現出来るという事に他ならない。
出来ればそれらの手段は「切り札」として隠しておきたいな。まあ、それにはまず、その魔法を習得する所から始めなければな。
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