第14話 再びの「強敵」現る

 光が溢れるいつものエフェクトを経て、森の中に戻って来た。

「まあまあ……これが別の世界ですの? とても暖かい場所なのですね」

 俺としては、可もなく不可もなくといった気温なのだが、彼女は違うのか?

「ふむ、プリムラが居た場所はここより寒い所だったのか?」

「ええ。我が国は年中雪に覆われた場所でしたわ」

 成程、雪国出身ならこれくらいでもとても暖かいと感じるのか。

「さて。現在俺達は周辺地域の異変調査をしている。詳しく説明すると……」

 新加入のプリムラに『大氾濫』について説明した。十年前に起こった悲劇、そして再び『大氾濫』が襲い掛かってこようとしている事を。

「成程……このままでは多くの善良な民が悲劇に見舞われてしまうと……それは何としても防がなければなりませんわ!」

 気合十分といった感じのプリムラ。王族としての血が騒ぐのだろうか。生まれつきそう教育されてきたのだろうが、それを実践しようとする者は少ないだろう。一層彼女が好ましくなるよ。

「とりあえず、川の付近まで行ってみよう」

 川へ向かう道中も、魔物が襲ってくるが今の所変わった魔物はいないな。

「よし、到着したな。一先ずこの付近で様子を見ようと思う」

「はい」

「わかりましたわ」

 川に着いて小一時間程、魔物と戦ったが特に異変はなかった。

 その間にプリムラを交えた連携の確認も行った。俺が想定していた通りの戦術が取れた。即ち、プリムラが突撃し、マリーが追撃を仕掛け、俺が止めの一撃を入れる。三人になった事により、より一層安全に、そして確実に戦うことが出来ているな。これならば多少格上の相手でもやれるはずだ。とは言っても油断は禁物だがな。

「もう少し奥へ向かおうと思うが、どうだろう?」

 安全マージンを取りつつ、何かしらの手掛かりを掴みたい。前情報通りなら、残された時間はあまり無いはずだ。

「問題無いと思います」

「よろしくてよ」

 警戒を強め、普段より密集して森の奥へと進む。歩く速度は落ちるが仕方がない、

 安全重視だ。

 奥へと進んでいると不意に「あの感覚」が襲ってきた!

「旦那様っ!」

「これは一体なんですのっ⁉」

 経験した事のあるマリーは素早く戦闘態勢に移行。プリムラは初めての感覚に戸惑っていた。迎撃げいげきの準備が出来ていない。

「プリムラ。少々手強い魔物が現れるだけだ。冷静に対処すれば何も問題無い」

 俺は静かに、そしてゆっくりとした声色でプリムラを諭す。

「……助かりましたわ。自分の未熟さを痛感しますわね」

 プリムラは俺の言葉で冷静さを取り戻し、大剣を構える。

 しかし状況は悪いと言わざるを得ない。木々にはばまれ視界が悪い事に加え、足元も草木で覆われて機動力が低下している。厳しい戦いになるな。

 ここで待ち構えずに川の付近まで戻る事も一瞬考えたが、敵の速度が判らない状況では後ろから襲われる危険もあり、ここで迎え撃つ選択肢を取った。そして俺のこの判断は間違っていなかった事が証明される。 

 目の前の木が大きく揺れたと同時に、何者かが飛び出してきて俺達の頭上から強襲する!

 狙いは俺だったようだ。急ぎ飛び退いて攻撃を回避し敵の正体を確かめた。そこに居たのは立派な体躯を誇る『虎』だった。

 虎は奇襲が失敗に終わると、再び木の上に飛び乗った。そして木々の間を高速で行き来する!

「忍者かっ⁉」

 思わずそう叫んでしまったが、このような理不尽な動きをされればそう言いたくもなる。

「くっ⁉」

「どうすればいいんですの⁉」

 虎はマリーとプリムラにも襲い掛かる! 攻撃自体は直線的な動きで分かり易く何とか対応は出来ている。

 相手の攻撃は回避出来ているが、自分達が攻撃する隙が無い。回避の後に攻撃しようにも、虎は即座に木の上へと移動してしまう。これではらちが明かないな。ならば多少無理したとしても攻撃するしかない。覚悟を決めるか。

 おあつらえ向きに、虎が俺目掛けて襲い掛かって来た。ギリギリまで回避を我慢して……接触する瞬間に攻撃と回避を同時に繰り出す!

「ぐっ⁉」

 鋭い爪で腕を切りつけられる。血が噴き出し痛みで顔をしかめるが、こちらの攻撃も手応えありだ!

 俺の槍は奴の横腹を突き刺した。虎も血が噴き出し地面にしたたり落ちている、思ったより深手を負わせる事が出来た。

 慌てて木の上に飛び乗り姿を隠す虎。傷を負った為か、攻撃の手を止め様子を見ている。だがそれは悪手だぞ?

 ポタッ……ポタッ……。

「そこだっ!」

 血が滴る音の方角に狙いを定め『風の刃』を放つ! 

『風の刃』は枝や葉で身を隠していた虎に見事命中し、木の上から落下し地面に打ちつけられた。

「プリムラっ!」

『風の刃』と落下の衝撃で動けない虎。そこへプリムラが一気に間合いを詰めて、大剣を上段から勢いよく首に向かって振り下ろす!

 大した抵抗も無く虎の首が切り落さされる。数舜後に血が噴水の様に噴き出した。

 魔物が事切れたのを確認し大きく息を吐き出すと、途端に腕の痛みが襲ってきた。戦闘中は気にならなかったが、緊張が解けた為だろうな。

「旦那様っ!」

「ああ……腕から血がこんなに……大丈夫ですの?」

 血相を変えて二人が駆け寄って来た。言われて気付いたが、腕から血が流れ地面に滴り落ちていた。痛みの感覚よりも傷が深いな。

 予め買っておいた『回復薬』を取り出し、口に含んだ。次いでアルコール成分を飛ばしたワイン(要は葡萄ジュース)で飲みこむ。この世界の回復薬は「粉」が一般的だ。そして『良薬は口に苦し』と言わんばかりに不味くて苦いのだ。慣れた者はそのまま嚥下えんげするのだとか。俺は未だその領域に達していないので、この方法を使っている。

 ふむ。ゲームでよくある様な液体の回復薬があれば、物凄くヒットしそうだな。暇な時に少し研究してみるか。主に俺の為にだがね。

 余談だが、ワインからアルコールを飛ばしたのは俺の手作業だ。魔法の力ってスゲー、と思った瞬間だな。わざわざワインを選んだ理由は簡単、この世界では「水」が高価だから。単純だろう?

 回復薬を飲むと傷がみるみる塞がっていった。店の店主に「こいつはキクぜ~」とお薦めされて購入したが、大正解だったな。値段は高かったが、後程追加で購入しに行こう。

「心配をかけてしまったな、済まない。奴を倒すにはあれしか思いつかなかったんだ」

 魔力で身体強化をしてこれだからな。昨日のオークとは比べ物にならない強さだ。防御力こそオークより下だが、攻撃力、素早さ、何より地の利を活かした立体的な攻撃方法。低ランクの魔物が基本のこの場所に居るのは不自然だ。となるとこれも「異変」の一つなのだろう。

「二人なら、あの敵に対してどう戦った?」

 参考までに聞いてみる。さて二人はどう答える?

「私には敵を一撃で倒せる力が無いので、少しずつ攻撃して時間をかけて倒す事になると思います」

 マリーなら、その戦い方がベストだろう。長時間の戦いになるのがネックだが。

「ワタクシなら、あなた様と同じ方法で戦うでしょう。もっともも、ワタクシにはあなた様の様に回避は出来ないでしょうから、相討ちになってしまいますわね」

 確かにな。プリムラが奴を倒そうとするなら、一か八かの賭けになるだろう。

 とりあえず報告しに町へ戻ろうと思ったその時、マリーが右腕に、プリムラが左腕にしがみついて来た。

「危ない事はしないで下さい。旦那様にもしもの事が有ったら……私は……」

 体を震わせ涙を流しながら訴えてくるマリー。

 自分の未熟さに嫌気が差すな。勝算があったとはいえ、賭けには違いない。漠然ばくぜんと大丈夫だろうと思っていたのは俺だけだ。周りもそう思っているとは限らない。要らぬ心配をかけてしまったな。

「マリーの言う通りですわ。ワタクシ達を未亡人にしないでくださいませ」

 ユーモアのある言い回しだが、体は静かに震えていた。こうでも言わないと耐えられなかったのかもしれんな。気丈に振舞ってはいるが、二人とも年頃の娘なのだ、俺のように達観出来ているわけではないのだ。

「済まないなマリー、プリムラ。次からこのような事が無いよう努力しよう」

「絶対」とは言えないのは性分だな。自分でも時々嫌になる。

「私も、強くなります。旦那様を守れる様に」

「ワタクシも、守られてばかりでは気が済みませんわ。より一層精進しなくては」

 そうだな、皆で強くなろう。それが一番だ。

 町への帰り際に、魔力による身体強化を二人にレクチャーした。元々戦闘センスは良いのだ、コツを掴めばあっという間に習得出来るだろう。その目論見通りに、二人はあっさりと身体強化を体得した。

 これでマリーは攻撃力が飛躍的に高まり、プリムラは素早さの向上により、一撃離脱の戦法を習得した。これで当面は大丈夫だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る