第13話 嫁になってもらう為に、一生懸命説得(物理)しました

「ワタクシ、昔から心に決めていた事がありました。それは……ワタクシの夫となる方は、ワタクシよりも強い殿方であるべきだと!」

 そう言うと彼女は立ち上がり、大剣を構えた。成程、実に分かりやすくて宜しい。では彼女を納得させて見せようか!

「宜しいでしょう、貴女様が納得するまでお相手致します。マリー、審判ジャッジを頼む」

「承知致しました」

 俺の言葉を聞き、マリーが少し離れた所に移動する。それを追うように、俺とプリムラもテーブルから離れた位置へと歩いていく。

「武器は持たなくてよろしいのですか?」

 無手むての俺を見てそう言って首を傾げるプリムラ。ふふふ、ではお言葉に甘えて。

「武器は持っていますよ。心配ご無用です」

 俺はしたり顔でアイテムボックスに収納してあった槍を取り出す。

「まあ! いつの間に槍が……」

 手品で喜ぶ子供の様なリアクションに、微笑ましくなってしまうな。

「さあ、先手はお譲りしますよ。いつでもどうぞ」

「ふふ。随分と自信がお有りな様子で。では……遠慮なく行かせて頂きますわっ!」

 プリムラが真っ直ぐ突撃し、大剣を振り下ろしてくる! 大味な攻撃だな、回避するのは容易だ。続けて突き、払いと繰り出すがこれも難無く回避。

 その後も彼女の攻撃を回避し続けた。時間にすれば数分か。やがて彼女は埒が明かないと感じ、間合いを取り仕切り直した。

「はぁはぁはぁ……何故攻撃が当たらないんですの? ワタクシの動きが読まれているとでも言うのですか?」

 肩で息を吐きながらそんな疑問を口にするプリムラ。彼女の攻撃を回避し続ける事が出来たのは、幾つかの要因がある。

 一つ目は、彼女の攻撃が素直すぎる事。卑怯ひきょうとか姑息こそくとか、そういった手段を一切使わない真っ直ぐな攻撃。俺自身、そういった戦闘スタイルは嫌いではないが、せめてフェイント位は使って欲しいなぁ、と攻撃を避けている最中に思ってしまったよ。

 二つ目は、俺が『目』に魔力をまとわせている事。試しにとやってみたが、精々視力が良くなる程度かと思ったら、まさか魔力の微細びさいな動き、流れまで見えるとはね。慣れるまでこの視界は違和感だらけだったが、慣れれば強力な武器となる。何せ腕や足の魔力の流れが分かれば、何時いつ剣を振るのか、何時踏み込むのかが丸分かりだ。

 回避に専念していたのは、この視界に慣れるまでの時間稼ぎというわけだ。ではここから反撃開始といこうか!

 攻撃が当たらず混乱しているプリムラに向かって突撃! 槍を鋭く突き刺す――足元へ向かって!

 金属の脚甲で覆われたプリムラの脚に直撃する!

「なっ?」 

 完全に油断していたのだろう、防御も回避も出来ず槍の直撃を受けバランスを崩す。続けて槍の「石突き」を使い、彼女の軸足である左の膝の裏に引っ掛け一気に脚を掬い上げた! 

 プリムラは受け身も取れずに、背中から地面に衝突した。

「がはっ⁉」

 背中を地面に強打し、上手く呼吸出来なくなっているのだろう、短い間とは言え体が硬直し動けずにいた。勿論もちろん、この隙は逃さんぞ。

 プリムラが慌てて起き上がろうとしたが、その前に俺の槍が彼女の眼前に突き付けられる方が速かった。

「……私の勝ちで宜しいでしょうか?」

「ええ……ワタクシの、負けですわ……」

 地面に座り込むプリムラを見下ろす俺。悔しさを滲ませた表情で俺を見上げる彼女。分かり易い「勝者」と「敗者」の構図だ。ショックで放心状態のプリムラ。自分が負けるとは微塵も思っていなかったに違いない。これで約束通り俺の嫁になってくれるだろう。だが、これで終わりではないぞ?

「さあ、立ち上がって下さい。次の試合を始めますよ」

「何故ですの? もう決着はついたではありませんか? これ以上戦っても無意味でしょう?」

 おやおや、先程も言っただろう?

「『貴女様が納得するまで付き合います』と申し上げたではありませんか。それとも一度の勝負で納得されたので? 貴女の実力はこの程度ですか?」

 わざと挑発的な言い方をすると、彼女は立ち上がりこちらを睨みつけながら、

「その傲慢ごうまんさ……後悔させてあげますわっ!」

 大剣を構えなおし、そう宣言した。そうだ、それでいい。何度でも来い。そのことごとくを打ち破ってやろう!

 それから何度、彼女を打ち負かしただろうか? 二十回を超えてからは数えるのを止めてしまった。戦って分かったが、彼女は対人の経験が皆無であるという事。急所や関節を狙うなどの対人戦のセオリーも知らないみたいだしな。何より反撃される事に対応出来ずにいた。

 常に全力で攻撃、その後の隙を全く考慮していない。恐らく彼女のやっていた事は、『型』に沿った素振りがメインなのだろうと推測する。まあ、お姫様だからなぁ……城の兵士が鍛錬の相手をするわけにもいかないだろうし、消去法でそうなったのだろう。

 能力やセンスは抜群にあるのに、技術が全く追いついていない。非常に……勿体無い!

 そして遂に、プリムラは疲労で立っている事が出来ず、地面に大の字で寝ころんでいた。普段ならば「何てはしたない恰好かっこう」とでも言いそうだが、そんな事考える余裕など、今の彼女には無いだろう。

 倒れているプリムラに近づき、彼女を見下ろしながら再びこの言葉を贈った。

「……私の勝ちで宜しいでしょうか?」

 彼女は何も答えなかった。自分の強さに自信があったのだろう。だがそのプライドもズタズタにされた。手も足も出ず、地面にひれ伏すというのは屈辱でしかないだろうよ。

『自分は弱い』という現実をどう受け止めるかだが、決してプリムラの『実力が無い』というわけではない。単純に経験不足なだけで、経験を積めば一気に化ける事が可能だろう。将来性に期待が持てる逸材だよ。

「……ワタクシは……ワタクシが思っていたよりもずっと……弱かったのですね……」

 最初に彼女の鼻っ柱をへし折る必要があった。後々の事を考えればこれは重要な「儀式」さ。下手に増長した事により、油断してパーティを危険に晒されてはかなわんからな。これから貴女の行く世界はこの位の強さが無ければならないと、心と体に教え込んだというわけさ。さて、それではフィナーレと行こうか。

「それで、私は貴女の夫に相応しいでしょうか?」

「……酷い御方おかたですわね……この状況で言えるワタクシの答えは一つだけでしょうに……」

 決まりだな。ならばもうプリムラは俺の嫁だ。しっかりとケアをしなければ。

「(ガーベラ、大きめのソファベッドを出してくれるか?)」

『(了解しました)』

 倒れて動けないプリムラの首と膝裏に手を入れ抱きかかえる。所謂『お姫様抱っこ』というやつだ。

 本物のお姫様をお姫様抱っこする事になるとは、人生何が起こるか分からないな。

「な、何を⁉」

 プリムラが突然の出来事に狼狽ろうばいするが、構わずソファベッドへ横たえた。

「今はゆっくり休むといい。回復したら今後の話をしよう」

「……はい、わかりましたわ」

 俺も一息つこうと椅子に座ると、マリーが紅茶を入れてくれた。

「ありがとう……うん、美味いな」

「旦那様もお疲れ様でした。見事な戦いぶりでした」

 マリーはプリムラをどう見ただろうか?

「マリーから見て、彼女はどうだった?」

「そうですね、しっかりと戦闘経験を積めば……と言った所でしょうか」

 マリーも俺と同じ感想なら安心だ。プリムラの成長が楽しみだな。




 しばしの間、マリーとお茶を楽しんでいたが、プリムラが起き上がる気配がしたので中断する。

「お待たせしてしまって申し訳ありませんわ」

「もう動いて大丈夫なのかい?」

「ええ、こう見えて体力には自信がありますわ」

 ならば始めようか。プリムラを椅子に座らせる。すかさずマリーが紅茶を用意した。素早い仕事ぶりに感心するばかりだ。

「早速で申し訳ないが、今後について議論してもよろしいか?」

「ええ、よろしくてよ」

 とは言うものの、後は簡単な確認作業になるだろう。

「私達と共に来て下さるという事で宜しいでしょうか?」

「よろしいですわ」

「冒険者として生活することに問題はありますか?」

「とても楽しみにしておりますわ」

「贅沢な暮らしはできませんが、我慢して頂けますか?」

「先程も申し上げましたが、問題ございませんわ。それにいずれは王宮と変わらない生活を送る事が出来るのでしょう?」

 満面の笑みを浮かべ、彼女がそう尋ねてきた。そこまで言われたら期待に応えるしかないではないか。

「勿論ですよ。何不自由ない生活をさせると、約束しましょう」

 否が応でも地位や名誉が必要になる。それに付随して金も集まってくるさ。

「最後に、私の『嫁』になって下さいますか? 貴女を幸せにする為に最善の努力をします」

「あら? そこは『必ず』と言う所ではありませんか?」

 確かに、プロポーズの言葉としては物足りないと思うが、そこは許してほしい。

「済まないと思うが性分でな。「絶対」や「必ず」と言った言葉が好きではないんだ。どうしてもと言うならやり直すが?」

 世の中にはな、わざわざ契約内容を複数の書面に残したのに、平気で反故ほごにする愚か者が腐る程存在する。そいつ等のお陰でそう思う様になってしまった訳だ。苦情はそいつに頼むよ。

「その必要はありませんわ。その言葉でも貴方の気持ちは十分に伝わりました」

 彼女は真剣な眼差まなざしで俺を見つめながら、

「喜んで貴方の妻になりましょう。そして、共に生きましょう」

 彼女の返答に俺は大きく頷き、プリムラを優しく抱きしめた。

「ではこれより、俺達は家族だ。何かあれば些細な事でも遠慮なく言ってくれ」

「わかりました。これから宜しくお願い致しますわ『あなた様』」

 新たな嫁を迎える事が出来たな。これからは三人で生活する訳だが、嫁同士の仲はどうだろうか?

「これからよろしくお願いします。プリムラ様」

「『様』は必要ありませんわ、マリーさん。敬称も不要です。年齢も近そうですし、これからは家族になるのですから」

「でしたら私も『さん』はいりませんよ、プリムラ。家族ですから」

「ふふふ、わかりましたわ、マリー。共に夫を支えていきましょう」

 笑顔で挨拶を交わす二人を見て安堵した。どうやら要らぬ杞憂だったようだな。ではもう一人(?)の仲間も紹介する為に、ノートパソコンを出現させた。

「プリムラ、こちらはガーベラ。俺達のサポートをしてくれる、頼れる仲間だ。妖精とか精霊と言えばわかりやすいかな?」

『ガーベラと申します。宜しくお願い致します。プリムラ様』

「まあ! 凄いですわね。一体どういう仕組みなのでしょう?」

 未知の技術を見て興奮しているようだ。微笑ましい光景に、こちらも笑顔になる。

「普段は指輪として存在し、有事の際はこの様な形になり出現する。ガーベラについては後程詳しく解説しよう」

 この場でやれる事は、終わったかな? では現地に戻るとしよう。

「ガーベラ、元いた場所に他の人間はいないな?」

『はい、他の人間の反応は確認出来ませんでした。何時でも戻れます』

「よし、では戻ろうか。転送を頼む」

『了解しました』

 この状況は、噂に聞く「両手に花」と言うやつか。少々の不安もあるが、これからの生活が楽しみだよ。

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