第12話 二人目のお嫁さん(候補)は「お姫様」

「あら? ここはどこですの? ワタクシは訓練場で鍛錬をしていたはずですが……」

 剣を持っているので油断はできないが、いきなり暴れ出すという事はなさそうで何よりだ。さあ、ここからは俺の交渉力の見せ所だ。雰囲気と言葉遣いから、彼女は「姫騎士」で間違いないだろう。うむ、狙い通りだ。

「突然呼び出した無礼をお許し下さい。故あって貴女様をここに召喚させていただきました。申し遅れました、私の名はレオンと申します」

 丁寧な挨拶で出迎える。礼儀作法については、国どころか世界が違うのだから正直言ってその場のノリだ。

「まあ、ご丁寧にどうも。名乗られたのならこちらも名乗るのが礼儀というもの。ワタクシはプリムラ・デルビウムと申します。早速で申し訳ありませんが、ご用件はなんでしょう? ワタクシをさらって金銭でも得ようという感じでは無いようですが?」

 肝が据わっているな、このお姫様は。ならば基本はマリーの時と同じ手順を踏むとしよう。

「少々話が長くなるやもしれません。先ずはお茶でも如何ですか?」

(ガーベラ、紅茶の用意は出来るか? 銘柄めいがらは「アレ」で頼む)

『(可能です。テーブルの上に転送します。)』

 テーブルの上に、ティーセットが用意される。彼女は目を見開いて驚いていた。突然何もない所から唐突とうとつにティーセットが現れたらそうもなるか。

 マリーがプリムラの傍にある椅子いすを引いて、座るようにうながす。

「どうぞ。お掛けになって下さい」

「ありがとうございますわ」

 彼女はマリーの気遣いに笑顔で答える。やはり女性同士の方が警戒は薄いようだ。

「マリー、頼めるかい?」

「はい、かしこまりました」

 マリーは手際よく紅茶を入れていく。

「マリー、終わったら君も座りなさい。君にも関わりのあることだからね」

 三人分の紅茶を給仕し、マリーが着席した。ようやく舞台は整った。手始めにプリムラの警戒心を取り除くのが先決か。

 俺が率先して紅茶を口に含む。続けてマリーも飲み始めた。

「毒を入れるなどという無粋ぶすいな真似は致しませんよ。それは紅茶に対する冒涜ですから」

 それでプリムラはようやく紅茶を飲み始める。

「まあ、なんて美味しい紅茶なのでしょう。香りも豊かで……これはどこで採れた茶葉なのですか?」

 気に入ってくれたようでなによりだ。葉に関してだが、

「その紅茶は『私の世界』で大勢の人に愛されている銘柄ですよ」

 俺の暮らしていた国で「紅茶と言えば?」と問われたら「コレ」と答える人も多いのではなかろうか。まあ、有名なのはペットボトルや紙パック飲料が主だがね。しっかりとした茶葉も売られているんだぞ?

「私の世界とはどういう意味でしょう? それではまるで別の世界があると仰っているようですわ」

「その通りです。私も貴女様も、そしてこちらのマリーも、それぞれ別の世界の住人です。そして私には成さねばならない使命があり、別世界からマリーを呼び、手伝いを頼んだ次第です。そしてプリムラ様にも是非お手伝い頂きたく思い、呼び出させていただきました」

「なるほど、ではその使命とやらを教えていただきたいものですね」

「はい、それは『世界を救う』事です」

 俺のその言葉に、プリムラの眉がピクリと反応した。

「世界を救うとは、随分と壮大な使命ですこと。具体的にはどのようにして世界を救うおつもりでしょう?」

 ふむ、何だか分からんが随分と食いつきがいいな。余程興味があると見える。なら情報の出し惜しみはしない方向でいくか。

「神と呼ばれる存在に、世界を救って欲しいと言われたのが始まりでした」

「まあ、それでは貴方は神の使徒様という事でしょうか?」

「少し違います。成果に対して報酬が発生していますので、私から見たら雇用主といった所でしょうか」

 あんな奴の使いなど、冗談ではない。そんな事になればタダ働きさせられるだろうよ。

「神に報酬を要求するなど、恐れ多いような気がいたしますが……まあそれはいいとして、神が直接依頼をするという事は、貴方にそれだけの能力があるということでしょう。素晴らしいですわ」

 屈託のない笑顔で言うプリムラ。嫌味の無い素直な賛辞に、少々照れくささを感じるが、悪くはないな。

「どうでしょう? ただ自分は全力で依頼をこなすだけですよ。具体的にどう救えばいいかは聞かされていないのです。したがって今は原因の調査をしている段階です」

 紅茶を飲み、一息つく。よし、ここから一気に畳み掛ける!

「そして今、調査の過程で拠点にしている町に危険が迫っている可能性が浮上しました。私達二人では勿論の事、町の戦力も十分とは言えない。そこで戦力の増強を兼ねて、貴女様を召喚する事にしたというわけです」

 話を聞いて、じっと俺を見つめていたプリムラだが、ややあってから口を開いた。

「……何故、ワタクシなのでしょう? 他にも候補の方がいらっしゃったはずです。明確な理由はお有りなのですか? お答え頂けますか?」

 そう問われ、俺は『召喚条件』について話した。俺の要望に合う者。そして共に来る気がある者。それを踏まえた上で、俺はこう言い放った。

「つまり貴女様は現状の生活に何らかの不満があり、それを変えたいと思っていらっしゃるのでは? もしくはやりたい事や成したい事がおありでは?」

 ついでにデメリットについても話さなければな。

「ただその為には、今の地位を捨て平民と同じ生活をしてもらう事になります。今の私では贅沢な暮らしが出来る余裕はございません。情けない限りですが」

 ここで見栄を張っても仕方がない。ありのままの現状を伝えなければ。

「贅沢な暮らしがしたいなどとは思いません。それに、力があってもそれを自由に行使出来ない王族に何の意味がありましょう」

 ふむ、思ったよりもあっさりとした答えだ。とは言え次が本命、どうなるか。

「そして先程申し上げた私の報酬についてですが……単刀直入に言います。是非、私の『嫁』になって欲しい」

「……はい?」

 そう言って彼女は呆けた表情のまま固まってしまった。しばらく動かなかったが、ようやく意味を咀嚼そしゃくできたのだろう、疑問を矢継ぎ早に問いかけてきた。

「嫁……という事は、ワタクシをめとりたいと、そういうことでしょうか?」

「はい」

「ワタクシ達は初対面ですわよね?」

 ふふ、マリーと同じ反応と台詞だな、

「そうですね。ですがこれまでの会話から、私は問題ないと判断しました」

「そちらの……マリーさんでしたか、彼女は貴方の?」

「はい、妻として一緒に生活しています」

「既に素晴らしい奥方様がいらっしゃるのに、これ以上増やす必要は御座いませんでしょう?」

「私はそうは思いませんし、当のマリーも了承しています」

「ワタクシに拒否権はございますの?」

「勿論、強制は致しません。私としましては是非嫁になって頂きたいと思いますが、どうしてもと言われるなら……今回は御縁が無かったという事で、元の場所にお帰り頂く事になります」

 そこでプリムラは言葉を止めた。彼女は目を閉じて熟考し始めた。さて、どのような答えを出すのか。

 やがて眼を開き、彼女は答えを紡ぎ出した。

「わかりました、貴方の使命に協力致しましょう……但し! 婚姻に関しては条件が一つございます」

「条件ですか、それは一体何でしょう? 可能な限り叶うように努力をしますが……」

 さて、どんな無理難題が飛び出すか。怖くもあり、楽しみでもあるよ。

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