第10話 この町の「今」と「昔」と「これから」

 門番のグレッグにも「大丈夫か?」と声をかけられたな。どうやら俺も気落ちしていたようだ。いかんな、顔に出るようではな。

「あ、お帰りなさい。レオンさん、マリーさん」

 笑顔で迎えてくれるハンナを見ると、こちらも自然と笑顔になれる。彼女の人柄が良いからだろう。

「すみません、Dランクではないと思われる魔物モンスターに遭遇したのですが……」

 あのオークらしき魔物について尋ねる。

「はい、どのような魔物でしたか?」

 そう尋ねられたので、特徴を列挙れっきょしていくうちに、ハンナの顔色が変わっていった。

「その魔物の死体は持ってきていますか?」

「はい。持っていますが……」

「でしたら、至急買い取り所にお越し下さい。少々お話を伺いたいと思います」

 わざわざ買い取り所でね。あまり人の多い所では話せない内容なのだろう。

「わかりました。急いだ方がいいですよね?」

「はい、私も直ぐに向かいますので」

 そう言って彼女は奥の部屋に入っていった。かなり慌てていた様子だ。

 ハンナに続きその場を後にして、買い取り所へ向かった。中に居る職人達はのんびりとした雰囲気ふんいきで作業をしていた。

「おう、レオンの坊主にマリーの嬢ちゃんじゃねぇか。今日も素材を持って来たのか?」

 さてどうしようかと思っていたら、バルガスに声をかけられた。俺はここに来た理由を説明した。

「……成程ね、どうやら厄介事になりそうだな」

 俺達が入って来た入り口とは別の扉から、ハンナともう一人筋骨隆々きんこつりゅうりゅういかめしい初老の男が入って来た。

「なんでぇ、ハンナの嬢ちゃんだけじゃなく、支部長様も一緒とはねぇ」

 この男が支部長か。そのたたずまいから、元冒険者なのは一目瞭然。近くに居るだけで威圧感を感じる程だ。むしろ現役だと言われても納得してしまうな。

「君がレオン君とマリー君だね。私は冒険者ギルド・カルディオス支部で支部長をしているライアンだ」

 ゴツゴツした大きな手を差し出してきたので、握手で応じた。見た目に違わぬ力強い握手だった。

「早速で悪いが、君が倒したという魔物を見せてくれないか?」

 単刀直入にそう言われ、オークらしき魔物を取り出す。すると周りにいた職人達が騒ぎ始めた。

「おいっ! これは『オーク』じゃねぇかっ!」

 バルガスが大声で騒ぎだす。周りの職人達も、ざわつき始めた。

「……こいつを何処で仕留めたんだい?」

 ライアンが神妙な顔でそう問いかけてきた。

「森を少し進んだ所にある、川辺ですね」

 俺がそう答えると、今度は皆静まり返ってしまった。

「このオークってやつはよぉ、この辺じゃあ見ない――もっと言えば縄張りが存在しないんだよ」

 沈黙を破ったのはバルガスだった。彼は声のトーンを落としてそう言った。

「魔物ってのはな、よっぽどの事がないと縄張りから外に出ないし、縄張りを変える事もねぇんだよ」

 それはつまり、

「余程の事が起こって、縄張りから移動したと?」

「……十年程前の話だ」

 これまで黙っていたライアンが唐突に口を開いた。

「今回と同じように、森の中でオークが目撃された。見つけたのは当時Dランクのパーティだった。彼らは自分達ではかなわないと悟ると、その場を離れギルドに報告した。ギルドは討伐隊を結成してオークの討伐に成功した。だが話はこれで終わりではなかった。それからこの周辺に生息しない魔物の目撃情報が急増したんだ。低ランクの魔物が多かった為、ギルドも不審に思ったが、大した事は無いと判断してしまったんだ。だが、それから一か月もしないうちに『アレ』が起こった」

 ライアンは目をつむり、喉の奥から絞り出すような声で続きを語った。

「魔物が大量に押し寄せてくる――『大氾濫だいはんらん』と呼ばれる災害が起こった。千を超える魔物が押し寄せ周囲の集落を飲み込んでいった。この町も昔は今の様な立派な城壁ではなくてね、この町を守るために冒険者も兵隊も必死で戦った。私も当時は未だ現役だったからな、死ぬ気で戦ったよ。そして、あちらこちらから応援が到着したこともあり魔物は徐々に減っていった。一日中戦い続け、ようやく終わった時には次の日の朝になっていたよ。明るくなって周りの状況がわかってきた時、言葉を失ったよ……地獄だった。魔物なのか人間なのかわからない肉片がそこかしこに転がっていた」

 周りを見渡して見ると皆、沈痛ちんつうな面持ちで俯いていた。昔を思い出しているのだろう。

「更に最悪な事に、この町を統治していた領主がこの戦いで戦死されてしまった。跡継ぎが居なかった事もあり、復興の指揮を執る者がおらず、立て直すのに時間が掛かってしまった。後に国の主導で復興が成される事となったが、その間に人々はこの町から逃げるように離れてしまった。それが『カルディオス』という町の現状だよ」

 その話を聞いて、色々と得心がいった。この町に来てから感じていた違和感の正体がね。

「この町の大きな城壁が建造されたのは、その時の教訓だな。まあ。そんなわけで今回もひょっとしたら『大氾濫』の兆候ちょうこうかもしれないと思ったわけだ」

 成程、過去の出来事から危機が迫っているかもしれないと。それならばあの慌てぶりも納得だ。

「では、今回はどういう対応になるのですか?」

「まずは町周辺の偵察を増やす。特に森方面だね。それで『大氾濫』の兆候がないか調べる。兆候があれば応援を呼んで抗戦の準備だ」

 妥当な判断だな。我々も協力した方がよさそうだな。

「俺達も協力しますよ」

「ああ、助かるよ。この町には冒険者が少ないからね」

 冒険者が少ないのも『大氾濫』の後遺症だろうな。さて、この世界に来て早々に厄介事に首を突っ込む事になりそうだな。だが同時にチャンスでもある。

「前回の『大氾濫』、原因は判明しているのですか?」

 俺はふと疑問に思ったことを尋ねた。

「ああ、原因は『ドラゴン』だったんだよ」

 ドラゴンだと? どういうことだ?

「本来その場に生息していなかったドラゴンが、偶然か気まぐれか……縄張りを変えてやって来たんだ。当然そこを縄張りにしていた別の魔物が沢山いたわけだが……」

 読めたぞ。つまり、

「新しくやって来たドラゴンを恐れて、魔物が一斉に逃げ出した結果……」

「ああ、逃げた魔物が新しく縄張りを作り、縄張り争いに負けた者が別の場所に移動し新しく縄張りを作る……やがて下級の魔物を中心に移動が活発化して『大氾濫』となる」

 生態系の変化がもたらした『天災てんさい』と言うべきか。

「その元凶のドラゴンはどうなったのですか?」

「国の兵士と冒険者で大規模な討伐隊を編成して倒したよ……多大な犠牲を払ってね」

 大氾濫にドラゴンの討伐と、これで国は国力を落としたのだろう。

「それで国は大丈夫だったのですか?」

「当然、大混乱さ。未だにその時の傷は癒えていない。そんな中、再び『大氾濫』が起きれば……」

 ライアンは沈痛な面持ちで黙り込んだ。その先にある絶望を幻視しまったのだろう。

 先程言った「違和感」の正体がこれだ。これだけ立派な城壁のある大きな都市だというのに、その規模に比べて明らかに人口が少なかったのだ。それに兵士の数が少なすぎる。グレッグ達門番くらいしか見ていない。つまりこの町の防衛に割ける人員が不足しているという事。更に、町を管理する貴族らしき者の話も聞いた事が無い。次に同じ事が起これば……皆が悲壮感を漂わせるのが理解出来た。

「他国に救援は求めなかったのですか?」

 そこまでボロボロならば、恥も外聞も無く周辺国に頭を下げるしかないが。

「……出来なかったのさ。『大氾濫』はこの国だけじゃなく、あちこちの国に波及したんだよ。どの国も自分の所で手一杯で、他国を助ける余裕は無かったわけだ」

 海でへだたれていない限り、そうなるのは必然か。色々と話を聞いたが、ポジティブな要素が皆無ではないか。この場に居る人間全員が黙って俯いている。

 重い空気を嫌ったのだろう、バルガスが声を上げた。

「ところで、まだ魔物の死骸もってるんだろ? ついでに出していけ」

 そう言われ、残りの魔物を全部出した。

「がっはっは、今回も質、量共に最高だな。腕が鳴るぜ」

 バルガスが腕をまくりながら言った。

「成程、実力は十分か……よし! 君達を支部長権限でCランクに昇格させよう」

 その様子を見ていたライアンが、突如そんな事を言い出した。

「支部長? 宜しいのですか? レオンさん達は登録して未だ二日ですよ?」

「今は少しでも優秀な冒険者が必要だ。勿論、難易度の高い依頼が増え命の危険も増えるが、どうする? 受けるかい?」

 考えるまでもないな。

「是非お願いします。少しでもギルドに貢献できるように頑張ります」

「……こんなに礼儀の良い新人は初めてだよ。では早速明日から依頼を受けてもらいたい。内容は『周辺地域の異変を調べる』だ。頼んだぞ」

 そう言ってライアンは部屋を出て行った。




 俺達も挨拶をして宿屋に戻って来た。帰り道も食事の時も会話らしい会話は無かった。あんな話を聞いた後では会話が弾むはずもないか。それにマリーがオーク討伐でのミスを引きずっているようだし、尚更だ。

 魔法を使って身綺麗にした後、寝る前に一言マリーに声をかけた。

「今日の事はあまり気にするな、ミスをしても俺がフォローする。俺がミスをしたらマリーがフォローしてくれ。互いを支え合うのが夫婦だと思っている」

 油断したと言えばそれまでだが、その後の立て直しも完璧だったと思うし、問題はなかったと思うが、それは俺の考えであって彼女は別の考えをもっているのだろう。しかしそれでも彼女の表情が晴れることはなかった。時間が解決するだろうと、ベッドに入り目を瞑った。

 目を瞑り少し時間が過ぎた頃、物音と近くに人の気配がして目が覚めた。泥棒かと一瞬身構えたが、気配の正体がマリーと判明して警戒と解いた。

 さて何の用だろうと思っていたら、そのまま俺のベッドに侵入してきた。

 彼女の方に向き直り、話しかけた。

「どうした、眠れないのか?」

「はい……」

 吐息が触れるほど近くにある彼女の顔は、憂いを帯びて今にも泣きそうな表情をしていた。

「何が不安なのか、聞かせてくれないか?」

 そう言うとマリーは、ゆっくりと心情を吐露し始めた。

「これから先、色々な女性が旦那様の妻となり、旦那様を支えるでしょう。そうなれば私程度の力量では役に立てることが無くなり、捨てられてしまうのではないかと、そのような事を考えだしたら不安で……」

 しまったな、これは俺のミスだ。異世界に来て頼れる人間は俺一人。慣れない地で慣れない生活、これで不安になるなという方が無理であろう。しっかりとした娘だし大丈夫だろうと思ったのが甘かった。これは言葉で何を言っても気休めにすらならないだろう。ならば行動で示すとするか。

「マリー」

「はい……んっ……」

 彼女の背中に手を回し、優しく抱きしめながら、唇を重ねた。

「初めに言っただろう? 幸せにすると。これから先、不安だとかそんな事を考える暇は与えない。覚悟するといい」

「では……証明して下さい。私は幸せだという証を……下さい」

 二人にとって初めての、『本当の夫婦』としての……長い夜が始まる。

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