第9話 再び森へ 二日続けて順調とは……ならなかったか

 窓から差し込む光で目を覚ました。朝かと思い体を起こすと、すでにマリーが起きていてベッドに腰かけているのが目に入った。

「おはよう、マリー」

「はい。おはようございます、旦那様」

 挨拶をしてベッドから起き上がる。どうやらマリーは俺が起きるのを待っていたようだ。別に起こしてくれても良かったのだがな。

 ちなみに、窓は木製だ。マリーが起きて開けたのだろう。

 さて、出かける準備をするかと思い、そこで思考が停止する。

 出かける前には身嗜みだしなみを整えるのが一般的だが、ではくしは? シェーバーは? 歯ブラシは? そもそも洗面台は?

 これは生活用品を買い揃えなければいかんな。何でもかんでも魔法で解決するというのもな……。折角異世界に来たのだ、現地でしか味わえない体験もしたみたい。しまったな、冒険者生活に浮かれていてそのあたりを失念していた。

 しかしそこでふと思った。もしかしてこちらの住人はそれらも魔法で解決しているのか? だとしたら、そういった物が無い可能性もあるのか。

 とりあえずマリーに聞いてみるか。

「身だしなみ、特に髪を整える時、魔法でやっているのか?」

「いえ、私は櫛やブラシを使用していましたが……この世界はどうなのでしょう?」

「それを調査がてら、町を散策――いや『デート』と言うのが良いか」

 そう俺が言うと、マリーは一瞬驚いた表情をしたが、直ぐに笑顔で、

「はい、デート……楽しみです」

 と返してきた。すました顔で。むぅ……こういったやりとりにもう慣れてしまったか。若干の寂しさを感じてしまうな。

「では、支度をして朝食を頂くとしよう」

 そうして階下に降りると、既に何人か食事をしている人が居た。

「あっ、レオンさんとマリーさん、おはようございます!」

 ハンナが元気に動き回っていた。朝から元気で何よりだ。

「おはようございます。朝食を頂いてもいいですか?」

「は~い、今持ってきますね」

 そして出てきた朝食はロールパン二つ、ハム? の様な薄切りの肉数枚、サラダ、スープ、水と、どの世界でも朝食は似たり寄ったりなのかもしれないな。

 朝食を食べ、ハンナ達に挨拶をして町中に繰り出した。

 出発の時にハンナに聞いた雑貨屋に到着。そこで生活に必要な物を買い揃える。

 それと、ギルドに向かう途中の露店で果物を売っていたので二つ買ってみた。リンゴに似た果物だったが、名前を聞いたらまさかの『リンゴ』だった。恐らくこれは翻訳ほんやくで俺の知っている単語に変換している為だろう。この世界にまったく存在しないもの(スマホやPC)などは翻訳されないだろう。現に、マリーにスマホやPCの事を聞いてみたら、「何それ? 美味しいの?」みたいな顔をされたので間違いない。

 買い物ついでに、この町の観光を兼ねてぐるりと一周してみた。

 住民は皆笑顔で明るく、スラムなどもない。いい町だ、神もいい場所に転送したな、少しだけ感謝してやるか。

(えっ? 少しだけ?)

 何か聞こえた気もするが、空耳だろう。

 そろそろいい時間になったので散策を切り上げ冒険者ギルドへ向かうか。

 冒険者ギルドの中に入る。中に居る人の数は昨日と変わらない位だな。受付にハンナの姿もあったので、早速依頼を受けに行くとしますか。ハンナもこちらに気付いたようだ。

「レオンさん、マリーさん。今日はどうなさいますか?」

「Dランクの魔物の討伐依頼を受けたいと思います」

「Dランクは「ビッグフロッグ」、「ポイズンスネーク」、「フォレストベアー」の三種類ですね」

 蛙に蛇に熊ね、面白い。

「森を道なりに進んで行くと、川が見えてきますので、その周辺に生息していますね。後は……毒消しを準備した方がいいですね」

 毒消しか、確かに必要だな。有用な助言は助かる。

「冒険者ギルドの隣にお店があるので、そこで色々役に立つ物が売っています、寄ってみて下さい」

「ありがとうございます。立ち寄ってから出かけたいと思います」

「あっ、それとバルガスさんの所に顔を出してみて下さい。昨日の分の素材の清算がまだですよね?」

 忘れる所だった、この後寄ってみるか。早速行くとしよう。 

「おう、昨日の坊主と嬢ちゃんじゃねえか。待ってたぜ。ほらよ、代金だ」

 買い取り所に着いて早々に、バルガスに声を掛けられた。そして硬貨を乗せたトレイを乱暴にカウンターに置く。

「傷が少なく、量も多かったしな。少々高く買い取らせてもらったぞ」

 トレイをよく見ると、金貨もあった。つまり一万Gを超えたという事だ。

「今日も狩りに行くのか? なら期待しておくかな」

 つまり今日も大量に狩って来いと。いいだろう。その挑戦、受けて立とう。 

「ええ、期待していて下さい」

「がっはははっ! 生きのいい新米が来たもんだ」

 報酬を受け取り、買い取り所を後にした。 

 それから道具屋で毒消しを買い、昨日と同じく門番のグレッグに挨拶して森へ向かった。




 森の奥へと進んで行く傍ら、魔物を狩っていく。昨日散々狩った魔物達だ、特に苦戦する事はないな。しばらく進むと、木々の密度が増えてきた。そこから更に進むと川のせせらぎが聞こえてきた。

 川辺に到着した。川幅はそこそこあり、深さも膝下程度にある中々に大きな川だ。

 丁度いい、ここで『アレ』を試すか。少し開けた場所に移動する。

「少しだけ離れてくれ」

 そう言ってマリーを下がらせる。そして手に魔力を集中。今回試すのは攻撃魔法だ。年甲斐も無くワクワクしてきたよ。

 先ずは『炎』だ。魔力を高め、掌の上に火球を出現させる。実際にやってみて分かったが、この状態では全く熱くないという事だ。恐らくこの状態はあくまでも「イメージ」で、魔法を放つ時に初めて具現化するのだろう。

 その炎を球状にして地面に向かって放つ! 地面に触れると即座に爆発し、陥没させた。『炎球ファイアーボール』と呼ぶべきかな。テンプレート通りだが、これを基本としよう。

 俺は遂に、異世界の地で『炎球ファイアーボール』を放つ事に成功した。思っていた以上に嬉しいな。童心に返った気分だよ。

 続けて、風、水、土と試した。風は鋭い刃物を飛ばし、水は強烈な水圧で潰す、土は大きな礫を発射し物理的なダメージを与える。

 色々試して、分かったことがある。

 魔力というのはイメージ次第で自由に姿や形を変化させる事が出来る。体内の魔力でそれらのイメージを練り上げ、それを放出することで初めて効果を発揮する。つまり「魔力」そのものでは、何の効力もない純粋なエネルギーの塊である。それを様々なイメージで具現化させるのが『魔法』という事だ。正に『万能』という言葉がピッタリな力だな。

 魔法の練習をしている間にも、当然魔物は襲ってくる。まあ、わざと音を立てておびき寄せていたからね。こういう視界の悪い場所では無暗むやみに歩き回らず、「待ち」の戦法が有用さ。

 ビッグフロッグは、ジャンプして頭上からの体当たりと、長い舌を使って対象を拘束こうそくする攻撃を繰り出す。中々に厄介だった。

 ポイズンスネークは、音も無く忍び寄り、不意を突いての噛みつき攻撃。それで毒持ちだからな、戦いに慣れた初心者が油断してこいつにやられるのが容易に想像出来る。

 そしてフォレストベアーは……目の前に居るな。それも二頭同時に現れた。ツキノワグマ以上の体躯たいく。大きく鋭い爪。それが二本足で立ち上がり、大きく両手を広げ威嚇いかくしている。俺とマリー、それぞれ一頭を相手取る。

 フォレストベアーが右手を大きく上げ、勢いよく振り下ろす!

 そんな単調な攻撃、当たってやるわけにはいかんなっ!

 俺は素早くそれを避ける。すると傍にあった木が真っ二つにへし折れた。これを食らえばひとたまりもないだろう。当たればの話だがね。それに、わざわざそんな力比べに付き合う必要は無い。

 素早くバックステップして十分な間合いを取り、先程試した『風の刃ウィンドエッジ』をフォレストベアーの首目掛けて放つ!

 ヒュンッ! という風切り音が鳴ると、フォレストベアーの首が転がり落ち、その巨体がゆっくりと前方に倒れ大きな音を立て地面にひれ伏した。

 マリーを見ると、素早い動きで敵を翻弄しつつ、急所目掛けて鋭い一撃を放つ。正に『蝶の様に舞い、蜂の様に刺す』戦い方だ。

 やがて首筋から大量の血を流し、フラフラと数歩進んだ後、ゆっくりと地面へ倒れ伏した。見事だ。自分の力量を正確に把握し、最善の方法で勝利を得る。実に俺好みの戦い方だよ。

 今日はこの辺りで切り上げ早めに撤収しようかと考えていたところ、突然『それ』は現れた。

「……旦那様、何やら様子がおかしいです」

「ああ、空気が重くなったな。それに何者かの足音が近付いて来ているな」

 その足音はどんどん大きくなってくる。そして足音がする方向に目を向けていると『それ』がゆっくりと姿を現した。

 俺達が見たのは、二メートルを優に超える身長。緑色の肌。でっぷりと腹の出た体。右手には巨大なこん棒。ファンタジー好きなら直ぐに理解できる。こいつは……『オーク』だ。

 マリーに目配せしてオークに突撃する! 先手必勝だ。

 槍の刺突。ナイフの斬撃。全力の一撃だった。だが結果は皮膚にわずかな傷をつけたのみ。

 成程、どうやら「脂肪の塊」ではなく「筋肉の鎧」といった所かな。ならば魔法だ!

 フォレストベアーを倒した『風の刃ウィンドエッジ』を放つ!

 『風の刃』はオークの胸に命中し、深々と傷をつけ血が噴き出すが、致命傷には程遠い。

 オークは痛みで暴れだし、持っていたこん棒を振り回してくる。その所為せいで追撃を入れることが出来ない。時間をかければ倒せるだろうが、この騒ぎを聞きつけ他の魔物が集まって来る可能性も考慮しなければならない。

 悪い予感というのは当たる確率が高いと思うのだが……何故なのだろうな。

 オークの行動を注視していたマリーの死角から、ビッグフロッグが体当たりを繰り出してきた。

「きゃっ!」

 マリーが短い悲鳴を上げ、バランスを崩し倒れてしまった。よりにもよってオークの目の前に!

「……あ」

 慌てて体制を立て直そうとした彼女が見たのは、こん棒を振り上げ、今にも振り下ろそうとしているオークの姿だった。

 無情にもオークはマリー目掛けてこん棒を振り下ろした。マリーの大怪我は確定的だろう、最悪死に至るかもしれん……ただし、俺がこの場にいなければな!

 ガキンッ!

 俺は瞬時にマリーとこん棒の間に割り込み、こん棒を槍で受け止めた!

「っ、重いな……マリー! 体制を立て直せっ!」

 俺の声で我に返ったマリーは素早く後退し、体制を立て直した……ついでに不意打ちをしたビッグフロッグを切り伏せていた。

 それを見て、受け止めていたこん棒を弾き、マリーのそばへと退避した。ひとまず危機は脱したか。

 奴を倒すすべはある。だが……それはぶっつけ本番で制御できる自信が無い。『目印』があれば話は変わるのだが……。

「マリー、奴の頭にナイフを突き刺す事は出来るか?」

「出来るとは思いますが……私の力では致命傷にはなりませんよ?」

「それで問題ない。止めは俺が刺す」

 俺が欲しいのはあくまで「目印」だ。ダメージの有無は関係ない。

「俺が正面で気を引く、隙を突いて攻撃してくれ」

「はい、やってみます」

 オークの正面に陣取り、奴の気を引く。幸い、オークの攻撃は大振りで隙が多く回避に専念すれば、当たることは無い。

 無論、回避だけではなく、しっかりと攻撃を加える。奴にとっては大したダメージではないだろうが、鬱陶うっとうしそうにこん棒を振り回す! 十分気を引けているな。最早、奴の頭にマリーの存在は無くなっているだろう。

 痺れを切らしたのだろう。大きく振りかぶりこん棒を叩きつけてきた! 回避するとこん棒が地面にめり込み、大地を激しく揺らす! 大きな隙をさらしたな?

「はあっ!」

 当然マリーがその隙を逃すはずがない。マリーが背後から跳躍ちょうやくし、こん棒を叩きつけた事により下がった頭部――こめかみ付近にナイフを突き刺す!

「グオォォォッ!」

 オークが痛みで膝をつく。よし、これで決める!

 魔力を纏わせた右手がバチバチと火花を散らす! そう、俺がイメージするのは『雷』だ。高めた魔力を人差し指に集中させる!

 眩い光を放ち、ズドンという大きな音が辺りに響く! 放たれた雷はこめかみに刺さっているナイフに吸い寄せられる。この為にマリーのナイフが必要だったのだ。避雷針の役割を担ってもらうべくね。

 雷を頭に受けたオークは無言で地面に崩れ落ちた。しばらく様子を見ていたが、起き上がる気配はなかった。

「ふぅ……倒せたか」

 手強かったな。早めに敵を倒し切る判断をして正解だった。長引けばこちらが不利になっていただろう。今の魔法は『招雷撃ライトニングボルト』とでも名付けるかな。

「大丈夫か? マリー」

「はい、大丈夫です。お手数をおかけしました」

 大きな怪我はなさそうでなによりだ。

「大事をとって今日はこれで終わりにしよう」

「……はい」

 素早く死骸しがいを回収して、この場を後にする。そして町に着くまで会話は無かった。マリーが気落ちしているのがわかっていたので、今はそっとしておくのがいいと判断した。一応、気にするなとは言っておいたが。気の利いた台詞の一つも言えんとは……情けなくなってくるよ。

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