第8話 宿屋にて 長い一日がようやく終わったな

「ところでハンナさん、この町の宿屋は何処にありますか?」

 外に出ると日が沈み、星が瞬き始める時間になっていた。そろそろ宿に向かおうと思ったのだが、場所を知らなかったのでハンナに聞いてみた。

「あちらに見える青い看板の建物が『そよ風亭』という宿屋になります。私のおすすめですよ?」

 ハンナのおすすめなら外れはないだろうし、そこに決めるか。ギルドからも近いしね。

「そうですね、そこに決めようと思います」

「ありがとうございます! あ、少々お待ちください」

 そう言って彼女はギルドへと戻っていった。しばらくして彼女が戻って来たが、服装が変わっていた。ギルド職員の制服から可愛らしいワンピースに着替えていた。

「仕事は終わりですか?」

「はい、今日はもう上がりの時間ですね」

 それで着替えたというわけか。

「それじゃあ行きましょう」

「案内してくれるのですか?」

「それもありますが、私の家もあちらの方向ですので」

 成程、それならば一緒に行くことは手間にならないな。

 そうして三人連れ立って歩く事二分程、くだんの宿屋『そよ風亭』にたどり着いた。近くで見ると結構立派な建物だ。それに清掃が行き届いている綺麗な外観。これは『当たり』かな。

「さあ、入って下さい」

 そう言って彼女は扉を開け、中に入っていった。ふむ、彼女が何故俺達と一緒に行動したのか分かったぞ。見るとマリーも納得がいったという表情をしていた。

「ただいま~。お客さん連れてきたよ~」

 つまりこの宿屋が彼女の家でもあるわけだ。

「おかえり! なぁに? お客様?」

 店の奥からでてきたハンナに良く似た女性、恐らく彼女は……

「ようこそ『そよ風亭』へ。ハンナの母でポーラと申します。厨房に居るのが夫のナッシュです」

 ここから見える厨房で料理を作っている男性がハンナの父親か。優しそうな爽やかな感じの男性だ。

「初めまして、俺はレオン、彼女はマリーと申します。ここに泊まりたいと思うのですが、部屋は空いていますか?」

 ここに来た目的を話し、挨拶をする。マリーも会釈をする。

「二人部屋でいいでしょうか?」

「はい、それで大丈夫です」

 冒険者ならパーティ単位で泊まるのが一般的だろうしな。特に低ランクのうちは節約も兼ねて。

「二人部屋、一泊200Gです。朝晩二食付きなら300Gになります」

「では、食事付き十日でお願いします」

 ポーラに3000Gを渡す。とりあえず十日でいいな。気に入ったなら追加で泊まるとしよう。

「では部屋にご案内します」

 ポーラの後について行き、二階に上がる。そして突き当りの部屋の前で泊まる。

「こちら五号室になります。鍵はこちらです、鍵を紛失・破損した際は別途料金を頂きます。貴重品などは部屋に置かず持ち歩いてください。盗難・紛失があっても私共では責任を負いかねますので」

「はい、わかりました。気を付けます」

「食事はどうしますか? 直ぐに用意できますけれど」

 そういえばこの世界に来てから何も食べてない事に気付いた。それを思い出したら腹が鳴りそうになった。

「お願いします。用意したら直ぐに向かいます」

「はい、ではお待ちしてます」

 そう言って彼女は階下へと降りて行った。では部屋に入るとするかな。

 部屋は想像より広々としていた。そしてベッドが二つ。大きな収納もある。

「それでは、着替えて食事に向かうとしよう」

「はい、お手伝いします」

「すまない。助かる」

 よろいというのは意外と着脱が難しい、これも慣れなければな。

 お返しとばかりに、マリーの着替えを手伝った。「いえ、大丈夫です」という彼女だが、俺も練習になるといって強引に手伝った。

 マリーの鎧を脱がすと、それまで鎧に押さえつけられていた彼女の爆乳が、零れ落ちる様に姿を現した。改めて見ると、本当に大きいな……。思わず手を合わせて拝んでしまいそうになる。

 顔を真っ赤にして恥ずかしがっている姿はとても可愛らしかった、と記述しておく。

 シャツとズボンというラフな姿になる。マリーも同様だ。こうしてみると田舎の素朴そぼくな若者に見えなくもないか? それはそれとして、丁度いい機会だ『アレ』も試してみるか。

「装備を床に置いてくれないか?」

「? はい、承知いたしました」

 並べられる二人の装備。よく見ると返り血などで汚れている。これを魔法で綺麗にしてみようというのが今回の趣旨だ。

 魔力を手に集中させる。イメージは……水……洗剤……回転……。

 イメージを固めると、魔力を解き放つ。

 魔力が装備の周りで渦巻うずまく。そう俺がイメージしたのは『洗濯機』だ。最初はゆっくり、徐々に高速で回転する魔力。

 やがて魔力が霧散すると、ピカピカに磨かれた装備がそこにあった。よし成功だ!

「これは? 一体何が?」

「そうだな……『洗浄魔法』とでも言うべきか? 効果は見ての通り、物を綺麗にする魔法だ」

 あくまでもイメージした魔法なので、実際に水を出して水浸しにしているわけではない。本当に便利だな、魔法というのは。イメージ次第で何でも出来そうだ。

「さて、それじゃあ飯を食べにいくとしようか」

 洗い終わった装備はアイテムボックスへ収納。その後、外に出て鍵をしっかりとかける。鍵はアイテムボックスへ。

 一階に降りると、エプロンを付けて接客しているハンナが見えた。

「空いてる席に座って待っててね~」

 こちらに気付いて、そう言いながら忙しく動き回っていた。

 言われた通り、空いた席に座る。やがてハンナが料理を持ってきた。

「はいっ! こちら日替わり定食二人前よ。水は一杯目はサービス、二杯目からは別料金ね」

 運ばれて来た料理は、大きな肉の塊、色とりどりの野菜、スープと、質・量共に申し分なし。ここに決めて良かったと改めて思うな。

「それでは、頂こうか」

「はい。とても美味しそうですね」




 うむ、ごちそうさま……美味かったな。

「どうだった? お父さんの作った料理は?」

 食べ終わったのを見計らって、ハンナが声をかけてきた。

「とても美味しかったです。この食事だけでも、この宿屋に決めて良かったと思いました」

「よかった~。そう言って貰えるのは嬉しいわ」

 朝から夕方までギルド職員、夜は宿屋で看板娘と、大忙しだな。疲れもあるだろうに、それを感じさせない接客は見事としか言えない。好感が持てる。

 食べ終わった後の食器をカウンターへ持っていく。

「料理美味しかったです。明日も楽しみにしています」

 そう俺が言うと、

「ありがとう。明日も期待しててくれよ」

 ナッシュは爽やかな笑顔でそう答えた。

 接客で忙しいハンナに手を振って表情が自分達の部屋に戻る。

「ところで旦那様、タオル等で体を拭いたりしないのですか? ハンナさんに言えば持ってきてくれると思います。有料だと思いますが」

 確かにこういう宿に泊まる時は、それが基本だろうが、先程の『洗浄魔法』、それの応用で何とかなると思う。

「先程の『洗浄魔法』の改良版を試したい。服を脱いで近くに来てくれ」

 俺がそう言うと、マリーが顔を真っ赤にしながら服を脱ぎ始めた。シュルシュルという布が擦れる音が聞こえる。それにしてもいきなり「服を脱げ」と言われすぐさま実行するとは、信頼されていると思っていいのかな? 

 形式上は『夫婦』という形だが、未だにお互いの事も完全に理解しきれていない。そんな中で一定の信頼をしてくれているマリーを裏切るような事はしないよう、改めて心に刻み込まなければ。

 服を脱ぎ終わり、下着代わりの薄手のシャツと短パン姿のマリーが目の前やって来た。表情が少し強張っているな、緊張しているのか。それにしても……こう見ると物凄いアンバランスだな。蠱惑的こわくてきな体つきをした美少女のマリーが、下着とはとても言えない微妙な恰好をしている。はっきり言って残念と言わざるを得ないな。これは……大至急どうにかしなければ。

「では、始めるぞ。危険は無いからリラックスしてくれ」

「は、はいっ!」

 未だ若干硬いが、まあよしとしよう。

 さて、今回使う魔法のイメージは……シャワー……ボディソープ……シャンプー。

 イメージを完了させ魔力を解き放つ。

 魔力の光が頭上に現れ、そこから光の粒子が降り注ぐ。イメージしたのはミストシャワー。それに汚れを落とす成分を混ぜた形だ。

 光のシャワーが終息する。さて、一見するとマリーに何も変化がない様に見えるが。

「……これは……私の体に何が起こったのですか? それに何か心地よい香りが?」

 それは俺が普段使いしているシャンプーの匂いだな。

「洗浄魔法の応用で、人体を洗うのに適したモノに改良したんだ。その匂いに関しては、俺が普段使っているシャンプーの匂いだよ」

 マリーが自身の手足、髪などを触って洗浄魔法の効果を確かめる……パッと見は問題無さそうだな。そしてふとマリーを見ると、その長く美しい銀髪が、更に美しく輝いていた。

 それもそうかと俺は思った。マリーが暮らしていた世界は、今いるこの世界とそう変わらない文明レベルだろう。髪を洗うにしても、専用のシャンプーなどは無いだろうさ。あったとしても高価で一般には出回らないと思う。何にせよ、この美しさを損なうわけにはいかんな、毎日手入れをしようと心に決めた。

 俺が髪を凝視していた事に気付いたのだろう、髪を手に取り驚き、唖然あぜんとしていた。

「えっ? これが私の髪? 先程の魔法の影響でしょうか?」

「まあそうだな、元から美しかったが更に美しくなった。素晴らしい」

 俺がそう言うと「あ、ありがとうございます……」と言って顔を真っ赤にして俯いてしまう。どうやら褒められることに慣れていない様子。安心すると良い。これからは俺が褒めて褒め倒して「もう止めて」と言われる位、褒めちぎってやろう。

 話は変わるが、ここに来てからずっと思っていた疑問があった、それはこの部屋が明るいこと。

 電球があるわけでもなく、蝋燭ろうそくの類もない。天井に何か四角い物体があるが、これか?

「マリー、この部屋の灯りはどうなっているか分かるか?」

「天井に付いている魔道具で照らしているのだと思います。私か暮らしていたお屋敷にもありました」

 成程、『魔道具』か。魔法が盛んな世界なら科学ではなく、魔法の技術を伸ばす方向に進むのが自然な流れか。

「これはどういう原理で光っているか知っているか?」

「いえ、詳しくはわかりません。夜になり暗くなると光る物……という位の認識でした」

 ふむ、興味があるな。機会があれば詳しい人間に話を聞いてみたいものだな。

「さて、俺はこのまま寝ようと思うが、マリーは着替えるか? と言ってもあるのはメイド服だが」

「そうですね……旦那様はどちらが良いと思いますか?」

 マリーが少し揶揄うような表情でそう言ってきた。ほう? そう来たか。ならば答えは当然、

「メイド服だな。マリーは何を着ても似合うと思うが、最初に出会った時の格好が良いな。それと近いうちに服を買いに行こうか。色々な服を着たマリーが見てみたい」

 そう言ってアイテムボックスからメイド服を取り出し、マリーへ手渡した。

「うぅ……旦那様の言い方は、直接的すぎます」

 残念ながらこう見えても話術には自信がある。こういう時は誤魔化さずにはっきりと言うのが効果的だ。それと、中高生の甘酸っぱいやり取りとか期待するな? 実際はオッサンだからな。

「着替えるなら、部屋の外に出ようか?」

 彼女を気遣ってそう言ったが、

「いえ、そこまでは……ただ後ろを向いてくだされば」

 そう言われ、俺は彼女に背を向けた。シュルシュルと衣擦れの音が聞こえる。俺の直ぐ後ろでマリーが着替えていると思うと、気持ちが高ぶってしまう。いかんいかん、冷静になれ。

「着替え終わりました」

 振り向くとそこにはメイド服に着替えたマリーが立っていた。輝く銀髪と黒のメイド服の対比が映えるな。

「さて、そろそろ寝るとするかな」

 体感では21時前後だろうか。普段ならまだ起きて仕事をしている時間だが、今は特にやることも無いしな。以前と比べたら凄まじく健康的な生活だ。

「おやすみ、マリー」

「はい、おやすみなさいませ。旦那様」

 ベッドに入り目を閉じると直ぐに眠気が襲ってきた。思ったより疲れていたのだろう、慣れないことをしたからだろうと、ぼんやり考えながら眠りについた。何とも濃い一日だったな……。

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