第4話 いざ! 異世界へ~ようやく物語が進むよ~

 今、彼女の頭の中では俺と共に来る事と、元に戻る事とを天秤てんびんにかけているのだろう。どちらが自分にとってプラスになるか、それを見極めようとしている。

 どれ位時間が経っただろうか、ようやくマリーが目を開いた。

「……幸せになれるのでしょうか? 私にそのような資格があるのでしょうか?」

 長い沈黙を破ってつむがれた言葉は、彼女の心の内に秘めた思いなのか。「幸せになれるか」なんて……そんなの答えは決まっているさ。

「幸せになる資格は誰でも持っているものだ。死に物狂いで努力し、一人で幸せになる者もいるだろう。だが俺は、一人ではなく二人、もしくは複数で協力すれば得られるモノだと考えている。その一つの形が「夫婦」というものだろう」

 やれやれ、こういったセリフは既婚者が言った方が、説得力ある言葉だとは思うがね。

 おっと、そう言えば、重要な事を説明し忘れていたな。

「先に言っておく事がある。妻に関しては、順次増えて行くと思う。そこに異論や不満はあるか?」

「? 先程の説明では、徐々に地位や権力を得ていくとの事でしたね。立場や権力のある殿方が、複数の妻をめとるのは当たり前では?」 

 そういえば異世界では一夫多妻の方が当たり前だったな。なら今後、妻が増えても問題なさそうで安心した。

 これを最後にマリーからの質問は途絶えた。さて、彼女の返答は如何に?

「決めました……」

 そう言うと彼女はゆっくりと立ち上がり、俺の手を取った。

「異世界でのお手伝いの事、そして妻になる事、二つともお受けします。これから宜しくお願い致します、『旦那様』」

 悩み抜いて出した彼女の答えは、俺と共に歩む事だった。その答えは俺にとって大変喜ばしい物だが、そこでふと気になってしまった。

 元の世界に戻るより、俺と共に異世界に行く方が、自らの幸せの為になると判断したのだろう。そう考えると彼女の元の生活ぶりが気になってしまうな。まあ、女性の過去を詮索する気は毛頭無い。今ここで聞き出そうとは思わんよ。

 お互いに手を取り合って、二人は微笑み合った。これで一段落ついたな。いや、ここから始まると言うべきか。それを見計らった様に、今迄黙って事の成り行きを見守っていた神がこちらへ近づいて来た。

「いや~めでたいねぇ、ボクが未届け人(?)になるよ。え~と、こういう時は何て言うんだっけ? 二人の新たな門出を神も祝福しています……みたいな感じだよね」

「ふむ、その「神」自身に祝われるのは、ご利益がありそうだな」

「先程から気になっていたのですが、こちらの方? が神であると。にわかには信じられないのですが……」

 それは当然の疑問だな。

「え~? ひどいなぁ。本当なのにね」

「仕方がない。マリーは未だお前の神らしい行いを一つも見ていないからな」

 現状では、マリーの神に対する印象は精々、「光り輝く謎の球体」程度だろう。

「それはそうと、一つ懸念事項があってな。それを解決すれば少しは神らしく見えるだろう」

「何々? 僕は何をすればいいのかな?」

「異世界に旅立つ際に、このままの体で行くのもどうかと思ってな。年を若返らせたり、赴任地での生活に適した体にするべきだと思った次第だ」

 俺は既に中年と呼ばれる年齢だ。老け込むにはまだ早いと思ってはいるが、流石にこの年で武器を振り回して戦闘を行うのは厳しい……いや無理だ。それに魔法の適正もないだろうしな。

「おーけー。何か注文はある? なければ適当にやるけど?」

「待て、適当は困る。こちらで指定する通りにやってくれ」

 この神は割といい加減だからな。適当にやられては堪らんぞ。

「先ずは年齢だな。そうだな……二十歳前後が妥当か。肉体もそれなりに鍛えてある体で頼む。それと魔法の適性を高めておいてくれ。なにかあれば魔法でどうにか出来るようにな。最後に見た目だな。基本俺のままで異世界でも違和感の無い程度に変えてくれ。それと武器は「槍」がいい」

「注文が多いなぁ。まあどうせ一瞬で済むし、大して手間でもないからいいけどね。それじゃあいくよ?」

 次の瞬間、俺の体が眩く光る。そして光が収まったが……さて、どうなった? マリーの方を見ると、目を大きく開け驚きの表情を浮かべていた。その顔を見るに、それなりに変化したようだが。

「終わったのか? ならばどのように変化したか知りたい。鏡を出してくれないか?」

「はいはーい。どーぞ」

 目の前に大きな姿見が現れた。そこに写っていたのは、髪の色はややくすんだ黒。顔立ちは堀が深く西洋風。体格はやや細身だが筋肉質、ほぼ注文通りだな。だが……。

「せめて何か服を着せてくれてもよかったのではないか?」

 そう、俺は今……全裸だ。マリーが驚いていたのは姿形が変わったからではなく、全裸だったからの可能性が高い。現に彼女の視線は俺の下腹部を注視している。まあ、年頃だし興味はあるだろう。気づかない振りをするのが大人の対応だ

「後は、駆け出し冒険者が身に着ける武器防具一式、当面の活動資金、後は物の出し入れができる――アイテムボックス的な物を頼む」

「貰いすぎだとは思わない? 結構な量だよ?」

 呆れた風に神は言うが、俺はそうは思わんな。

「本来の目的の為、省ける所は省き、楽出来る所は楽をしないと、どれだけ時間があっても足りんぞ。先行投資も重要だ。それとマリーの分も頼む」

「え? 私の分もですか?」

「当然だ。君にも色々手伝って貰うのだから、支給品を渡すのは常識だ」

「……渡すのはボクなんだけどね」

 小言の多い神だ。依頼主兼スポンサーなのだから気前よく出しておけばいい。その分、俺達も結果を出しやすくなる。

「では、大振りのナイフを二本頂きたいと思います」

「それと普段使いの服も必要だ。冒険者生活をしようとしているのに、そのメイド服では目立つし、不審がられる。俺と同じように、冒険者用の装備を貰っておいた方がいいな」

「えっ? メイド服ではダメなのですか?」

 マリーは目を見開き、心底驚いたという表情で言った……何故、大丈夫だと思った?

「流石に冒険者の仕事中は厳しいだろうが、家や宿の中でなら問題ないだろう。それにマリーのメイド服姿は良く似合っていて素晴らしいと思うしな。着ないのは勿体ない」

「あ、ありがとうございます」

 そう言うと彼女は頬を赤く染めた。照れた姿もいいものだな。

「イチャイチャするなら向こうに行ってからにしてよね」

 そう言いながらもしっかりと俺とマリーの衣服が変化した。俺は革製の鎧と、厚手のズボン、それと鉄製の槍だな。これなら駆け出しの冒険者に見えるだろう。一方マリーはというと、俺と同じデザインだが、やや軽装で動きやすさを重視したタイプだな。俺が典型的な『戦士』なら、彼女は『シーフ』といった所か。マリーは驚きながらも、動きに違和感が無いか細かくチェックしている。嬉しそうだな。まあ、メイドの仕事をしていたら、このような服を着る機会などないだろうしな。

「それと、はいこれ。所謂いわゆるアイテムボックス的なやつね」

 すると、俺の手の中に小さな指輪が出現した。指輪とは、わかっているじゃないか。

「使い方は簡単。指輪をはめて、入れたいのを持って念じるだけだよ。取り出す時は、取り出したい物を思い浮かべて念じるだけさ」

 早速試すか。俺は持っていた槍に向かって『入れ』と念じた。すると槍は俺の手の中から消え去った。

「これは便利だな。だが中に何を入れたかわからなくなりそうだ」

「それは大丈夫。念じれば、頭の中にリストが浮かぶから」

 俺は早速念じてみた。ほう、これはわかりやすい。今入っているのは、マリーのメイド服、先程入れた槍、それに金が100万Gとあるな。

「100万G入っているが、どれ程の価値なんだ?」

「君が住んでいた世界で換算すると、1Gがだいたい1円だね。1G銅貨、10G大銅貨、100G銀貨、1000G大銀貨、1万G金貨、100万G大金貨があるね。バランスよく入れておいたから、困ることはないと思うよ」

 意外と気が利くじゃないか。両替の手間が省けるな。

「最後にこのノートパソコンに意思を持たせて終了だな」

 ようやく準備が終わるか。しっかりと準備するのが成功への近道だ。これを疎かにするのは愚者のすることだ。

「性格は素直で真面目、口うるさく無いタイプで頼む」

「はいはい、ちゃちゃっと済ませるよ」

 すると、ノートパソコンが光輝く。このパターンにも慣れてきたな。

「はい、終わったよ」

「うむ。俺の声が聞こえるか?」

『……はい。聞こえます。貴方がワタシのマスターですか?』

 落ち着きのある女性の声が聞こえた。

「そうだ。俺は荒川 礼音……いや『レオン』だ。彼女はマリー」

『レオン様に。マリー様ですね。登録を完了しました。これからよろしくお願い致します』

「ああ宜しく頼む」

「……一体どうなっているのですか? この声はどこから聞こえているのですか?」

 マリーが困惑した声をこぼしていた。流石に目の前の謎の物体から声がするとは思わないか。それよりも先ず、大事な事を決めてしまおうか。

「君に名前はあるのかな? 無ければ俺が名付けてもいいかな?」

『はい。ワタシは今この場で創られた存在です。特に名称はありません。円滑なコミュニケーションの為、名前を付ける行為を推奨いたします』

「では……『ガーベラ』と名付けよう。どうかね?」

『はい。では本機はこれより「ガーベラ」と呼称いたします。改めて宜しくお願い致します』

 さて、次は隣で唖然としているマリーに説明する番か。

「先程から俺が会話しているのは、この目の前のノートパソ……いや、四角い物の中に居る、妖精や精霊と言えば通じるか? 名をガーベラと言う」

 マリーにAIの説明をしても、完全に理解するのは難しいだろう。

「……成程、私はマリーと申します。宜しくお願い致します、ガーベラ様」

『宜しくお願い致します。マリー様。それとワタシに様付けは必要ありません。呼び捨てで構いません』

「わかりました、ガーベラ」

 これで一通りの準備は完了か。後は現地に行ってから考えるとするかな。

「準備は整ったな、そろそろ出発するか。転送場所は治安の良い国で、比較的田舎の方にしてくれ」

「わざわざ辺鄙な所に送れって、何か作戦があるのかな?」

「面倒事を避ける為、と言っておく」

 最初は目立たずに行動したい。そこで力を蓄えて、その後に国の首都に向かうつもりだ。

「ああそうだ、二人目以降の勧誘の際に、この場所を使いたいのだが、可能か?」

「え? ああうんいいよ。ならガーベラにここへの移動手段を付与しておくよ。ここを使いたい時は彼女に頼んでね」

「助かる」

 万が一、ノートパソコンを見知らぬ輩に見られたら説明が面倒だからな。交渉するにあたり、人目を気にしなくていい場所は重宝する。

「それと言葉と文字は理解出来るようにしておいてくれ」

「それは基本能力として付けてあるよ」

 抜かりはないということか。

「もういいかな? 無ければ転送するよ?」

「ああ、問題ない。やってくれ」

「じゃあ頑張ってね、それと役に立ちそうな物を幾つかキミのアイテムボックスに入れておいたからね」

 なに? そういう事はもっと早く言え。くっ、光がっ?

「頼んだよ、礼音……いや「レオン」。『一度世界を救った』君なら……きっと……」

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